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悲境に寄り添う落日<6>

「素晴らしい。それでこそ、君は──」


 最後まで言わせない。命令する。殺せ。

 壁が鋭く形を変え、勢いをつけてサンライズに襲い掛かった。サンライズは風の刃を何段にも分けて放ち、後ずさりながら辛うじてその土を砕いた。そこまでされると流石に──マインドハックを保てなかった。疲労が身体に蓄積する。

 荒れ果てた焦土に立つ日没の魔術師は、狂気じみて楽しそうだった。こんな男が存在すると、魔術師が摂理戦争に負けた事実が疑わしくなってくる。今からサンライズが都を焼き払ったとして、止められる人間が現存するというのか。そんな男と対峙する自分にしてもやはりおかしいのだろう。


「その、精神魔術の極み。無生物を生物のように操るなんて、改めて凄いことを考えたものだね。どうやっているのか、検討もつかないが」


 そう。

 そういうことだった。

 サンライズの言うとおり、メルは生物にしか使えないはずの精神魔術で無生物を操る術を生み出した。生物の精神と呼ばれるものを研究し尽した結果、魔力を塵の杖に通すことで「極めて精神に似たもの」を作り出す事に成功した。その「擬似精神」を一時的に宿すことで物質の存在情報を騙し、操る。それがメルの行き着いた精神魔術の極致だった。

 ただし、まだ非常に魔力の消費が激しく、そうそう気軽に使えるような代物ではない。己が倒れては本末転倒だった。息を整える隙に声を出す。


「どうやっているのか検討もつかないなんて……貴方に言われても、」

「そうだね。この合成魔術と情報交換でもするかい」

「興味はあるけれど、……その前に残念ながら、死んでもらわないと」


 お互いの手の内を出し合ったこれからがそのためのフィナーレ。

 メルは呪文を唱え、目を閉じた暗闇の中で擬似精神を作り出す。直後に襲った炎風を地面が形を変えて防いだ。やはり、普通に生物化させると柱五本程度だった。サンライズ相手に必殺とはならない。現に水があったせいで、水の風刃で攻撃されると土塊は破壊を免れていない。少し崩れるくらいなら問題ないが、バラバラにされると擬似精神まで破壊されただの土に戻ってしまう。


 それなら、それ以外の方法しかない。元々相打ちも難しい相手だ。そして何より、メルのこのマインドハックは後十回も打ち出せない。サンライズはためらいなく合成魔術を使うだけあって、余力があるに違いなかった。

 自動的に、いつか考えていた試案が頭を掠めた。

 実に馬鹿らしい考えだ。が、騙すような賭けをするのは案外好きだった。

 ほとんどの魔力を使い果たし、なるべく広範囲を支配する。それに呼応してサンライズの周囲に水が集まる。深呼吸をして覚悟を決める。楽しいというサンライズの感覚が理解できるとは言わないが、一瞬だけそれに近い高揚が肌を駆け抜けた。


「殺せ!」

 

 砦のように立ちふさがる土塊たちに叫び、メルはサンライズに襲い掛かるそれを追って自ら駆け出した。サンライズは次々と水の風刃を繰り出し、壁を打ち壊していく。その影に重なるようにメルは走った。どこまで近づけるだろうか。せめて五歩。サンライズの目がこちらを向く。もう最後のマインドハックが崩されようとしている。まだ距離が遠い。それなら──


「何──?」


 咄嗟に作り出したのは魔術の初歩の初歩である、土塊の幻影だった。精神魔術師である自分の本物に近い幻覚が一瞬だけサンライズの気を逸らし、無駄打ちさせた。目の前に、振り返ったサンライズの微妙な表情が一瞬だけ映った。そして彼の錫杖に炎と風が集まる、その数秒の間に塵の杖を思い切り振り下ろした。


「ぐっ……!?」

「あぁあっ!!」


 驚愕に見開かれたサンライズの目と、確かに何かを斬りつけた手ごたえを得た瞬間、炎と風の魔術をまともにくらい、絶叫が漏れて一瞬何もかもが真っ白になった。熱く冷たくぐちゃぐちゃな死の感覚。それでもかろうじて生きている。最後の塵のような残り香の魔力でどうにか身体制御をし、息も出来ないような痛みを緩和した。それでも生理的な涙が溢れ立てなかった。ぽたぽたと血が零れ落ち、倒れこんだまま顔だけ上げる。目の前だった。黒い祭服の、日没の魔術師──

 僅かに苦しげで、心底愉快そうな声が聞こえた。


「ふっ……はは……滅茶苦茶だね、君は……」


 出ない声を、意地だけで出し、


「あ、なたに、いわれたくは、」

「あのタイミングで平然と幻術なんて使った挙句、……その、杖。魔術師の最大の触媒で命でもある杖の形状を、恐れ多くも変化させるなんて、誰が考え付くかな……?」

「じょう、しきなんて、くだらない、こと──」


 サンライズの錫杖が真っ二つに折れて焦土の上に転がっていた。彼自身の腹にも切り傷が走り、血が零れ落ちていた。しかし、魔術師にとって致命傷というほど深くはないだろう。メルはあの瞬間、最後の擬似精神で塵の杖の形状を剣に変化させ、切りつけるという単純な方法を取った。これほどの奇襲は金輪際ないだろう。最強に立ち向かうがゆえに、馬鹿馬鹿しいことに挑んだ。負けはしたが、この手で傷を負わせることが出来た。万策尽きたというのにどこか奇妙な満足感があった。


「はは……まさかこの僕に、傷を負わせる魔術師が存在するとはね。驕りではないよ。真理だ。自然魔術は戦うためのものだ。僕はそれを極めた。だから全ての魔術師に負けるはずがなかった。それを君は、一歩も引かなかった。むしろ向かってくるのだから……何を考えているんだと思ったが」


 サンライズが言葉を止め、後ろを振り仰ぐ。メルは唖然とした。いつからいたのか、奥の林から、人型や、大型肉食獣、猛禽、明らかに凶悪な一筋縄ではいかない悪魔人形が十体以上集まってきていた。

 もちろんメルの身に覚えはなく、つまり、サンライズの悪魔人形。

 しかも賢そうな人型の悪魔人形は恭しくサンライズに杖を差し出している。あの、壊した錫杖よりもかなり手の込んだ造りをしていた。受け取りながら、サンライズはメルを見下ろして笑う。


「まあ、だが。ハンデをあげていたということだよ。そうじゃないとつまらないから。おかげでとても楽しかった。今回も、君を殺すのはやめておこう」

「────」

「ではね。また、いつか会いに来よう。そのときは」

「……ころしてやる、から……」


 滅びたいという気持ちが、この男の中にさえもあるのだろうかと、メルは具にもつかないことを思う。誰も辿り着けない圧倒的な孤独というものがあるのだろうか。冷酷で残酷な日没の魔術師にそんなものがあるとはとても信じられないが。

 城のほうから血相を変えて走り寄ってくる兵士と、見覚えのある少年の姿が見えた。

 サンライズが悪魔たちを従えて背を向ける。


「楽しみにしておくよ……じゃあね、メル」


 去り行く姿を目に映しておくことも辛くなる。眠い。音が水の中で聞いているようで。


「メルっ! おい!? 何があったっ……あの男は、──」


 悪いけどしばらく護衛は出来ないよ、ミザミちゃん。


 頭の中でだけそう伝えて、メルはゆっくりと、意識を闇に閉ざしていった。

 












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