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いつも同じ世界で<4>

「まるでワンズみたいだな」


 シリウスが出て行くと、ずっと部屋の隅で黙っていたハレーの感情のない声が聞こえてきた。


「何それ、皮肉のつもり? だったらちょっと不合格だね」


 冷淡なハレーというのもずいぶん見た覚えがなかった。この小さな悪魔は、自分で悪魔だと言い続けなければ自分が何かもわからなくなるようなちっぽけな存在なのだ。少し悪魔らしいふりをしたって高が知れている。


「別に、合格とか不合格とか決められる覚えはないね」

「だって私はシリウスに危害加えたりしてないじゃないか。あの人みたいに何もかも滅茶苦茶にしつくしたわけじゃないだろう」

「……やってること、一緒だよ。言葉なら何言ってもいいのかよ。精神魔術師だろ……? 身体と心、それが深く繋がってること、知っててよくそんなこと言えるな。メルが悪い。常識がどうのなんて馬鹿じゃねえの。世界が自分のものだとか思ってんのか」

「少なくともここは私の家」

「関係ない。人が大事にしてるもの壊していい資格なんざ、メルにはない。誰にも、ない」


 ハレーは窓から外に飛び出し、静寂が戻ってくる。一人になった室内で目を閉じる。


「今更だろう」


 何をやっても結局上手くやれないことなんて、ずっと前から知っている。



 ◆◇*─*◇◆*─*◆◇*─*◇◆*─*◆◇*─*◇◆*─*◇◆




「うっ……ひっく……! はあっ……うくっ……!」


 言ってあげられなかった。

 何一つ伝えられなかった。

 あの人に、何も──


「馬鹿野郎……!!」


 シリウスは走れるだけ走った後、ざわめく森の中でとうとう足を止めた。森の、木の幹に手を叩きつけて、いつまでもいつまでもうざったく止まらない涙を乱暴に振り払う。このまま消えてしまえるのなら、消えてしまいたかった。

 だって何もかも分かった風に決め付けて、全部拒絶して、言いたいことも言わせてもらえなくて、思い出までぼろぼろにしてしまった。魔女だったら、人間のこと、全部否定しないと気がすまないみたいに。不愉快で鬱陶しいなんて、いかにも優しいふりで頭を撫でながら突き落とす。好きだと知っていながら勝手にその気持ちを弄ぶ。子ども子どもと馬鹿にする。あの人にとって子どもなんておもちゃの人形でしかないのか。気に入らなくなって飽きたら捨ててしまうようなものなのか。信じられない。信じられない──

 シリウスはそうして、立っていられなくなって、座り込んで、叫んだ。


「嘘吐き──!」


 本当は自分が一番傷付いているくせに、そんなことさえ気付かない振りして、嫌な言葉を重ねて自分がどこまでも悪役になって、悲しむことも忘れて、全部全部諦めてしまって、本当にちっとも優しくなんかない。そうやって自分で自分を追い詰めて、少しずつ死んでいくなんていくらなんでも酷すぎる。

 わかったことがある。

 あの人は自分自身が嫌いなのだ。

 だから知らず知らず自嘲して、自傷する。

 でも、痛みに慣れるはずない。

 傷付けば絶対に痛い。

 辛いけれど痛くなかったら生きてゆけない。

 常識だ。

 常識には真理だって含まれている。


「……メル……、」


 シリウスは、嫌われるのが、理解できないのが恐くて逃げ出した。とんだ臆病者だ。散々言われたが、本当に、ただの幼稚な子どもだ。

 立ち上がる。もう一度涙を拭くと、なんとか少しは治まってくれた。散々泣いたら自然と理性がもどってきて、半ば自棄的に考えが固まった。背伸びしたって子どもだっていうのならこちらだってそれなりに行動してやる。


「──シリウス!」


 ゆっくりと歩き始めると、きいきいと高い声が近づいてきた。顔を上げて、木々の隙間に小さな黒羊の姿を確認した。かすれた声が出た。


「……ハレー。俺を?」


 ハレーは変わらない、あの時と同じ態度で器用に表情を動かした。


「ああ……うん。その、悪かったな、メルがひどいこと言って……悪気は、あると思うけど、それはその、なんて言うかほらその、」

「うん……わざわざありがとう。俺はもう大丈夫。心配掛けてごめん」


 開き直り、泣き腫らした目を向けて微笑むと、ハレーはびっくりしたようにため息を吐いた。


「お前は──いい奴だな。メルがあんなんじゃなかったらよかったのにな。まあとにかく、村まで送ってやるよ……」

「いや、もう一回メルに会うから」

「はいはい……っておえぃー!?」


 そう言うと、悪魔人形は大げさなほどの奇声を発した。思わず苦笑してしまう。確かに、ぼろぼろに言われて泣かされて逃げ出して、その後に言う台詞じゃないだろう。でも。


「俺、子どもだから。わがままで負けず嫌いなんだ。聞きわけとか、ない」


 恐いけれど、このまま帰ったら絶対に後悔する。それに本当に悔しい。どうしても言いたいことだってある。

 そう言ってやると、ハレーはぽかんと固まっていたが、徐々に意識を取り戻し、しまいには笑い出した。


「ぶっ、あははは! そりゃいいや! お前、すごいなっ! さすが、魔女に会いに来るだけあって変なヤツだな。でもさ、それでいいから、メルに思いっきり言ってやってくれよ。あいつのこと、少しでもいいから、助けてやってくれよ。俺だけじゃだめだから、もし出来るなら、メルのこと、愛してやって……」


 シリウスは声を震わせたハレーを抱きしめて頷いた。


「俺も、メルのこと好きだよ。だから行く」


 逃げてきた道をもう一度走り出す。一人であの家の中にいるあの人の姿が小さく脳裏を過ぎった。









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