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白の騒動<3>

「AgNis+→」


 炎の自然魔術だ、と自分の周囲に巻き起こった赤を見て思った。思っただけで、あっけないほど簡単にその魔術を打ち消していた。メルともアンクとも比べ物にならない弱い感覚だった。この人あまり優秀じゃないのか、と顔を上げた先に、あっけにとられた二人の魔女の顔を見る。


「うそ、信じられないわ。どうして、まさか、……」

「ええぇ天敵!? 聖人っ?」

「そっちが先に仕掛けてきたんだから、今更です」


 呟きを返し、羊頭の悪魔の手首を思い切り斬りつけた。硬い肉を切る感触。


「よけて!」「っ……」


 悪魔人形は全く怯まなかった。人間ではないとわかっていたのだが、それでも少しは動きが鈍るのを期待していた分反応が遅れる。振り向きざまに太い腕で薙ぎ払われて、シリウスは壁際まで吹っ飛んだ。


「iisiiiii――」


 一瞬のブラックアウト。追撃が来なかったのは不幸中の幸いで、痛みに耐える間にアンクが即席の風の魔術で相手を遠ざけていた。


「シリウス、大丈夫っ?」

「い、っぅ……、」


 油断していたわけではない。

 びりと腰のあたりに嫌な痛みが走り、呻きながら立ち上がれることを確認する。見た目だけじゃない、斧を振り回すだけあって羊頭には相応の力がある。見通しが甘かったのだ。

 ああ――また、そんな風に思う。まだ。少しくらい武術を身につけても、決意して村を出ても、旅して年を重ねても、まだ。

 飛び出せたって、何も考えていなかったら意味なんかない。状況を悪くするくらいなら何もしないほうがいい。何かを犠牲にして後悔なんかしたくない。

 痛みがあれば多少目が覚める。額の嫌な汗を拭う。積み重ねてきた後悔を打ち壊すくらいの痛みならよかった。意地でも離さなかったナイフの柄に力を込めて、しっかりと敵を見据えた。

 さっさと目を覚ませ。

 ああ、誰か、覚まさせろ。なあ、どうしたらいいんだよ? 


「悪魔人形、って、生き物とは微妙に違うって……言ってた気がする、けど」

「ああ……そうだね。基本的に器に悪魔を入れてるわけだから、痛覚には強い。だから、手ごわいんだけど……」

「核みたいなものがあるんじゃないのか?」

「……んーー、そう、かな。そうかも。ていうか、さっきシリウスに触れた時悪魔が動揺してたと思う。やっぱりシリウスの法力が嫌なんじゃない?」

「一応、あれも自然な状態じゃないもんな……」


 不死身とは考えにくい。悪魔人形のどこかに魂の部分があるとするなら、そこを叩けばいいのではないか。

 その部分がどこかわからなければ話にならないのだが。


「どこを叩けばいいと思う?」

「ええっと、召喚魔術の基本は、人形の中心に重きを置く……だったかなぁ」

「ん……中心って、心臓?」

「あ、でも、人間の身体に羊の頭だから、そういう場合は継ぎ目が重要で、継ぎ目って言うと、つまりつまり、首?」

「なるほど、首か」

「たぶんね〜違ったらごめん」

「なんか軽いよ……」


 どうも会話をしていて危機に対する真剣みが感じられない。かなり不安だが、他によさそうな手段を考える暇もない。半分はやけでアンクの言葉を信じて呼吸を整える。首。随分狙い辛い場所だ。簡単に言ってくれる割には。


「アンク、止めは刺すから吹っ飛ばして」

「後で文句は聞かないよ?」


 一度で仕留める。

 そう決め、アンクに援護を頼んだ。すぐに呪文に集中するアンクを、二人の魔女が妨害しようとするが、させじと食い止める。美女の魔術はやはり貧弱で問題にならず、手当たり次第に不気味なものを投げてくるマフィーのほうが厄介だった。だがそれもすぐに手打ちとなる。そもそもマフィーの錬金物は羊頭の悪魔人形の妨害にもなり、もはや攻撃なんだか援護なんだかわからなくなっていた。

 羊頭の攻撃をひきつける間、心臓を揺さぶるような不可思議な音の組み合わせが何度も耳を掠め、やがてアンクが強く地面に杖を叩きつけた。


「どいて、シリウス」「――!」


 声に反応したというよりは、シリウスは背筋を走る感覚で身を翻していた。

 一瞬。

 凶悪で透明な刃が放たれたのがわかった。実際に目にしたわけではないが、アンクから発生した魔力は風となり廊下を切り裂き窓ガラスを一枚粉々にして、荒れ狂いながら羊頭を突き刺した。

 声も無く悪魔は吹き飛んで倒れこむ。右肩を深く引き裂かれて腕が千切れかけている。ここしかない。シリウスは迷わず飛び掛り、悪魔の腹に馬乗りになると、ナイフをその首に勢いよくねじ込んでいた。


「ふっ!」

「shiaaaiii――」


 深く突き刺した感触で、はっとした。切り裂くというよりは吸い込まれるような感覚があった。

 確かに何かを破壊する、不自然なものを元に戻すときのある種の爽快感を感じていた。

 はっきりわかった。

 悪魔という名の、つくられた異物を壊したのだと。確かに生きていた何かのはずなのに、どうしてそんな風に思ってしまうのか、異常な感情に戸惑う。

 そんなシリウスの内面をよそに、音が聞こえそうなほどかちりと悪魔人形は動くのを止めた。溶け出すかのようにどろどろと正体不明の粘液が床に広がり、思わず羊頭の死骸の上から飛びのいていた。


「うわあ……」

「ノヴァの悪魔を」


 その光景に、二人の魔女も、呆然としていた。どうすべきなのか、じりじりとアンクの傍まで後退したのはいいが、シリウスも次の行動を決めかねて言葉が出てこない。と――


「一体何をしている」

「!」「ひゃあ!」「わっ?」


 そのとき響いた低い声は背後からだった。

 シリウスはぞくりと走った寒気に反応して振り向きざまにナイフを振っていた。

 不快な金属音を立てて刃同士がぶつかる。奇妙な形の剣を確認するだけで精一杯で、後退しながら新手と一合、二合と打ち合う。鋭く容赦の無いそれが、仕込み杖によるものだとしばらくしてようやく理解できた。

 しかし、別にやりあいたいわけじゃない。もういい加減誤解を解いてもいい。

 極度の緊張でシリウスはだんだん腹が立ってきた。

 誰のせいだこの状況は?

 

「話を聞いてください! 俺たちは敵じゃない、メルの知り合いだ!」

「何――?」


 シリウスは素早い一突きを見切って避け、低い位置から一息に踏み込むと、仕込み杖を青年の手から弾き飛ばした。

 相手が息を吐く気配がした。刃が地面に転がる間にいつでも斬りかかれる距離に立ち、息を整えながら初めてまともに青年の姿を確認した。明らかに、高価で品格ある服装と容姿、雰囲気。貴族だろうと一目でわかる。


「え」


 きぞく。つまりキゾク。

 シリウスはその場に倒れこみたくなった。現実ってやつはいつも大体ひどい。顔も声も絶対に引きつっていた。


「あ、ぇ、もし、かしなくても、あなたは、」

「ミザミ・カサブランカ……僭越ながらこの辺境をわずかに取り仕切っている」


 冷たく凍えそうな視線と皮肉に満ちた言葉が、荒れ果てた廊下に響き渡った。



















いつの間にか50話ですが、こんなに長くなるとは思いませんでした; 

がんばりますのでこれからもお付き合い頂ければ幸いです……!

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