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悲境に寄り添う落日<5>

 距離は、二十歩以上。

 悪魔人形でも連れていない限りこの微妙な遠距離は勝負を決めない。

 メルは星の森では魔術儀式で罠を張り巡らせているが、そういう風にあらかじめ仕掛けをしない限り、魔術は感染式だからだ。要するに自分中心に発生し、そこで最も威力が強く、対象が離れれば離れるほどコントロールも威力も落ちる。メルもサンライズも、安全圏から勝負を決められるような中途半端な魔術師ではないはずだった。

 しかし相手がどれほどのポテンシャルを持つのか、緒戦で見極めるためにはこの距離でいい。星の森での敗北から十年、その月日の中で果たしてサンライズとの差は縮まったのかそうではないのか、何にしろあの時と同じように負けることだけは許されなかった。


 周囲の植物達をマインドコントロールする。同時に周辺の生き物の気配を呼び寄せる。サンライズが自分の周囲にある草花を無造作に焼き払う。およそ半分の距離がほぼ一瞬で更地となった。熱気が肌に届き、次の瞬間には巨大な風の刃が襲ってくる。まともに受ければ八つ裂きになるだろうそれを、ぎりぎりまで引き付けてから同じ風の自然魔術で相殺した。サンライズほどではないが、並以上には自然魔術は使えた。相手にとって遠距離、自分にとって近距離ならばまだ打ち消せる。


「何か、いい方法は思いついたかな?」

「…………」


 日没の魔術師は相変わらず余裕の口調で微かに首を傾けてみせた。認めたくはないがそれだけの資格はあった。現存の魔術師の誰しもサンライズの本気を推し量ることは出来ない。


「あの術、君の秘術は完成したのだろうね」


 言いながら、無造作に縮めてみせる一歩が圧力となって足元に伝わった。後ろは池だ。凍らせて使用するにしても、そういう自然魔術はサンライズに分がある。意識の隅に留めておいても不利になりこそすれ、そんなに役立ちはしないだろうと思考が無慈悲な結論を出す。


「貴方こそ、あの出鱈目な術は」

「ああ、覚えていてくれたのだね。期待には応えてあげられそうだ」

「そう……」


 顔を上げると、城の上空に黒い点がいくつも現れるのが見えた。メルが引き寄せた鳥達だ。足元には巨大化し、気味悪くのたうつ植物達を従えている。

 初撃はこんなものだろうと見切りをつけた。これ以上広範囲に及ぶマインドコントロールは流石に苦しかった。


「なるほど、数を撃てば当たるというわけかな」

「……」


 何を言われようと訓練しつくした精神は乱れない。いつの間にかサンライズを囲む巨大な植物達と、空を覆いつくすほどの鳥達に対して、メルは単純な命令を下した。

 殺せ。壊せ。

 小山ほどの数と規模が、四方八方から立ち尽くす黒い祭服の男を急襲した。黒い闇が群がるような光景が目の前に展開し──やけにはっきりと錫杖の鳴る音が聞こえた。

 赤く、サンライズを中心に発生した巨大な火炎は、どこか神がかって見えた。鳥達や植物が触れた側から塵となって消し飛んだ。そうして全滅してしまう寸前に、メルは再び植物達に命じた。


「貫け」


 植物の、地中に潜り込み密かにサンライズの足元を侵しつくしていたその根が、土によって炎から免れ、ほぼゼロの距離から魔術師を狙い打った。

 炎の向こうにあるサンライズの目が僅かに細められた気がした。その口元に、笑み。翻る黒の衣装を彩るのは風。植物たちはメルの命令を達成できない。


「……相変わらず」と漏れた呟きもどこか虚しかった。


 滅茶苦茶、ほとんど反則だった。普通なら一撃必殺の奇襲さえ、この男にとってはなんでもない。崩れた地面と触手の凶器はサンライズの踏み場を少し乱しただけで、風圧に押さえつけられて動きを止めた。数秒後には鳥達も地上の植物達も焼き尽くされて姿を無くす。

 本来自然魔術にも法則がある。例え同じ自然魔術と分類されていようと、属性ごとに、例えば炎と風でも発生のさせ方が違う。全く別物と言えるのだ。だから、今のように火炎と風、同時に二つ以上の属性を発生させることは歴史上不可能なことだった。


「ふ、僕の方が先に専売特許を使ってしまったようだ」


 サンライズは魔術史上唯一それを破った魔術師だった。自然魔術における多属性の同時使用を可能にする魔術師。

 どういう原理かは定かでないが、その膨大な魔力と才能と頭脳で、ただ一人最強の戦闘能力を有していることだけは確かだった。

 だからといって、諦めなくてはならないかといえば、そんなことはないと思いたい。


「ここからは遠慮なくいかせてもらおう。あがいて見せるといい」


 穏やかでも冷酷な表情と口調で宣言し、日没の魔術師は呪文を唱えた。彼の周りを炎が取り囲み、そして風と交じり合う。遠距離から使用できる自然魔術は、感染の法則から風の魔術だけに限られているのだが、サンライズだけは違う。二つ以上の属性を組み合わせることで、今のように炎の烈風を作り出すことを可能にした。

 合成された炎風を、メルはかろうじて自分の周囲だけ風の壁を作り防いだ。炎が完全に防ぎきれず皮膚に痛みが走る。サンライズはその間に距離を縮めていた。どうにか距離を保とうとするが、メルが走り出そうとする直後、サンライズを中心に激しい地震が発生し、バランスを崩す。高度な地の魔術が辺りにいくつもの亀裂を作った。咄嗟に生き残った僅かな木の根を呼び出して足場を作りつつサンライズを襲わせる。あっさり焼き尽くされるが流石に多属性との併用は出来ないのか、地震は止んだ。

 その間に少し距離を取ると、足元で水が跳ねて、メルははっとした。


「そうか、池……!」


 今の地震で亀裂から水が漏れた。これでまた一つサンライズに武器を与えてしまったことになる。

 実際、黒髪の魔術師の周りには固められた氷の刃がいくつも浮遊し始めていた。そして炎の玉も。三種類同時に操るその技量が十年前とは違った。

 サンライズが嗤う。


「これで、風でも植物でも防げない。そろそろ見せて欲しいな」


 同意したくはないが仕方ないと覚悟を決める。確かにメルには秘術があった。サンライズと同じく、魔術史上誰も成しえなかった術。


「さあ」


 焼き尽くす炎と氷の凶器が風と交じり合って一斉にこちらを襲い、メルは呪文を唱えながら塵の杖を地面に押し付けた。目を閉じ、自分の中の魔力を杖に通し、形作り、地中に送り込む。


 受け入れろ。

 受け入れて、錯覚し、従え。

 私を守れ――


 魔力が削り取られる嫌な脱力感があり、直後、僅差で生命を脅かす轟音がとどろいた。

 それでも身体に響いたのは僅かな振動だけだった。目を開くと、ほんの数歩手前だった。

 土の壁が、メルを守っていた。



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