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例えば何だったとして<4>

 このまま言い合いを続けたところで意味はない。コノミの仲裁はありがたいきっかけだった。

 おかげでその場は収まり、トウフウはハヤテが戻ってくるのを待ちながら食事のセッティングをした。居住空間のテーブルに椅子を集めてきて、暖炉に石炭を補充して明かりを灯し、あるだけの食器を並べる。コノミは柔らかな気性で、すぐにハレーとも仲良くなったようだった。


「口に合えばいいんですが」

「合う合う! さすがコノミちゃんだよなぁ、おいしいよー」

「いただきます。てめーはあんまり食うなもったいない」

「いつものごとくひどいよ」


 料理の匂いを嗅ぎつけてきたナミキも仕方なく加え、五人+ハレーで久々に賑やかな食事となった。キノコのリゾットに自家製のソーセージ、野菜スープと魚介蒸し。身体の疲れがほぐれたためか普段より断然腹に入った。

 ナミキは一人で騒がしく、コノミとハレーが一緒に談笑し、ハヤテは相変わらず真面目な顔をして話しかけてくる。


「イヅキ。明日だけど朝往診の予定があって、その後会長さんに挨拶しに寄って、それから……イヅキ、聞いてる?」

「ん……? 老人のホタテが走った後包丁で?」


 ほとんど聞いていなくて適当に混ぜ返すと、ハヤテのため息が耳に入った。いつものごとく呆れられる。

 だけど、不服そうな顔もしないがほとんど喋りもせず、申し訳程度に料理に口をつけただけのカロンが気になってしまうから。


「ごちそうさま」


 食べるのがのろいだけで、そんなんで本当に腹は満たされたのか。怒っているのとも違う、逃げるように席を立って二階へ行ってしまうからなおさら悪い。


「ちょっとごめん」


 全く困った奴だ。悩んだところでどうしようもないから、軽く断りを入れトウフウはカロンを追いかけた。

 冷えた階段を上り二階の一番奥にある部屋をノックすると、返事の代わりに本人がドアを開けた。燭台の炎が箪笥の上で頼りなく揺れている。カロンは何の感情も浮かべない目でこちらを見た。


「何か用?」

「入ってもいいか?」


 もともと君の部屋だろ、という返答を肯定と受け取り、トウフウは殺風景な部屋の椅子に腰掛けた。テーブルくらいは運び込んだ方がいいかもしれない。カロンは窓際に寄りかかり、夜の風景に眼を向けた。


「出て行けなんて言わねえよ、別に」


 思っていることを単刀直入に告げてみる。飾って誤魔化したって通じないと思ったのだ。

 あるいは相手にも同じように単純に答えて欲しいという期待なのかもしれない。

 

「言葉なんて別に要らない。何も期待しないでほしいな」

「どこか行く場所があるのか?」

「そう見える?」

「ないんだろ」


 白い指が長めの前髪をなぞった。夜を見る無感情の瞳は揺れない。けれど言葉だけは途切れた。簡単に砕ける金剛石のような危うさを感じるのは、そんな瞬間があるからだ。

 誰だって、今自分がどんな顔してるのか知っているわけじゃない。


「ここはいい町だよ。田舎だけどな。みんな暢気なんだ。一人旅なんてずっとするもんじゃない……居心地悪くないんなら好きなだけ住めよ」


 雨の夜、冷えた手を取った瞬間に決めたのだ。こいつを放っておいたら後悔すると思ったのだ。

 世の中の良いことなんて自分には絶対に手に入らないという目が、途轍もなく痛くて。

 忘れさせてみたかった。

 何か言いかけた唇が空気だけを吐いた。諦めたように窓際から背を離し、カロンは数歩歩いてすぐ傍のベッドに腰掛けた。堪えきれずこぼれた笑みは今までになく自然で、トウフウは小さく息を飲み込んだ。


「君って、馬鹿だよねえ」

「そして貶すわけですかーそうですか!」

「下心があればいいのに。面倒だと思えばいいのに。見てみぬ振りをすればいいのに。損得勘定が出来たらいいのに」

「……じゃあ、お前だって、貰えるものは素直に貰えばいいし、利用したらいい」

「……やだよ、そんなの」

「なんでだよ」

「そんな権利ないから」


 権利なんて大層な言葉を使う。何がそんなにこいつを頑なにさせているのかわからないが、ここまで来たら後一歩という気もする。錯覚かもしれないけど。

 カロンは近い距離で、覗き込むように目を合わせた。家族でも友人でも患者でもない。不快ではない、不思議な気分だった。


「大人なのに、不思議。そんな気がしないよ。君だけは」

「はいはい。精神年齢が低いんですよねー」

「そんなこと言ってないんだけど」

「えーえー言ってませんね。自虐的な気分になっただけかなー」

「出て行くとも、言ってない」

「へー言ってない……」

 

 黄昏ながら聞き流しかけて、トウフウは言葉を切った。今とても重要なことを言わなかったか。出て行くとも言ってない。それって――


「そういうこと?」


 カロンは嫌そうに視線を逸らす。


「なにがだよ……別に目的地もないし、お金もないんだ。しばらく居るよ。問題ないんだろ?」

「――っ、あっはははっ!」


 なんだよそれ。

 意外に妥協の仕方が下手糞で、腹を抱えて笑ってしまった。そのせいで酷く罵倒されたのだが、さしてダメージは受けなかった。完璧な天使様みたいな人より、絶対そのほうがいい。

 そして夜が明けた次の日にももう一つ意外な面を見ることになる。


「はい口開けてー大きくそう、はいいいよ~」

「おなか痛いよぅ……」

「うん、よしよし、少し我慢できるね」


 カロンは診療所の一角で、子どものみ診察をすることにしたようだった。料金も取らない。トウフウも子どもは格安で診ていたので、ありがたいことだった。

 ただで部屋を借りることに抵抗があり、カロンなりに考えた結果なのだろうと思うと、なんだか微笑ましい。


「はい、これで大丈夫! スープの具になりたかったらいつでもおいでー」

「うんー」

「意味わかんなかったら肯定すんなよ」


 びっくりするようないい笑顔で、とんでもない台詞を吐くのはいただけないけれど。

 思わず男の子に突っ込みつつ、トウフウは自分の仕事に戻る。ハヤテが呼んでいる。やれやれ、今日も忙しそうだ。

 気が抜けたせいか、天気が良いのに少し眠たかった。




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