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魔女と七人の子ども達<4>

「薬草、かあ……」

「どれ、見せてみろ」


 僕がメルさんに渡された紙を見つめて呟くと、悪魔人形のハレーが肩に乗って覗き込んでくる。他の皆も同じように薬草の描かれた紙を眺め、確認する。大きなぎざぎざした葉っぱが六枚ついていて、頂点に小さな花が丸く集合して咲いていた。単色画で色はわからず、どこにでもありそうで、なさそうな感じだった。


「わかる?」

「むー、なんだっけかなぁ……どっかで見たな」

「そっか……」


 どうやらハレーの答えからして、そこまで詳しいわけではないらしい。

 ヒメリエに促されとりあえず奥に探しに行こう、ということになって、僕らはアンクを先頭に魔女の家を後にした。

 

 村からさらに遠くなる手付かずの森の中は、樹が一本一本存在感を主張していて、落ち葉が柔らかく地面を覆っている。鳥や小動物の声が時折響いて風はほとんど無い、いい天気が続いていた。

 それにしてもメルさんのことだから、何だかすごく難しい課題な気がする。今は秋だけど、春にしか生えない草とか──実は架空の植物とか──見つけたと思ったら走って逃げるとか(?)──もしや、抜いた途端襲い掛かってくるとか!?


「そ、そそそれかも! やばいよピンチだようええぇえんっ!」

「どうしたんだ急に?」


 ドライセンが至極冷静につっこんでくるので、僕が想像したことを話すと、「ありえん」と一言で切り捨てられた。むしろ斬り捨てられた。

「そ、そうですよね〜……うぅ……」

 呆れられ理由付けも何もなかったわけで、別の意味で涙ぐんで、僕はしょんぼりと手提げ籠を抱きしめる。たまに論理的な思考に傷付くことだってあるということなのです。


「ヤジャ、あのさ」

「はいはい……?」


 そこへひょっこりとシリウスに話しかけられた。

 星の雫みたいな金髪に知的で透明な青の瞳が、本当に綺麗で一瞬人をどきりとさせる。薄明るく比較的足場のよい森を歩きながら、シリウスはいつもの優しい口調で続けた。


「さっき、メルと何かあったの?」

「さっき? あ、えっと……何か、というか、約束、を……」

「約束?」


 薬草を採ってくるという約束。それに伴って、もしそれができなかったら──

 だけれど僕はなぜか自分の予想を口に出来ず、ぱくぱくと口を閉じたり開いたりしただけだった。これは、魔法? 

 僕はそっと指きりをした小指を見つめる。あのときの魔女の呪文と、見えない細い糸。僕の中でそれが言葉を押し止めさせているのかも。


「ん……だめみたい。なんだろ、契約って言ってたけど……人には教えられないようになってるみたいだよ?」

「そう、なんだ。魔女の契約ね……」


 シリウスが形のよい眉をしかめ、軽く空を見上げるようにする。今は樹齢何百年もありそうな木々が枝を伸ばしているけれど、彼が何か考えるときの仕草だった。

 僕はふとシリウスの憂慮の原因に思い当たったような気がして、おそるおそる言葉にする。


「シリウスは……メルさんが、好き、なんだ?」

「え?」

  

 尋ねるとシリウスは目を見開いてこちらを向き、それこそ植物が走って逃げる現場を見かけたときのような表情をした。ふぇ、もしや全然そんなことなかったのかな? 勘違い?

 恥ずかしくなって弁解しようとすると、僕らのリーダーはばつが悪そうに頬を掻き、苦笑気味に答えた。


「まあね。そうだと思う」


 うわあ! 

 はっきりと肯定され、僕は思わず木の根に躓いた。「大丈夫?」シリウスが腕を掴んで支えてくれ、挙動不審にがくがく頷いてみせる。

 だって、すごい。

 シリウスはすごい。

 自分の気持ちを認めて口にすることって、簡単そうでなかなか出来ないよ。

 僕が顔を真っ赤にして動揺していると、平然としていたシリウスもちょっとだけ頬を染めた。う、なんていうか、め、珍しいかも……。

 シリウスが弁解するように説明を始めるのを、僕は沸騰した頭で何とか聞き取っていた。


「あのときさ……助けてくれて、綺麗な人だと思って、それ以上にめちゃくちゃ変わった人で。親切なのに人のことなんかお構いなしだし……笑顔とか、頭から離れなくなったんだ。まだよく知らないけど、でも、絶対、あの人は」


 そこまで言い、もう一度大人みたいに苦笑する。


「とりあえず、認めてもらうのが先かな。もうちょっと大人だったらよかった」

「で、でも、魔女さんはきっと長生きだから……チャンスはばっちりだよ! 二人はお似合いだし、僕も応援するからっ……」

「あれ、ヤジャは危険だからって止めるかと思ってたけどね」

「ううん、最初はそうだったけど、たぶんメルさんは……」


 かけられた魔法の意味に気付いたから、逆に僕は信用してしまった。シリウスが言うように、こういうのは僕らしくないのかな、と思ったりもするけれど。「らしく」って難しい。自分らしい自分。つまり僕は、今の僕に納得している?


「見て! すごいですよ、こんなところに星の樹が……!」


 そのときディアナの弾んだ声が響いて、はっと顔を上げた。

 慌てて辺りを確認すると、少し進んだ所に比較的背の低い木が丸いシルエットになって生えていた。


「うわあ……! ほんとだ!」


 僕は微笑むディアナの側まで駆け寄って、星の樹を見上げる。星の樹は、珍しくて幸福を呼ぶという言い伝えがある。葉っぱが星の形をしているのも名前の由来だけれど、一番の理由は音にあるんじゃないかって僕はこっそり信じている。風が吹いたら木の葉同士がぶつかって、まるでガラスを一番綺麗に(はじ)いた時のような、目を閉じると金銀の砂が零れ落ちていくような、そんな音がするから。

 みんな、少しの間星の樹の根元で目を閉じて耳をすませていた。遠い星の瞬く音。幸せみたいな微かな音色。


「薬草、見つかんないね?」

 ヒメリエがそっと沈黙を破り、

「ヒントが少なすぎるな」

 ドライセンが顎に手をやり、

「羊人形は役に立たないし」

 ロイが仏頂面で皮肉を言い、

「ななっ、なんて事を!? いちいち星の数もある薬草の生えてる場所なんて覚えれるかよっ! それから俺は羊人形じゃなくて悪魔だってえの!」


 ハレーがぷすぷす煙を上げながら食いついた。うん、ロイは女の子みたいな顔して手厳しいからね……くわばらくわばら。


「へえ? アンクなら出来そうだけど? それに、悪魔なら悪魔らしいことの三つや四つや五つしてみせてからそういうこと言ってよ」

「飛んで喋って魔女の相棒なんだぞ!」

「なら妖精でも天使でもいいじゃん」

「きぃーー! あんな上品ぶった気まぐれ嫌味野郎共と一緒にするなバカーーっ」


 ロイは喚きながらじたばたするハレーのコウモリの羽をつまんで容赦なくぶらぶら揺らし、いつものようにディアナとシリウスがそれを止めようとして──そのときにそんなことが起こるなんて、誰も予想もしていなかったんだ。気が緩んでいたとか、あんまり関係あるとは思えない。風が、落ちてきた。


「は、い?」


 いえ、訂正です。風、じゃない。風じゃなかった。

 あまりに素早くて、風圧さえあって、そう思っただけだった。僕は目を疑う。全力で疑う。だって自分の目を信用したくないんだもの。幻覚幻覚幻覚。どうかお願いですから!!


「ひいぃいっ」「わ」「ええ?」「きゃっ」

 三者三様の声を上げ、僕らは硬直していた。

 落ちてくるように飛んできたのかもしれないそれは、鷲の羽根と上半身、そして明らかに凶暴な肉食獣の下半身を持った、熊のように大きな生物だった。神々しい金色の上半身と白い下半身。巨大な鋭い鈎爪は牛や馬なんか一撃で仕留めてしまいそうだった。もちろん、人も。子どもなんて、なおさら。


「うお、グリフォン……! 何でいきなり、」


 ハレーがそう言って、僕はそれが伝説のグリフォンという生き物なのだとわかった。でも、あの、ええと、無理です。恐すぎて無理です。恐怖が一周してむしろ平然とした思考になってしまうというミラクル状態です。全生物を萎縮させそうな黄金の鋭い目がこっちを睨み、ああ、徐々に気が遠くなって──


 そして僕らはヒメリエがグリフォンに指を突きつけて説教するという驚愕のシーンに出会った。



「こらっ! 急に出てきたらびっくりするでしょ!」

「「「なんだってーー!?」」」



 ゆうに、小さなヒメリエの四倍はありそうなグリフォンに、堂々と腰に手を当ててのお叱り。

 まるで人が神様に向かって物申しているような構図。

 僕らは全力でつっこみをいれた。もう、それくらいしかできそうにもなかった。


「身体が大きいからって人をびっくりさせたらダメなんだよ?」


 それはそおだけどぉおーーっ! 何で!? 何で恐がってないのヒメリエ? 蛇はだめだけど獣はいいの? 好き嫌いなの? むしろこっちの方が断然デンジャラシィ!?

 そう思ったのはきっと僕だけじゃないはず。それなのに結局何も言えなくなった。なぜって、巨大なグリフォンが悲しそうな顔してヒメリエの前に伏せてしまったのだから。


「クルルゥ……」

「うん、わかればよろしい!」

「通じてるの言葉……?」

「当たり前だよ。そうだヤジャ、その紙貸して」


 心底当然そうに言いながら、やれやれといった感じで小さなヒメリエは薬草の書かれた紙を僕から受け取る。それをグリフォンに突きつけ、かわいらしく尋ねる。


「ね、この薬草どこにあるかわかる?」

「クゥ」

「わあいほんとっ? お詫びにちょっと採ってきてよ!」

「クルゥ」


 コクコクとグリフォンが頷き、現れたときと同じように風のようにその姿が掻き消える。

 ──五分後、グリフォンは約束どおり薬草を銜えて戻ってきた──


「ありがと! そうだ、ついでに魔女さんの所まで送って!」

「ルゥルゥ」


 ──五分後、僕らはメルさんの家の前まで送り届けられていた──


「ただいまっ!」


 ヒメリエがごぱぁっと元気よく扉を開け、僕ら六人+ハレーは放心状態のままヒメリエに続いて部屋になだれ込む。ああ、寿命が、寿命が……。テーブルで薬品を調合していたらしいメルさんは、目を丸くした。


「早かったね……どうかしたかな?」

「ううん、薬草見つかったから戻ってきたの!」

「へ?」


 僕は何も言えず魂が半分抜けたまま、手提げ籠に入れられたそれを魔女さんに進呈する。その瞬間、僕の中の魔法の糸がするりとほどけた感触がした。

 そうだったん、だよね? この薬草が手に入らなかったら、もうメルさんのところには戻れない魔法。

 彼女はそうやって僕達を遠ざけようとしていた。たぶん、自分に関わることで僕らが危険に晒されることを心配して。少し恐い目にあって、うんざりして、もう二度とこんな森の奥までやって来ないように。僕を選んだのは、一番リスクを回避する性格だったから。

 ですけれど。心配するような僕達ではどうやらないようです。


「これは驚いた。本物じゃないか……」


 目の前で、メルさんは毒気を抜かれたような声で草を摘んでいる。

 ヒメリエの恩恵にあずかり、僕はほんの少しの望みと、シリウスの応援を実行するために彼女に魔法をかける。


「これからも遊びに来ていいですか?」


 僕から彼女へ返されるほどけた見えない細い糸。


 魔女さんは一瞬ぽかんとして、自分の小指を見つめ、何も答えないまま小さく笑い声を上げた。


 



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