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探し物の森<5>

 同情しないと、約束した。

 誓って指を絡めた。そうして不調から寝室で眠りについた彼女を見届け、シリウスは一旦古登の村に戻った。

 道中は出来るだけ急ぎ、疲れているはずだが昂った精神のせいで身体のきつさも思い出せない。行き会った祭司や村人には急用で出かけると嘘を言い、ヒメリエ達五人にだけは本当のことを話した。

 懐かしくて切ない、星の森の魔女の記憶を。


「なんとなく、覚えてるような気がするよ」


 戸惑いながらも真剣に話を聞き、そう言ってくれた彼らに感謝しながら、日が暮れる頃再びメルの元へ戻った。

 歩き慣れてきた森を抜け家に入ると、少し元気を取り戻したハレーが不思議そうな顔をした。


「どうしたんだ、その荷物。みやげか?」


 一度古登に戻ったのは必要なものを取りに行きたかったからだ。よいしょと背負っていた荷袋を足元に置き、シリウスは首を傾げた。


「実は旅荷物をまとめただけなんだけど、一通りの生活用具」

「なんで?」

「俺、ここに住むよ」


 端的に述べるとハレーは聞き流しかけ、


「ふーん……そう――じゃねえよ! 聞いてねえよ! しかも軽っ! もっと深刻そうに言えや! マジで唐突だな!?」


 出来ずに目を剥いて顎を落とした。お手本のような、非常にわかりやすい驚き方だった。


「あぁ、その方がいいというより、そうじゃないと心配で逆に落ち着かない気がするんだ」


 そう言えば何も言っていなかったと思いながら、シリウスは頬を掻いた。いきなり同居宣言をすればそれは普通驚くか。どうも気付かないうちに随分焦っていたらしい。

 でも村から通うのでは少し遠すぎて、十分な手助けが出来る気がしない。それに、やはり今まで会えなかった分少しでも一緒に居たい。


「えーっと、そうだよな……ハレーとメルが、良ければだけど……」

 

 改めて思い返すと少し恥ずかしかった。椅子の背に手をつき付け加えると、ハレーはかくっと首を曲げた。


「お前ホント、アレだな~。恐いもの知らずってんじゃなくて、なんか決めたらとりあえず行動しとけみたいな」

「そういえば過程ってあんまり思い出せないかもしれない……」

「おいおい」


 軽く腕を組んだシリウスに勢いよくつっこみを入れ、黒羊の悪魔人形はくるりと石のテーブルに着地した。

 気を取り直したように頷き、つぶらな瞳をまっすぐにこちらに向ける。

 ようやく強気で明るい、本来のハレーの表情が戻っていた。


「まあとにかくっ、俺は賛成だよ。メルは絶対傍に誰かいた方がいい。魔女だけど、フツウの生活するべきなんだ。矛盾してるけどさ、やっぱり一番初めには人間だからな」


 よかったと、思わず安堵の笑みがこぼれた。相棒が了承してくれたのだからなにより心強い。これで後は当の本人に聞くだけになり、シリウスは息を吐いた。

 メルは、頷いてくれるだろうか。どう言えば一番いいのか。

 わからない。わからないが、どうにか説得しなくてはならない。そのためには――


「……まだ、いたんだね」

 細い声がして心臓が跳ね、思考が中断された。

 緩やかな気配に振り返ると、彼女が廊下に続く扉に手をついて立っていた。

 きちんと眠ったせいだろうか。先ほどよりは随分落ち着いていたが、相変わらず顔色が悪く立っているのも辛そうなのは変わらない。ハレーが心配そうに魔女の肩に舞い降りる。思わず椅子を引く。


「メル、大丈夫ですか? とりあえず座って……」

「もう、暗くなる。鳥を呼んであげるから、それで村まで帰りなさい」


 会話は成立せず、メルは額を押さえながら窓辺まで歩く。聞くのも、喋るのも、呼吸をすることさえどこかに障害を抱えているようだった。やはり、だめだ。今離れるなんて出来るはずがない。

 シリウスは彼女を追って、追い越し、夕暮れの窓の前に立った。メルが立ち止まり、疲れた表情で眉を顰める。鼓動が早まる。敢えて意に介さず、小細工なしで決意を伝えた。


「俺、ここに住んじゃだめですか? 一緒に暮らしたいんです」

「え?」

「心配だし、村からだとちょっと遠いし、傍にいたいから。ね、いいでしょう? 家事もしますし迷惑はかけません。必要な物も持ってきました! 挨拶も大体済ませましたし、ハレーもいいって言ってくれて」

「あのねぇ……」


 シリウスが準備の怠りなさを説明していると、メル・カロンはこめかみに手をやって呆れた声を出す。信じられない、という風に首を振りハレーの耳を摘み、


「何を考えてるの。心配なんて、しなくていいよ……。それに、君には帰る場所がある。大切な故郷が。そうやって心の寄る場所があるのなら、後悔しないように、そこにいるべきなんだよ」


 厳しくも感情の篭る言葉を零す。懐かしい、忘れられない口調で。

 地下に風が吹き込むように、バラバラのピースが一つになる。


「メル、俺は――」


 今までに見てきた彼女の姿がようやく、おぼろげに像を結んだ。

 出会い、時を重ね、再会して再び別れ、今一度こうして目の前にしてやっと。


 それは星の森の魔女としてのマイペースで本能的な体裁と、過去に蓄積された罪悪感と絶望が生んだ冷徹さ、そして原初の人間としての脆く、純粋な心だった。

 それらが彼女の中で不安定に揺れて、互いに傷をつけ、行き場をなくしていた。矛盾を消化しきれず体裁を嫌悪し、罪悪感に精神を削がれ、根本にある脆さに余計傷つく。冷徹になりきれない己に絶望する。救いを求めることも出来ずに。


 ならば、必要なのは忘却の時間。

 もし過ぎ去った過去が遠のき、薄まれば、メルはもう一度安心して笑えるのではないか。本来望む生き方が出来るのではないだろうか。

 今でさえ人の心配をしてくれる類まれな意志ならば、きっと、大丈夫だと信じたかった。いや、確かに信じられる。

 シリウスは胸に仄かな熱が灯るのを感じて、まっすぐに彼女の瞳を見つめ返した。深く甘い茶色が、揺れる心を伝えた。


「俺は今あなたの傍に居られなかったら、絶対後悔すると思います。故郷があって、能力が生かせる場所がある俺は恵まれている。でも、メルと過ごすときほど、幸せではないんです」

「私と居て、幸せなはずが」

「本当に。伝えられたらいいと思う。お願いします。ここに置いてください」

「わたしは、もう、誰とも」

「ああ、だめなら、そうですね。その辺で野宿でもしますよ」

「野宿……?」

「ほら、道具も持ってきましたし、旅で慣れたので」

「本気で言ってるの?」

「俺は嘘を吐かないって、アンクに前言われましたっけ」

「ほんとに、」


 馬鹿。

 バカじゃないの。

 背を向け、荷袋を手に取ったシリウスの背後から、震えた声がした。同時に感じたのは引き止める微かな感触。

 後ろから服の裾を掴んだメルの手。


 それだけのことが、それだけだとは思えなくて、心が満たされる。同情でも諦めでも構わない。シリウスはゆっくりと振り返り、誰に対するより柔らかい声で請うた。


「それでもいいから、傍にいさせてください」


 静かな夕闇の中、慌てたように手を離し、視線を逸らしたまま。

 彼女は確かに、小さく頷いていた。











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