仁義なき可笑しな昼ご飯<1>
星の森の魔女、メル・カロンは基本的に自分本位な生活を送っていた。何年も前にハレーと二人で暮らすようになって以来ずっとそうだ。
昼も夜も関係なく、追求するときにはとことんそれに時間を費やし、限界がくれば惰眠を貪る。魔女に必要とされる美しさに関してはそれなりに怠らず手入れを行っているが、それ以外は欲の赴くままに。
人間その他からの依頼があれば、気分で引き受け、弄んでは断る。
過去も未来も関係なく、次の瞬間には忘れ去るその場の感情だけが全て。
魔女であり、魔女でしかなく、魔女にしかなれない魔女の無意味な人生というひと時。
そこに入り込んでくるものは、瞬き一つに値する好物達のみ。
「メルー、もうお昼ですよ? 起きてくださいー」
「んぅ……、……光に当たったら、溶ける……」
「それ、吸血鬼じゃないですか。ほらほら、規則正しい生活しないと身体に悪いですって」
「……うるっさいなぁ……しっしっ……」
正午も過ぎた頃、子どもの声が聞こえて、メル・カロンは薄暗い寝室のベッドの上で寝返りを打ちながらシーツを被りなおした。睡眠は神に与えられた麗しき堕落の一つだ。これ幸い、好きなだけ満喫しなくてどうする。暖かいまどろみの前には愛も奇跡もまるで無価値に違いないし。
「メールーさーんー? 勝手に家捜ししていいんですか? みんな容赦なく遊びますよ? ほらほら、」
しかし魔女の美学に反して声は近づいてきて──メル・カロンは呻きながら縮めていた身体を伸ばす。面倒臭くなってちょっとだけ目を開け、側にあった子どもの腕を引っ張ってベッドの中に引きずり込んだ。「あうっ?」光みたいな金髪。抱き枕の要領で抱きしめると、なかなか抱き心地のいいそれは一瞬硬直した後じたばたと慌てた。
「め、メル、ちょっ……いきなりそれはっ!」
「一緒に寝たらいいじゃん……金色の少年……寝る子は育つー……」
「え? いえだからっ、それはちょっと! ぅ、ふ、服がはだけて……!」
「あは、……かわいーなあー……」
思いっきり子ども扱いしてわざと密着してやる。自堕落な睡眠を邪魔した罪はたっぷり償ってもらわなければ気が済まなかった。自慢になるが、魔女の心はとても狭いのだ。さてさてさて、どうしてやろうか。
「だめだよぉ……? 何でも許されると思ったら大間違い……」
だって本当に、干渉されるのは好きじゃない。
シリウスの耳元で低く囁き、その小さな耳たぶを摘んでぎゅっと爪を立てる。
「ぃ、っ……!」
次に、小さく呻いた子どもの細い首に手を這わせ、血液を送る頸動脈を指で軽く撫でた。そこで命の欠片がどくどくと音をたてていた。愛おしい。忌まわしい。体温。身体。結局存在など確かめるだけ無駄に思えて、これが夢かどうか証明する意味も感じられない。
そんなもんだろう?
別に、違ってもいいんだがね。
「喉が渇いたなあ……君の血は、実に──」
「きゃあぁああっ!!」
その瞬間悲鳴が響き渡り、メル・カロンの腕の中からシリウスの姿が掻き消えた。ん? 消えることはないか。まあ眠れるならなんでもいいけど──
「何してるんですかっ! 何をしているんですかあ! そっ、そんなふしだらな事、この私の目が黒いうちは許しませんよ! いくらシリウスといえどもっ……!」
──見覚えのある少女が顔を真っ赤にしてシリウスを軽々と摘み上げていた。
シリウスはぐったりとした引きつった顔で笑みを浮かべようとして失敗したような。
「ディアナ……違うよ……」
「何がどこがどう違いますかぁ……! シリウスの人タラシ! 綺麗な顔で優しい振りして女泣かせの軟派上等ーー!!」
いや、だめだ。
だめすぎる。全然よろしくない。
やかましくて完全に目が覚めてしまったじゃないかディアナちゃん。
メル・カロンはこめかみを掻きながら渋々起き上がり、白い夜着の胸元を掻き合わせながらあくびを噛み殺す。その際に滲んだ涙を浮かべたまま、シリウスをがくがく揺さぶるストレートな黒髪が美しい少女に向かってちらりと悲しげな顔を作った。
「うん……まさか、寝込みを襲われるなんて、いくら魔女でも……しくしく」
「最・低っ、女の敵ぃぃいーーーーっ!」
「ええ!? ちっ、ちが──」
とりあえず修羅場を演出するだけしてみて、魔女はさっさとチョコレート色のローブを羽織る。そのまま居間へのドアを潜ると五人の子ども達とハレーが戯れており、なかなか眼福な光景が広がっていた。
「おはよう。今日もみんな食べごろだね」
「「「おそよーございます!」」」
メルの柔らかい笑顔に子ども達は元気な挨拶を返し、悪魔人形のハレーがかくんとずっこけた。
まあ、偶には賑やかなのも悪くはない、かな?