白の騒動<4>
「――で、何も確認しないままやりあったと?」
「だってねっ! 鍋焦がしたのバレたら当主怒るって思って、じゃあとりあえず殺した方がいいかなって……」
「「…………」」
「殺したところでその後も完璧に隠蔽できると思ったのか?」
平坦でいて、それが逆に恐ろしさを醸し出すミザミ・カサブランカに詰問されて、「劣悪の魔女」だというマフィー・リーフィーはぽんと手を打った。話の内容と口調、そして中性的で陽気な容姿と、全てが噛み合わない感じがする。その場の空気など完全無視だ。
「無理かも!」
マフィーの笑顔をミザミは冷たく突き放した。
「限度というものがあるんだがな。お前には偶然以外の何かを期待しているわけじゃないが、これ以上調子に乗ると放り出すぞ」
「えーーっ、ごめんねもうしないよ当主!」
「どうだか……」
まあ最初からわかっていたことだがな、とぼやき、ミザミは荒れ果てた廊下を顎で示してみせた。主にマフィーの錬金物とアンクの魔術のせいで、布は裂け窓ガラスや飾りは無残に散乱していた。
「もういい、さっさと片付ければ今回だけは不問にしてやる。それからオリーブも」
「は、はい」
「一応、客用の晩餐の用意をしておけ。場合によっては取り消すかもしれないが」
「かしこまりました……」
巻き込まれた立場だが、マフィーよりもずっと悄然とした様子で美貌の魔女――オリーブが厨房のほうへ下がる。魔女が料理というのも不思議な感じがするが、そういえばメルが料理しか出来ない魔女の話をちらりとしたことがあるのを思い出す。
そうして二人がそれぞれに解散した後、シリウスとアンクはミザミに着いて客間らしい一室に足を踏み入れた。
磨きぬかれたテーブルの上座にミザミが腰を下ろし、ぞんざいに足を組む。目線だけで促され、シリウスとアンクも恐る恐る下座に腰掛けた。すぐに客間女中がティーセットを用意して下がっていった。
「さて、メル・カロンの知り合いと言ったな」
「は、い」
向き合ってまともに目を合わせれば、逸らしたくても逸らせない眼差しがそこにある。
シリウス達よりは年上かどうか、まだ十分に若い。薄い色の滑らかな肌、漆黒の髪に垂れ目気味の整った顔立ちは、東国の血筋の印象を受けた。口調に比べてあどけなく見え、皮製の白い手袋や黒の正装のせいか、暗い目をしたアンバランスな容姿が奇妙に淫靡で危うい魅力を醸し出している。
微笑むことなど到底なさそうなその顔を見ながら頷くと、ミザミ・カサブランカはふいと目線を逸らした。堂に入った仕草でカップに口をつけながら、
「魔術師か」
「あ……っと、アンクは、――俺はシリウスといいます、彼は魔術を使えます……。だから一応魔術師ということになるかと思いますが、」
「一応? 魔術師になるにはどこかの魔術師の弟子になるしかないだろう?」
アンクが首を横に振る。
「いえ、違うんです。僕はメルさんに偶然会って、それで魔術を知って、あとはほとんど自力で」
「自力?」
眉間にしわを刻みながらミザミは短い問いを繰り返した。そしてアンクの事情を大体聞いた後で、深くため息をついた。
「全く、あの魔女は奇妙な縁を連れてくる……」
シリウスは耐えられなくなり、口を開く。
「メルは、居ますか。ここに来ていますか」
「あの女に用があるのか」
「用というよりは、……心配で」
「心配? 心配ときたか、白の魔女を」
「色んな面があると思います。居るのなら会わせてくれませんか」
「無意味だな。あれは誰にも捉えられないだろう。それくらいのことは私にでもわかる」
「それは、未来にしかわからないことです」
呆れと嘲りの混じった口調を冷静に返せば、若い当主は底冷えする眼光で一瞥をくれた。
「来ていない。残念だったな。メル・カロンは昨年の秋に立ち去って以来姿をみせていない。お前達のせいか?」
「ちっ……がう、と」
「なぜあの魔女にこだわる? あれが誰かに救われるような生き方をしていると思うのか?」
「救われない人が居るなんて、どうして」
「どうしようもない思い上がりを押し付けられる身になったことがあるか」
「――メルさんは……」
苦しい言い合いの中で突然、黙っていたアンクが呟いた。呆然としているようだった。何事かと振り返ったシリウスは、こわばった顔つきのアンクが意味のわからないことを問うのを聞く。
「メルさんは、……白の魔女って、そういう意味だったんですか……?」
当主はアンクの顔をじっと見つめ、少し黙ってから口を開いた。
「ああ、精神魔術師、人の頭の中を覗くのはこれで最後にしておけ。それで、知らなかったわけだ? メルの異名の意味。白の魔女――白紙の魔女」
「白紙……?」
不可解な会話に、シリウスは混乱して二人の顔を見比べた。アンクとは対照的に、ミザミ・カサブランカの唇に艶美な冷笑が浮かんだ。
「教えてやろうか。私がメル・カロンに出会った事情。この辺りで暴れていた魔術師を追っていたときだった」
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いつからか、世間の表舞台に被害を与える魔術師を取り締まる役目を与えられていた。魔術で殺人・傷害などの被害を出す輩は少なくない。聖教に媚びるつもりはないが、この辺りの地方で暴れられると自らの立場まで危うくしかねないというのもある。
まだ当主の座を奪い取ったばかりだったミザミは、父の代から屋敷に居たノヴァと、魔術での決闘や殺人で表の世間を騒がせる魔術師を追っていた。召喚魔術に特化されたノヴァには占術の助けを借りることも出来なかったが、犯人の派手な行動のおかげで足取りを掴むのは難しくなかった。
灰色が黒に沈む夕暮れ時。
うらぶれた宿に問題の魔術師が入るのを悪魔人形が捉え、ミザミはノヴァとともにそこへ駆けつけた。
――駆けつけたときにはすでに終わっていた。
『おやぁ。子どもと、魔術師かな? もしかしてこれに用があったの?』
それほど印象的な女に会ったことはなかった。
白い。古い客室に似合わない異分子が佇んでいた。間違いなく美しかった。儚いほど優雅でもあった。
だが優しい雰囲気にぞっとする。周囲の光景に鳥肌が立つ。白だ。髪も。
白い。白く、冷たい。
簡素な一室の前で追っていた魔術師が焦点の定まらない目で、口を半開きにして座り込んでいた。不明瞭な言葉を呟き、涎を垂らしている。
間違いなく魂を奪い取られていた。精神を破壊されていた。もう二度と正常に戻ることはない。死さえ選べない惨めな姿で存在している。
『だって望んでいたんだよ。殺し合い。だからさあ』
白。無。彼女が振りまくものはまるで、何もない白だった。