借りたい猫の手<3>
★。゜* ヒメリエ *゜。☆
今日は、魔女さんの家に遊びに来たんだけど、またまたとっても意外な展開。魔女さんの気力が最高に無くて、お家が荒れに荒れてて、いきなり大掃除になっちゃったんだ。
わたし、ヒメリエは、大体アンクと一緒に面白そうなものやきれいなものを発掘して、箱や棚に分別していった。
「黄色、赤、青……あ、緑も!」
「この髑髏、二番目に小さいよ〜」
でも、これはこれで、案外楽しいの!
色とりどりの大きな羽を集めたり、時々ディアナに言われて物を片付けたり、ヤジャを恐がらせてみたりして、そんな風に遊んでいたらいつの間にか部屋だってほとんど元通りになってしまう。特にディアナが張り切っていたから。ドライセンもシリウスも要領よくやってたみたいだし、途中でロイも戻ってきてとってもはかどった。
そして、アンクと作り上げた棚の一角を満足して眺めていたとき、魔女さんがふらりと大部屋に戻ってきた。
今日はチョコレート色のローブは羽織っていない。真っ白で上等そうなドレス姿だったから、いっそう精霊さまみたいに儚くてきれいだった。この家には色んなものがあるけど、やっぱりメルが一番好き!
メルは部屋を一瞥して、少し血の気の戻った表情を緩める。
「ほぉう、お見事。この短時間で元に戻すとはね。すばらしい」
「さすがに、ちょっと疲れましたね……」
さっきまですごくアクティブでちょっと恐かったディアナが、やっといつものお姉さんにもどった口調で答えた。額に浮かぶ汗をそっとハンカチで拭っている。うん、体重くらいありそうな箱や何十冊もの本を積み上げて運んだりしていたもんね……。何度も見ているけど、やっぱりまだ慣れないかも……。
するとディアナの答えを聞いて思いついたらしく、メルが顎に手をやり、
「そうだ、入浴する? すぐそこに温泉があるんだよ。きっと疲れが取れる」と提案した。
「温泉、ですか?」
「そう。ほとんど私専用のいいお湯だよ」
ディアナが意外そうに目を見開いている。それにしても──魔女さんのお勧めなんて、何かご利益がありそうだよねっ?
わたしはすぐ興味を引かれて、ぱっと手を挙げた。
「行きたいっ! 行こーよディアナ!」
「──そうですね、それなら、お言葉に甘えて……あ、でも、他の方は」
ディアナがそれぞれ掃除した床に座っているシリウスたちの方を見る。そっか、待たせちゃうもんね。うーんだめかなあ。
わたしが残念そうな顔をしたからか、シリウスが口を開いて何か言いかける。でもメルが春の花のようににっこりと笑い、一言言う方が先だった。
「一緒に入る?」
「「「えっ!?」」」
そしてその瞬間声が重なり、ディアナ、シリウス、ドライセン、ロイ、ヤジャの五人の顔が見事に真っ赤になった。何だか珍しくてちょっと面白かった。
「い、ぃ、一緒になんて駄目ですからぁ!! 絶対っっ! 何考えてるんですかこのスケベ野郎共ーーー!」
「ち、違うってディアナ……! 俺達は待ってるからって言おうとしただけ──」
「やっぱりシリウスなんてぇえ! ロイも、ドライセンは血迷ったんですかっ!? ヤジャはどうなんですかぁ!!」
「ギャーーー!!」
それで避難してたアンク以外、短時間でディアナに蹂躙されちゃった……。
大丈夫かなあ。
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結局、男の子達が静かになったために、わたしとディアナとメルで温泉を訪れることにした。タオルと石鹸と桶を用意して、メルの案内に着いていったら、五分ほどで到着する。
「わあ、すごいね! 広いっ!」
「本当ですね……! 景色もいいですし」
「そうだろう? 私も結構気に入っているんだよ」
水は白めで湯気が立ってて、周りはちょっとした岩場になっている。面積は、メルの家の大部屋よりまだ大きいくらいだった。
わたしはさっそくぱぱっと服を脱いで、白いお湯の中に勢いよく飛び込んだ。どぼんといい音がして、ぴりっとした熱に皮膚がびっくりして、笑い声を上げた。
「わっ、熱っ! でも丁度いい感じだねっ?」
「こら、ヒメリエったら。もうちょっと行儀よくしなきゃダメよ」
「はぁいっ」
「返事だけはいいんだから……」
お母さんみたいなことを言いながら、ディアナも布で身体を隠しつつ、そっと足からお湯に浸かる。ほぅ、と息をついて、滑らかなお湯に感心しているみたいだった。何だか普通のお湯とは違って、触れ心地がよくって、不思議な香りがして、本当に気持ちがいい。
「お気に召したようで嬉しいなあ。それにきっと二人とも磨き甲斐があるってゆーか」
そうしてリラックスしていると、後ろから声がして、
「メ、メルさん……」
声に振り向いたディアナが、ちょっと頬を染めた理由はよくわかった。
長い白髪を纏め上げて布で止め、タオルで軽く身体を隠しただけのメルは、細身ながらプロポーションもよくて、思わず触りたくなっちゃうような感じで! わたしはあんまり容姿とか気にしてないんだけど、それでもきれいだなあって思っちゃった。
「十二、十三歳? うんうん、若いね! そろそろだよね、美容に興味を持つのは」
言いながらわたしたちの隣に浸かり、
「そ、そうですね……! でも、メルさんみたいには、なれるような気がしないんですけど……」
俯きながらディアナが答える。メルは岩にもたれて足を伸ばしながら首を傾げる。
「そぉんなことないよぉ? まあ、魔女の義務だからねえ、美しくあることは。人間よりかなりの研究と冒険がされてるわけ。必要なら色々教えてあげる、綺麗になる方法」
「え、ぇ、えーと、そ、それなら、はい、ぜひ……」
「あーあ、ドライセンが羨ましいね。健気なディアナちゃんに頑張ってもらえて……」
「ふぇっ!! そそ、そんなことはっ! どうして、ドライセン、なんてっ……!」
「なんでだろうねえ?」「ねえ〜?」
楽しそうに笑うメルと顔を見合わせて、わたしも笑う。ディアナがドライセンを好きなことは、本人達以外は周知の事実なんだもん。ドライセンって頭いいのに変なところで鈍い。
「お似合いだと思うよ、かなり」「そ、そ、そう、ですかねっ……?」「うんうん、ほんとにぃ」と、しばらくディアナが真っ赤になっているのを楽しんでいた魔女さんは、そのうちわたしの髪に手を伸ばした。色素が薄くて、茶色で軽くウェーブしている自分の髪は、わたしはあんまり好きじゃないかなあ。
「ヒメリエは、気になる人はいないのかな?」
「わたし?」
「そう」
自分を人差し指でさして、小首を傾げると、メルはにこやかに頷いた。