門前
王都までの道すがら、意外な事にレティは今までの俺の話を親身になって聴いてくれた。
前世の俺が自分の中だけに必死に押しとどめていた馬鹿げた話を。
俺の話を真剣に聞いた後、レティは言った。
「辛かったの。次からは必ずわりゃわにも相談するのじゃぞ」と。
俺は、ただそれだけで何となく救われた様な気持ちになった。
『助けなかった相手のその後を想像して、後味の悪さから逃れる為に人助けをしている』なんて、普通に考えたら常人の思考では無い。
当たり前の事だ。
誰が自分の身を省みずに他人を助けようと思う?
自分に利点がないのに助けるのは、普通の人間にはあまりない事だ。
ある程度の集団で暮らす場所では、常識という名の線をはみ出したものは淘汰される傾向がある。
学校、会社、そして、家族の中でもそれは当然のことだ。
多数派が善。少数派が悪。
これが、社会を上手く回す理なのだと言う。
皆、それを知っている。知っているからこそ、はみ出さない。
その線をはみ出す事が自らにとって、どれだけの不利益をもたらすかを知っているから。
「ありがとう。」
一言だけ漏らす。
でも、俺は教えてもらった。
たった一人の『肯定』がどれだけの安心を産んでくれるかを。
たった一人の『理解』がどれだけの不安を消してくれるのかを。
他人に知ってもらう事がこれほどの心の支えになるなんて。
今まで一人の俺は、救われた。
そして、そのたった一人を守りたいと思った。
◆
「これが、ガリア王都か。さすがに王国ともなるとスケールが違うな。」
巨大な壁に囲まれた都市は、その権力を誇示するかの様にそびえ立っていた。
「ふん。こんな簡素な城。わりゃわの城の方が数段優美じゃ。」
「あの城も相当に立派だったからな…。」
「と、その話は置いといて。
どうやら都市に入るには検問を通らないと行けなさそうだ。
俺たちは身分証なんて持ってないけど大丈夫なのか?」
門の近くにある石柱に体を隠して覗き見てみると、門の前に二人の衛兵が立っていた。
「問題ない。人間なら、指名手配になっていない限り、ガリア王都には問題なく入る事ができる。」
「そうなのか?案外緩いんだな。」
「緩い?違うぞ。それはこの都市の自信の表れじゃ。万人を受け入れる器の広さと、仮に望まれない者が入ってきたとしても、それを退ける事ができる力を他国に見せつける為じゃ。」
「でも。それって突撃王って呼ばれてたレオナルド王の時代の時の話だろ?
今はどうなってるかわからないんじゃないか?」
「あ…そうじゃった。わりゃわとした事が。」
「意外と抜けてるなレティ。
ま、どうにかなるさ。取り敢えず行ってみるか。
丸腰でいけばさすがに見た目はただの子供にしか見えないはずだし。」
「むぅ。情報がない以上仕方あるまい。無理ならまた考えれば良い話じゃ。」
レティを連れて衛兵の元へと歩いて行く。
「そこの子供達。止まれ。」
門の左側に立つ凛々しい顔をした警備兵が話しかけてくる。
「あっ!警備ご苦労様です!」
「ああ。こんな夜明けに子供が外にいるなんて危ないな…。親御さんは何も言ってなかったのか?」
「いえ、私たちに両親はいないのです。実は先日、東の魔王軍に捕虜にされてしまい、逃げ出してここまでようやくたどり着いたのです。」
「よく逃げて来れたな。東の魔王軍と言うことはヴァルヘイムからか…。あそこは今魔物同士で戦争中だと聞いたが…。」
「はい。東の魔王の領地に連れていかれるところで、北の魔王軍にとの戦闘になった様で、檻が壊れたところを必死に走って逃げてきたのです。」
「そうだったのか…。それは辛かったな。
一応聞くが、身分証を証明する様なものはあるか?」
「いえ、持ち合わせておりません。」
「そうだろうな…。しかし、お前のその丁寧な話し方を見るに、地方の貧民には見えない。東の魔王軍に襲われたとすると、もしかして最近魔物の被害に遭ったイストラ国の住民か?」
…しめた。
これは乗るしかない!
「は…。ん?」
はいと言おうとした時、レティから手を引っ張られる。
見えない鎖を通して頭に言葉が入ってくる。
『ダメじゃハルト。これは罠じゃ。
イストラ王国は二年前に既にサイラスの手に落ちて滅んでおる。
東最大の王国、アスガルドの辺境の街から来たと言うことにしておけ』
「ん?どうした?」
心配そうな顔を装って衛兵は話掛けてくる。
…まさか、こんな心配した顔で疑ってくるなんて。
よく見るといつのまにか衛兵の右手は腰に挿した剣に伸びていた。
…怖っ!顔と行動が正反対じゃないか。
相手もプロだな。レティの助言が無ければあっさり罠に掛かっているところだった。
「お前、何と言おうとした?『は』の続きの言葉だ。」
やばい、もう完全に疑われている。
衛兵は心配をしている様な表情から、怪しむ表情にかわっていた。
もう一人の衛兵も手に持っている槍を構えている。
俺は切られても死なないが、痛いのは勘弁だし、レティが危ない。なんとか疑いを晴らさないと。
「あ、兄上ぇ…。わりゃわは腹が減ったぞ…。」
「ん?」
唐突にレティが話しだした。
まさかこの状況を打開するための作戦か!
「うぇええん。ひもじいのじゃ。早くご飯を食べさせてくれぇ。」
…下手くそか!
レティの演技を信じたのが馬鹿だった…。
しかし、俺の心配をよそに衛兵は予想外のことを喋りだした。
「その老成した喋り方…。それに、紅い美しい髪の毛。まさか…貴女様は…。
5年前に魔族に攫われたサレティア様では…。」
「え?そうなのレティ?」
ついレティに話しかけてしまう。
「レティ!それはサレティア様の愛称…。
どうぞご無事で…。」
衛兵は感激し、レティの両手を取った。
もう一人の衛兵は手に持っている石に大声で話し掛けている。
え?なんだこの展開。
そんな中、レティはと言うと、ニヤリと笑っていた。レティの手の中から虹色の卵の殻の様なものがパラパラと落ちた。
俺はそれを以前見たことがあった。
確か東の魔王、サイラスはあの玉の事を魔宝玉と呼んでいたな。
つまり、レティが魔法を使って衛兵を洗脳したのか…。
いや、どうやらそうじゃないらしい。
「…う、美しい!美しすぎる!この年齢でこの美しさ!もはや女神と言っても過言ではない!この方は行方不明になっていたサレティア様に違いない!」
これでは洗脳というより魅了だ。
二人の衛兵が騒がしくしている中、置いてけぼりを食らった俺はドヤ顔のレティと共に話の進展を見守るしか無かった。