魔女と七人の子ども達<1>
結論から言うと、星の森の魔女メル・カロンは早々にシリウスと再会することとなった。
「こんにちは!」
「おやぁ?」
星の森の一軒家、暖かい昼下がり。ハレーの寝息に覆いかぶさるように、ノックと声が鼓膜を揺らした。メル・カロンは何だかよくわからない液体を調合していたのをやめて、外へつながる唯一の扉を開けた。
そこには見覚えのある金髪の少年を筆頭に、計七人の子ども達が興味と不安を混じらせた目で立っている。思わずぱちぱちと瞬きをする。調合のし過ぎゆえの幻覚だろうか。幻覚というか? 幻聴? ていうか今何時だっけ?
「精神異常かぁ……」
うん、それはそれでまあいいや。特別困るわけでもないし。とりあえず魔女たるもの、欲望に忠実にあれ。好物が向こうからやってきたのだから歓迎するしかなかろう。
というわけで、メルは子どもたちに向かって出来る限り優しくにっこりと微笑んでみせた。
「いらっしゃい。皆、いい肉付きでとっても美味しそうだね。ちょっと材料になってくれたら嬉しいな」
シリウス以外の子ども達の顔が引きつったのは言うまでもない。
ああ、愉快愉快。
「でえ、なんなんだ子守りでもする気か、メル……あいたっ! つつくんじゃねえ!」
「子守りぃ? やだな、そんな人間みたいなことするわけないよ。これは目の保養をかねた食料飼育という一石二鳥でしかないね。そんなに喜ばなくても」
「喜んでねえ! 俺は悪魔なんだぞ! 遊ぶなガキどもめっ!」
相棒、黒い子羊悪魔人形のハレーが、茶髪のいいだしが取れそうな女の子に可愛がられていた。そんなことは見れば分かるが、敢えて言ってみるのが魔女の良いところだった。子どもはかわいいし素直に信じやすいし、時に残酷で計算高く、学ぶべきこともたくさんあるような気がする。メル・カロンにとっては実に許容範囲内だった。
「メル、何をしてるんですか?」
「聞いて感激、君たちをおいしく煮るための調味料作りだよ」
「またそんな。嘘でしょ?」
「はァ? いちいち嘘ついて何の得があるってゆうの? それにいちいちホントのこと言って何の意味がないってゆうの?」
「う……?」
やってきた七人の子どもたち。その中でもメルにとって、シリウスはちょっと特別かもしれなかった。あの時一度会っていたからというのは全く関係なく、ずばり際立って美しいからだ。美しいものには敬意を払うくらいのことはしてもよかった。魔女であるためには美しくなければならない。美はそれだけで人の心に影響するのだから。
「かわいいーねー? 金色の少年、中身抜いて剥製にしてもいいかなぁ?」
太陽のような煌めく金髪に、宝石にも勝るブルーの瞳、歪みのないすっきりした目鼻立ちが神秘的でさえある。初めて見たときは珍しく数年ぶりに感心してしまったくらいだ。
うっとりと、ぺたぺた柔らかい頬を触っていると、シリウスは嫌がる様子もなく落ち着いた表情で微笑んだ。
「そんなことしなくても、メルが望むならずっと側にいますけど」
「やったあ! でも子どもの口約束なんて絶対信じない」
「心外ですね? 本気なのに。でもメル、名前が知れてよかったです」
「言霊ですね? 記号なのに。でも少年、魔女は捕らわれないのです」
むうとシリウスが口を尖らせ、メルはとろけるように相好を崩す。真理的な会話に付き合ってくれるのならもっと意味のない言葉を連ねてあげられる。無駄なことを無駄に言って無力感がつのればそのままの無意味で言うこと無しだ。
「そうだ、子どもたち。せっかくだから星の森の奥を案内してあげよう」
急に思い立ち、メルは軽く立ち上がる。案内というか、薬物のための植物採集を手伝ってもらおう。
言葉にはしなかったが、そんなこと言わなくても伝わっているに違いないから大丈夫だということにして、魔女は笑顔で子どもたちに手招きをした。
゜・*.:。ディアナ。.:*・゜
「魔女に会いに行こうよ」
ある初秋の夕暮れ、シリウスが突然言い出したその言葉が全ての始まりでした。
私ことディアナは、当初一つ年下の綺麗な少年の言葉を何だか夢のように聞いていたのですけれど、よく考えると人事ではなかったわけなのです。だって私たちは休みには大体いつも一緒に遊んでいて、諍いがないわけではないですが、経験的に七人でいるときが一番楽しいと知っていたのですから。
私達、古登の村の幼馴染七人と言いますと。
ちょっぴり天然で方向感覚に優れた少年アンク。
みんなより一つ年下の女の子、11歳で元気いっぱいのムードメイカーなヒメリエ。
臆病だけどとても器用な男の子なヤジャ。
いつも冷静で、説得力のある少年ドライセン。
それから、一つ年上で、たぶんみんなのお姉さん的な私、ディアナ。
かわいい顔で皮肉屋、だけど集中力のすごい男の子ロイ。
最後に、優しくて行動力のある私たちのリーダー的美少年、シリウス。
簡単に言うとそんな風な私たちは、いつも探検をしたり新しい遊びをしたり、時に悪戯をしてしまったり、村の周辺で戯れていたのです。だからシリウスが提案したことは、一つの遊びとして私たちの中に滑り込んでいました。
「魔女、って、突然何言い出すのさ。階段から転がり落ちて頭陥没したの?」
ロイが細い茶髪を弄りながら、突っかかるのはいつものことです。言ったら怒られるのでこっそり思うのですが、拗ねてるネコみたいでかわいいなあなんて。
寛容なシリウスは、ロイの物言いに気を悪くすることもなく答えました。
「俺、実は星の森の魔女に会ったんだ。ほら、こないだ森で遊んでたときに実は迷ってしまって、そのとき」
「うわぁ、そうなんだ! シリウス、魔女に食べられなかったっ? 生きて帰れた?」
頬を染めてアンクが立ち上がり、すごく心配そうな顔をしています。食べられてたらここにはいないよ、なんてシリウスは親切に答えてあげていて、私はやっぱりちょっと天然なアンクに微笑んでしまいました。
「ま、ま、魔女? ぜぜ絶対ダメだよぅ! 危ないってデンジャラス一辺倒―!」
「や、ヤジャ……」
次に細身でくるくるした黒髪のヤジャが、かたかた震えながらシリウスに詰め寄り、シリウスは引きつった笑顔でなだめます。ヤジャは恐がりだけれど恐がり方が面白いって、ロイやヒメリエにからかわれることが多いから要注意。まったくあの子達ときたら。
それから、ショックで軽く放心したヤジャを押しのけて、背の高いドライセンが顎に手をやりながら話に加わりました。
「シリウスが言うなら嘘じゃないと俺は思う。だが、ヤジャが言ったことも一理ある。それに、どうやってその魔女を探すのかあてがあるのか?」
「それは……」
流石はドライセン、冷静論理的ではっきり明瞭でとても素敵です。いえ全然、贔屓目無しでもそうなのです!
シリウスは少し考える仕草をして、私に顔を向けました。
「ディアナ。ディアナの家に、村の伝承の書物があったよね? それ、読んでもいいかな?」
「あ、はい。大丈夫ですよ」
そう、私の家には村の歴史の書などがたくさん保存されているのでした。たぶん星の森の魔女についても情報があると踏んだのでしょう。魔女はきっと長生きだし、人間の依頼を受けたりもするのでしょうし。
やる気なシリウス、半信半疑なロイ、拒絶のヤジャ、中立なドライセンと私。そして最後にぱっと立ち上がったかわいいヒメリエがぱんと手を打ち合わせて元気に声をあげました。
「いこーよー! 魔女さんに会ってみたいっ!」
「「「りょーかいー」」」
結局誰がなんと言おうと、私たちは基本的に、この年下の女の子のかわいらしさには敵わないのです。