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白の騒動<5>

 信じたくないというより、ただただ驚いてすぐには何も考えられなかった。


「メルは、精神魔術で、相手を……」

「そうだ。メル・カロンは決闘、殺し合いを望む相手を負かしては精神を破壊して放り出していた。プライドの高い魔女どもにとっては死よりも屈辱的で残虐なやり方だな。だから白の魔女と呼ばれて一気に名が売れた。今じゃよほどの馬鹿か命知らずか自信過剰しか挑まない」


 優しい人。悲しい人。そして残酷な人。

 全てが矛盾しているようで、繋がる気がする。それは緩やかな終わりの円を描くイメージだった。だけど、あの人は生きている。

 ミザミ・カサブランカが問う。


「大勢から恨まれているだろう。酷い魔女だ。それでも救いたいとでもいうのか?」

「救おうとは思いません」


 シリウスは首を横に振って俯いた。違う。メルは他人から救いを与えてもらおうとは絶対に思わない。哀れだと決め付ける自体失礼なことだ。

 だから救いじゃない、もっと原始的な何かがあればいい。当たり前の幸せを、悩むことなく眺められるようなきっかけをつかめればいい。ほっとする場所を見つけて、望むだけそこにいられればいい。


「思わないけど、傍に居たいんです。過去は過去で、俺は今出会ったから、そこから自分の貰ったものであの人を見ます。あの人が自分を肯定する手助けができるなら、そうしたいと思う」


 言葉にすればああそうかと、何かが胸の中に落ち着くのがわかった。やっと、はっきりと望めるものを見つけた。

 ミザミは少し黙った後、眉をしかめて低い声を出した。


「言葉とは便利なものだな。何とでも言える」

「何にも伝わらなかったり、余計なことを言ったりもしますが」

「それは単に頭が悪いだけだ」

「容赦ないですね……」


 本気で気を悪くしたわけではないと、雰囲気で感じてシリウスは苦笑した。容赦はないが公正で、試しながらも人の話は最後まで聞く。なるほどメルが気に入りそうなタイプだ。

 そうして緊張がいい具合にほどけた時、アンクがおずおずと切り出した。


「あの、カサブランカ当主」

「なんだ」

「僕とシリウス……いや、僕だけでもいいんですが、しばらくここに置いてもらえないですか?」

「え?」


 突然の申し出に、ミザミよりもシリウスのほうが聞き返していた。滞在の予定など事前の打ち合わせもなかった。大体それ以前にこうして直接ミザミに会うとは思わなかったのだし……。

 アンクは高価そうなテーブルの上で緩く組んでいた手を解く。


「当主は、たぶん魔術師の援助が必要なんですよね?」

「時と場合によってはな」

「だったら、ちょうどいいじゃないですかー。僕は魔術師の世界には行けないけど、魔術は嫌いになれない。当主にとって都合がいい人材だと思うんですけど」

「……メルに見込まれたのなら能力も悪くはないのだろうな。魔術が使える人間、聞き分けがよければ文句はない。だがお前は魔術師じゃないだろう」


 ミザミの目がアンクからシリウスのほうに移る。事実そうだから、何をどういえばいいのか困り、つい幼馴染を横目で見てしまう。シリウスも長旅で疲労していたからアンクの申し出はわかるし、メルがここに来る可能性もあるから滞在できるのならばありがたい。だがミザミはただ親切で施しを与えるほど甘くはないだろう。対価がいる。

 困惑していると、アンクは一人笑顔を見せた。


「そうですけど、それよりいいかもしれないですよ〜? だってシリウスは、いわゆる聖人だから!」

「なんだと?」

「聖人。魔術が効かないんです。メルさんの魔術だってほとんど。ある意味最強の切り札じゃないですか」


 出会ってから初めて、彼がその硬い雰囲気を崩すところを見た。青年は僅かに目を見開いて、不思議なものを見るような表情でこちらを見ている。

 敵視されたわけじゃないだろうな……とシリウスが微妙な愛想笑いを浮かべてみると、ミザミはすぐに顔をしかめて視線を逸らした。


「聖人……あいつらが敵わなかったのはそういうことか……? ノヴァの悪魔人形も」

「そうそう、シリウスは護衛の腕だっていいですよっ」

「しかしまあ常人離れした容姿だとは思ったが、こんな場面で本物の聖人を見ることになるとは……」


 魔術師と聖人のセット、とっても役立ちますよと勢いよく売り込むアンクを、半場唖然と見つめながら今一度自らの頭で検討してみる。冬の街のカサブランカ家にしばらく置かせてもらうこと。悪くない。経験を積めるだろうし魔術師たちの事情も知れる、もしかしたらメルにも会える。

 一つ覚悟を決め、アンクの言葉の合間に割り込んだ。


「お願いします。最低限の待遇でかまいません、役に立てると思います」

「メル・カロンはここにはもう来ないかもしれない」

「いいんです。今は、色々なことを学びたいから」


 答えればミザミは黙り、右手でしばらくこめかみをほぐしていたが、やがて一つため息を零して言った。


「……いいだろう。その代わり後悔させるなよ。嘗めた真似をすると命は無いと思え」

「「――はい!」」


 一年近く続いたどこへも知れない旅、その終着点。思いがけず得られた幸運に、自然と声にも気合がこもった。

 彼女に会えなかったのは寂しかったが、大丈夫だと自分に言い聞かせた。ここにいればきっともう少しは近づける。


「ううん、それにしても綺麗な顔だね〜。びっくりびっくり。どうやってできたのかな? 解剖したいなっ!」

「…………」

「やめなさいマフィー。私も思ってたけど、その言葉で醒めたわ」

「ええー、だめかなあ、ちょっとだけ! 皮だけとか」


 そしてなんだかんだで晩餐となり、当主以下魔女達とも同席することとなった。豪華で信じられないほどおいしい料理を味わい、相変わらずの会話に言葉を詰まらせる事態もあったが、あっという間に夜は更けた。


「しかし、魔術師と聖人か……おかしな話もあるものだ」

「はい?」


 食事を終え食堂から退出する寸前。離れた上座に座っていた当主が呟く。シリウスが振り返ると、ミザミは燭台に灯る蝋燭の火を見ながら言った。暗い陰影が静かにその顔を照らし出していた。

 

「これは偶然かどうか。その前にメルという魔術師がいて……村。星の森、南の半島……子ども」

「……星の森や、俺たちの村に何かあると?」


 それは今まで疑問に思いもしなかったことだった。同じ村にシリウスという聖人がいて、アンクという魔術師が居た偶然。そして、星の森にいたメル。

 偶然、だ。


「そういえば、摂理抗争時に秘匿に造られた聖教の村があったという。真実なら双方ともに能力のありそうな子どもを隠すためだったのか」

「――それは」

「ヨハネスの秘密の娘、マリアのためのものという話もあった。金の髪に青の目の……最後の聖人。智の魔女ワンズ……『星を探しに来た』……?」


 何もかも終わったことか。

 黒く揺らぐ目が中空をさまよい、やがて呟きとともにゆっくりと閉じられた。









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