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例えば何だったとして<2>

「……何でもかんでも拾ってきて世話すんのさ、」

「んん?」


 台所。丁寧に潰した野菜を煮て味付けしながら、トウフウは生返事をした。

 居候で助手の少年ユキナリハヤテは、部屋の掃除をしながら感情の篭らない声で言う。診療所と裏手の居住空間の合間にある土間は、薄暗くしんとしてよく音が響く。


「止めたほうがいいよ。今更だけど」


 スープとしての味はまあまあ。病人が口にするには最適だ。トウフウは納得して一つ頷いた。


「あーうん。今更だな」

「余裕あるわけじゃないでしょ。後先考えてないこと丸わかりなんだって」

「余裕、ないってほどでもないけどな。なんとかなる範囲だろ」

 

 器に一杯注ぎ、蓋をしてお盆に載せる。匙と水を添え、二階への階段へ向かう。ハヤテは軽口には何も言い返してこない。トウフウは少し考え、付け加えた。


「でもまあ、ある程度好き勝手できるのもお前やみんなのおかげだし、感謝してるよ。ありがとなー」

「はあ……」


 決して誤魔化そうとしたわけじゃないが、返ってきたのは呆れの篭ったため息だけだった。数年前に雇って以来冷静沈着で、あまり感情的になることもない子どもの考えは読めない。後でフォローしとくかと頭を掻きながら階段を上り、トウフウは今まで空き部屋だった一室に足を踏み入れた。


「おーい、起きろ」


 ベッドと箪笥しかない部屋の中から反応はなかった。正面の窓から入る朝日だけが暖かくて、無邪気に見えた。死んでるんじゃないだろうな。そう思ってもう少し近づくと、シーツが動く。

 初対面では圧倒されたのだが、今はそんな神秘性も何もない。はっきり言って思ったより世話が焼ける奴だ。


「…………」

「いい加減起きろって。二日だぞ、もう。どんだけ寝れば気が済むんだ」

「……じぶ、が……ぃ」

「は?」

「……自分が言ったんだろ。寝る場所くらい貸してやるって」


 やっとのろのろと身を起こしたそいつは、不機嫌の見本かと思うくらいの顔をしていた。なまじ美形なだけに迫力と妙な滑稽さが入り混じって、おかしいような、なんとも言えない気持ちになる。「その通りだな」と同意するのは、枕もとの、黒羊にコウモリの羽がついたよくわからない生物だった。ハレーというらしいこいつに関してはあまり深く考えないことにしたのだが。

 トウフウは椅子を引きずってきて、そこに食事を置きながら言った。


「それとこれとは別問題。飲まず食わずで死なれても俺は困る。そんな痩せてて、今までよく無事で……顔色はよくないけど、熱はなさそうだな」


 目や皮膚、脈、体温を簡単に調べた。整って綺麗なくせに印象よりもっと細く、大丈夫なのかと不安に駆られる瞬間だ。カロンは意表を衝かれたように沈黙すると、こちらから目線を逸らした。しかめっ面は崩さないままに。


「今まで、騙されたことがないんじゃないか」

「そりゃあ、あると思うけど。あんまり気にしないかもな」

「……お気楽な人間だね」

「ほっとけ! スープが冷える! 人のこと気にする暇があるならさっさと食う!」


 そりゃあ重病人にはそれなりに優しいが、ただのわがままには強行突破が一番であることくらいわきまえている。

 スプーンを突きつけるようにして何とか食わせ、水と薬を飲ませてなんだかんだで一週間ほどそんなことを繰り返した。よほど疲れていたのか、よくそんなに寝ていられると思うほど眠ってばかりいたが、ある日トウフウが裏手の居住空間から診療所へ入ると、奥の本棚の前に座る姿を見つけた。小奇麗になったせいかありあわせの上着に何の変哲もないズボンとブーツ姿でも絵になるから不思議である。

 

「おはよう。体調は戻ったか?」


 カロンは医学書を読んでいた。トウフウには珍しくもない疾患要略の表紙が膝に乗せられている。何百年も前の偉人の著書に、様々な解釈が付け加えられていった基本の書物だ。

 質問した相手は見向きもせず文字に集中しており、代わりに肩の上の羊コウモリがつぶらな瞳で暴言を吐いた。


「おかげ様でな! とか言っとけばいいんだろ、どうせ」


 別に恩を売ろうとしたわけではないが、そこまで言われる筋合いもない。しかもなんだかわからない生物に。


「むかつくな、新種」

「ふん、世間知らず野郎め」

「小動物が悪態ついても怖くねえよばーか!」

「誰が小動物だ! ばかって言った方がばーか!」

「……うるさいな」「トウフウー」「イヅキ、何して」


 いつの間にか低レベルの言い合いをしていたトウフウとハレーは、別々の三種類の声に呼び止められて静止した。

 迷惑そうに顔を上げたカロンと診療所の裏口から入ってきたハヤテ、そしてまだ開始してもいない表から不法侵入してきたハルサキナミキ。

 

「ぅえあ!!」


 そして互いに顔を見合わせ一番に奇声を上げたのは、やはり軽薄男のナミキだった。



 ゜・*.:。+゜.。o.:。+゜.。o゜.:。+゜ .。.:*・゜



 

「あの、あのあの、誰なのだれだれ? なんでなんでなんで?」

「うるせえ」

「ひどいひどいひどい」


 忙しないせいでいつもの十割増し鬱陶しいナミキに苛つきながら、トウフウはがりがりと薬を削っていた。原因はカロンだ。確かに動揺するほどの容姿はしているけれども、本人は人の言うことなど素直に聞き入れる性格ではない。

 助手の少年ハヤテには興味があるらしくちょっかいを出し気軽さを示しても、トウフウには従わないしナミキには非常にそっけない。どこに本人の線引きがあるのかさっぱり不明だ。


「カロン、さん。男? でいんかな?」

「じゃねえの」

「でもちょっとありえないような気も……いやいや、気になるだろ、そこ重要だろていうか基本だろ何で確かめてねんだよトウフウ!」

「あーあーうるさくて調合間違えた。まあいっか」

「やめてそれ俺のじゃん!」

「うるせえなー」


 もううるさいしか言葉が出てこない。ハヤテが診察開始の準備に行ってしまったので、また医学書を読み始めたカロンは周りの様子などどこ吹く風だ。先にナミキを追い出し、カロンを患者に見えないところへ追いやって、トウフウはやっといつも通り診察に取り掛かった。








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