魔女と七人の子ども達<2>
そういうわけで、私達はやると決めたらかなり結託する七人でして、早速私の家の書物を検証しました。
「魔女……あ、これ」
「記述というより、居場所だな。分からなきゃいけないのは」
「ていうか、星の森の地図がいるんじゃないの?」
「地図なら、僕、書こうか……?」
「行ったことある場所なら任せてよ!」
「みんながんばれがんばれい!」
「こら、ヒメリエったら……」
薄暗くて独特のにおいがする書庫の中で、私が大体見当をつけて書物を探し、シリウスとドライセンとロイが魔女の家までの道のりを模索し、ヤジャとアンクは星の森の地図を作成します。私は無邪気に騒ぐヒメリエを宥めながら、ヤジャの手で次々と正確に描かれていく地図を感心しながら見ていました。方向感覚と勘の優れたアンクももちろんですが、ヤジャの器用さは本当に羨ましい限りです。もちろんもちろん、書物から論理的に魔女の居場所を特定してゆくドライセンは素敵すぎてもうなんと言ったらいいのかわかりませんし! あ、ロイやシリウスも、忘れてはいませんけれど……!
そうしてたっぷり二日かけて、めでたく魔女の家までの地図は完成しました。村の人が魔女にお願いをすることもあるみたいで、比較的記述が多かったのが幸いしていました。
「出発! 出立だよ野郎どもっ!」
「「「おうとも!」」」
そして元気いっぱいなヒメリエの号令で、天気の良い休み日に、出発ということになったわけです。それにしても、野郎どもなんて、ヒメリエはどこでそんな蓮っ葉な言葉を覚えてくるのでしょうか……私はちょっと心配です。
「えーと……」
「こっちこっち! 通れれば一番近道かも」
いよいよ森に足を踏み入れました。薄暗くて道もない、ずっと似たような風景の星の森ですが、アンクは考えることもなく上機嫌ですいすい進んでいきます。一応迷わないように木の幹に目印をつけているのですが、アンクにかかると余計な仕事に思えて仕方ありません。
シリウスもしきりに首を捻ります。
「うーん、どうしてアンクはそんなに地理が得意なんだろう?」
「え? なんかこう、わかるじゃん! お日様があって周りの風景が目印で、風が吹いてて大体の雲の動きとか星の方角とか土の」
「くっ……複雑かつ感覚的で全く理解できんが、それで絶対迷わないのだから何らかの法則が……」
ああ、ぶつぶつと難しい顔で考え込むドライセンも渋くてたまりませんね……いえ、すみません私は全然大丈夫ですよ!
とにかく、ぴょんぴょん跳ねる様にアンクにじゃれつくヒメリエを押し止めながら、私はきちんと目印を刻むヤジャを振り返りました。
「ヤジャ。大丈夫? 歩くペース、速いですか?」
ヤジャは眉尻を下げて、ほわりと笑い返してくれます。
「これくらいなら大丈夫かな……速かったら言うよ。万が一って事もあるからちゃんとしてなきゃ」
臆病なんていわれる彼ですが、でもその分みんなのことを一番考えてくれているのはヤジャで、私はいつも感動したり自分を恥ずかしく思ってしまいます。ありがとう、と言おうとすると同時に、ヤジャの隣を歩いていた小柄なロイが、ぼそりと呟きました。
「あ、蛇だ」
その途端ヤジャは見事に飛び上がり、
「へへへへびへびぃーー!? どこどこ死んじゃう猛毒ーー!」
「うそー」
「ほほほんとにぃ!? 絶対だよねファイナルアンサーっ?」
「あ、あそこにいるかもっ!」
「ギャア!!」
「こら、嘘を言うのはやめなさい」
ロイから始まり、ヒメリエまでヤジャをからかい始めて、私はため息混じりに二人を叱ります。しかしその時先頭から三番目を歩いていたシリウスが、さっと前を行くヒメリエを引き止めました。
「いや、あれは?」
「うわあ。揺らめく物干し竿って感じだねっ」
「うギャーーー! 出たでたリアル大蛇ーー!!」
アンクがよく分からない感想を言っていますが、そうです、嘘から出た真といいましょうか。先頭のアンクから数メートル前方、木の枝の上から、人の腕ほどありそうな太さの蛇が垂れ下がっていたのです。
シリウスが身構え、アンクも下がらせていますが、その大蛇が鎌首をもたげてこちらを凝視した途端、ヒメリエとヤジャが目に見えて固まりました。次に瞳を潤ませて、顔をしかめ、今にも泣き出しそうに──いえ、そんなことは許しません。この私が許しはしません。少し余分に成長したくらいのたかが爬虫類ごときにそんな理不尽が許されるとでも?
否。
断じて否。
「うちの子達を泣かせるのは絶対に! 許しませんからっ!」
「ディ、ディアナ──」
私は前にいた人々を押しのけて大蛇に向かって疾走し、私の闘気に威嚇しようとしたらしい蛇の首をそんなことさせる前にわしづかみにして枝から引き摺り下ろし、二メートルはありそうなそれをお空の向こう目掛けて砲丸投げしました。風を切るいい音。大蛇は一瞬でどこか遠くへ見えなくなっていきます。ああ、これでもう大丈夫ですよね!
私は蛇の恐怖で固まったままのみんなを笑顔で振り返って、ヒメリエの頭をぽんと撫でました。
「ほら、もう大丈夫よ。あんなのは見かけだけで全然大したことはないのですって」
「……そ、そっかあ……ありがと、ディアナ……」
「多重人格……」
「相変わらず怪力……」
「見かけは優しいのに……」
「う、うう……」
「みなさん、何か言いたいことがあるのなら面と向かって仰ってくださいね!」
「「「いえ、なんでもないです」」」
とまあ、そんな些細な出来事もありましたが、その後はヒメリエもロイもやけに大人しくなり、アンクの案内ですいすいと進んでいけたのでした。
おそらく一時間はかかっていないでしょう。
地図から導き出した場所付近に辿り着いて、あとはアンクの地理に関する素晴らしい勘を頼りにして、ついに私達は森の中にぽっかり存在する一軒家を発見したのです。
「うわあ! あったねえ!」
「本当だったか……」
「彼女は──」
村の広場よりは、少し狭いでしょうか。森を丸く切り取って、その草原の端にレンガと木でつくられた平屋建てがあります。その脇には畑があり、反対側には井戸、薬草と布が干された物干しがありました。
ヒメリエが目を輝かせ、ドライセンが深い息を吐きました。ロイは不審そうに首をかしげ、ヤジャはぎくしゃくと慌て始めます。
「だ、大丈夫!? 本当にだいじょーーぶっ!?」
「あの人は、危険な人じゃないよ。俺を助けてくれた」
「ようし、突撃だ皆の衆!」
薄い一枚の扉の前でごちゃごちゃしていたのをヒメリエが断ち切り、シリウスがノックして声を上げました。
「こんにちは!」
ごくりと息を飲む数秒。かたん、と小さな音にみんなが反応します。
そして不意に扉が開かれました。
目の前に現れたのは、白とチョコレートの、すごく、綺麗な女の人でした。絹のような白い髪、透明ささえ感じさせる肌。チョコレート色の不思議な瞳に淡く色づいた唇が優しく、すらりと華奢な身体をチョコレート色のローブに包んでいました。柔らかい嗅いだことのない香りが鼻先を包み──だから少しも邪悪な感じは見受けられず、私はむしろその人が身分の高い聖人様ではないのかと疑いました。
「精神異常かぁ……」
見とれていると、彼女も驚いたようにこちらを見つめ、そんなことを呟いたように思います。そしてしばらく考えていたと思うと、不意に花開くように唇を緩めて微笑みました。
「いらっしゃい。皆、いい肉付きでとっても美味しそうだね。ちょっと材料になってくれたら嬉しいな」
魔女でした! その人は確かにこれ以上なく魔女だったのです!
私は数秒でも聖人様ではないかと思った自分を、心の中で激しく反省しました。