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カサブランカ家の奇怪な同居者<1>

「あー、とりあえず満足満足。やっぱりミザミちゃんはいいね。最高だね。クールだね。当主ならもっと大人になっても別格」

「はぁ……」


 ハレーは心底からため息を吐く。当主が身内に甘くて諦観無気力傾向にあるからいいものの、普通いくら美人でもいきなり盛大に撫で回されれば機嫌を損ねるか引くに決まっている。毎年のように世話になっていて、追い出されれば別の宿を探すのも面倒がるクセに、ちっともそういう事態は考えないのだから厄介だ。

 まあ、やめろといってやめるような人種ではないが。疲れる。本当に疲れる。

 当の本人は、これっぽっちもこちらの苦労を考えない様子で廊下を歩いていた。


「じゃ、ぼちぼち他にも挨拶に行かなきゃねえ」

「そうだなあ……」


 実は、この館に居候する魔女や魔術師はメルだけではない。それはミザミ・カサブランカの特殊な事情によるのだが……それにしても、変り種ばかりが集まっているのではなかろうかと低級悪魔はげんなりした。いや、魔術師という時点でまともではないのは承知しているけれども。それを差し引いてもだ。


「きゃあぁああぁあっ!」


 果たしてハレーの思考を証明するかのように、その瞬間、館全体に悲壮感に満ちた盛大な悲鳴が響き渡る。まるで最愛の人が死んでしまった現場に出くわしたような耳を塞ぎたくなるおぞましさがあったが、館がざわめくことも使用人が飛び出してくることもなかった。それはつまり非常に単純で嘆かわしい事態だが──慣れているからに他ならない。

 この程度の悲鳴では、大したことはないというわけだ。

 メルも同様にちっとも心動かすことなく、下唇を摘みながら軽く頷いた。


「マフィーちゃんは相変わらず元気そうだな」

「ああああ……」


 なんて嫌な確認方法なんだとハレーは一人(?)悲しく悶絶した。本当に、本当に常識というやつを叩きこんでやりたい人間(?)が多すぎる。しかもその筆頭のメルは、わかっている上での行動だから最悪であるし。

 もうやだもうやだと現実を拒否しているうちに、ある一室に辿り着く。しかしその程度の拒絶はずいぶんとかわいいものだったのだ。そう思い知らされた。だって、二階の一番西に当たるその部屋の扉の隙間からは、微かに紫色の煙が漏れていた。

 紫。

 なんでだよ。

 おかしいってば。

 煙ならせめて白だろ。もう十分だよ。


 星の森の魔女はしかし、眉をひそめながらも扉をノックし、声をかけている。


「マフィー、入ってもいいかな? 長居はしないから〜」

「うぅ! この世のものじゃない匂いがするよぅ! ヤヴァイ恐いよぅ!」

「確かにね。だけど私だけなんて許せない。一蓮托生」

「ひぃっ!!」


 飛んで逃げようとした自分を、そうはさせるかとメルの手が掴み、もう一方の手が扉を開けていた。その瞬間廊下に立ちこめるひどい異臭と触れたら染まりそうな強烈な煙。本能的に、鳥肌なんて立ちようもないのに、全身がぞわっとして、怨念すら襲い掛かってきそうな幻覚が見えた。


「ギャーーーーー!!」


 ハレーは先ほどの悲鳴にも負けないくらいの悲壮感で叫んだ。死ぬ! 絶対死ぬ! こんなんで死にたくない! 悪魔なのにぃぃぃいっ!


「くっ……こんな──$L'ij↓」


 流石のメルも瞬間的に危機感を覚えたのか、もしくは高価なローブに何かが付着するのが許せなかったのか、凶悪な煙が触れる寸前にバックステップして最短の呪文を口にしていた。

 メルを中心に巻き起こる強風が煙を打ち払い、辺りを浄化する。取り殺しそうな怨念の篭った煙は綺麗に消え去り、部屋から多少悲鳴と何かが割れる音が聞こえたが、そんなことより何より、命だけは助かった。メルの左手の中でガクガク震えながら、小さな悪魔は心底からそう思った。

 しかし、メルははっとしたように自分を放り捨てる。魔女はローブを捲って左手に嵌った銀の腕輪を確かめ絶望していた。


「あぁー! 今ので腕輪にひびが入ったっ……ショックぅ……咄嗟とはいえ、一生、いや三年くらいの不覚……」


 いや、今の危機を回避できたことに比べれば十分些細な気がする。ていうか強制的に危機に

巻き込んどいて、相棒を投げ捨てるなよ。

 ハレーは黄昏ながら体勢を立て直した。


「それくらいの呪文で割れるくらいなら、安物だろ……? もっといいヤツ買えよ……」

「デザイン気に入ってたんだよ! やっといいの見つけたと思ったのに~……いくらいいヤツでも呪われたみたいな変な腕輪は絶対やだ! 畜生、こうなったらこの冬は細工師になって自分で作ってやるから……」

「さいですか……」


 もう、何でもいいや。勝手にしてくれ。そう思ってハレーは投げやりになることにした。

 そしてそんな状態の二人の前にぐっどたいみんぐで声をかけてきた人影があった。


「あ、あれぇ〜、もしかして、メルとハレー君……?」

「「はァ?」」

「ひっ……!? ごめんなさいごめんなさいぃいっ!!」


 そう。いかにもか弱い悲鳴を上げたのは、この部屋の主でしかありえない。

 マフィー・リーフィー。

 そう名乗るこの人物は、ウェーブのかかった艶やかな鳶色の髪をもつ、非常に中性的な容姿をしていた。

 間違いなく美しくはある。しかし小柄な身体、短めの髪、小動物のような潤んだ瞳や化粧をしなくとも白い肌、黒いブラウスに茶色の短いベスト、同色のパンツにやはり黒いブーツを身につけた姿は、見たものに性別の判断を迷わせた。

 右耳に青、左耳に赤の鮮やかなピアスをした彼女は──よく見れば僅かな胸のふくらみと体つきでわかる──魔女らしからぬ様子で目に涙を溜めた。そもそも格好からしてただの町人だ。


「ど、どうかしたの……? 久しぶりなのに、怒ってる……?」

「……。いや、別に? ただ挨拶に来たら意味わかんない煙が発生しててドア開けたらそれが襲ってきて思わず魔術で退けちゃってお気に入りの腕輪が使い物にならなくなったんだけどその原因の根本である魔女は何事もなかったような顔してたから若干殺意が沸いただけ」

「同じく生命の危機まで覚えたのに以下略」


 冬の街に相応しい冷たい笑顔のメルと共に返答すると──マフィー・リーフィーはにっこりと微笑んだ。まるで、偽りなく。


「なぁんだ、そんなこと! ちょっと失敗しちゃって、変なのが出来ただけだよ? あのね、調合した液体を使ってみたくてノヴァの悪魔にかけてみたら、悪魔を喰い尽くしちゃったのっ。マフィーびっくりして思わず叫んじゃったけど、まあまた召喚して返したらいいよね。悪魔殺しの劇薬になるかな?」

「「……」」

 

 劣悪の魔女。

 虫も殺さぬような一般人じみた気弱な容姿をしているにも関わらず、危険物しか生み出さない彼女に、メルが付けたあだ名だった。今では割りと有名な錬金系の魔女としてその名を知られている。彼女には決定的に倫理観が欠けていた。一般常識がどうというよりも、思いやりだとか情緒といわれる部分がどこか切れて生まれてきたのかもしれない。


「まあ、とにかく。今年の冬も私は滞在するから、君に関してはあまり騒がしくしないでくれたらそれでいいよ」

「え? うん、任せてっ!」


 メル以上に信頼のならない台詞を一日の内に聞くことになろうとは、ハレーは盛大に落ち込んだ。




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