前世の贖罪
俺の言葉にラダさんは少し驚いた表情の後「ありがとう気持ちだけでも嬉しいよ。」と、笑った。
つい先ほどまで魔物の軍勢に捕らえられていたような奴の言う事だ。そんな奴が国に関わる問題をなんとかできるなんて思うはずがない。ラダさんは俺の言葉を全く宛にしていないだろう。
それは当たり前のことだと思う。
俺だって同じ状況ならみすぼらしい格好の15やそこらの少年の話なんて全く気にも留めないだろう。
しかし、今の俺はただの少年ではない。
今の俺は呪法でレティが近くにいる限り死ぬことのない体になっている。
正直、どうすればラダさん達被害者を助けることができるのか検討はついていない。
しかし、俺の中の決意に揺らぎはなかった。
ただの想像というにはあまりにも生々しいあの光景。あんなものを見てしまっては行動をせずにはいられなかったのだ。
スヤスヤと俺の膝下で寝息を立てるレティにそっと毛布を掛けて俺は誓った。
一宿一飯の恩。必ず返させてもらおうと。
◆
次の日、俺たちは朝陽が昇る少し前にラダさんの家から出た。
服は先日ラダさんから頂いたものをありがたく頂戴し、着替えた。流石にぶかぶかの鎧の少年と、Tシャツ一枚の幼女のコンビは目立ちすぎるからな。
もっと寝かしてくれとせがむレティ無理やり連れ出し、ラダさんが目を覚ます前に家を出る。
すでに生活の困窮しているラダさんにこれ以上世話になる訳にはいかない。
「うぅ〜。なんじゃハルト。まだ日も明けておらんぞ。わりゃわはまだ眠い。」
目をこすりながら言うレティ。
「悪いなレティ。ちょっとやらないといけない事が出来ちゃってね。」
「それはわりゃわの眠りを妨げてまでやる必要はあったのか?」
「まぁね。」
「むぅ…。そこまで言うなら仕方あるまい。わりゃわの眠りを妨げてまでやらないといけない事とはなんじゃ?言うてみろ」
「この地域の領主。マルラスを改心させたい。」
「は?」
「だから、俺はここの領主を改心させたいんだ。」
「なんじゃハルト。藪から棒に。まだ寝ぼけてあるのか。」
「ラダさんの話を聞いた後、ラダさんの家族が悲惨な目にあうのが見えたんだ。だから、俺はその運命を変えたい。」
「見えたとは何じゃ?ハルト。突然お主は何を言っておる?気でも触れたか?」
「昔からそうなんだ。俺は助けを求める人が助けを受けられなかった時のその後を想像してしまうクセがある。」
「ふむ。そして、今回も例外なく想像してしまい、救わずには居られなくなったと。」
「その通りだ。」
「阿呆かお主は。そんな事想像ごときで助けておったら自分の身が持たんわ。それに、今のお主がすべき事は何じゃ?
よく考えてみろ。
今、わりゃわとハルトはある意味一心同体じゃ。わりゃわから一定距離離れればお主の命の灯火は消え、わりゃわも元の姿に戻る手立てが無くなってしまう。
そんな状態で他人に手を貸す余裕があるとても思っておるのか?」
「そ、それは…。」
「わかったらまずは拠点を探す事じゃ。何をするにしても、考える場所はあって然るべきじゃ。」
「でも…。」
「わりゃわに口答えする気か?」
レティの手に鎖が握られる。
首が絞まっていく。
「…でも、俺は助けたい。」
「まだ言っておるのか…。
仕方ない。そこまで決意が固いと言うのならお前の見た光景をわりゃわにも見せてみろ。
【愛だけが終わらせる輪廻】(エンドレスラブリピート)は使用者が被術者の思い描くものを読み取ることも可能なのじゃ。
ただし、相手の同意が必須じゃがな。
ハルト、良いな?」
俺はシンプルに頷いた。
「わかった。では、見させてもらうぞ。」
レティはそう言って手に握った鎖を額に押し当てる。
首輪から鎖に向かって何かが移動していくような感覚を覚える。
「…な、何じゃこれは…
何と鮮明な光景…。しかも、一度も会っておらぬのにあやつの家族の想像まで…。
これではまるで未来予知の様な…。」
「ハルト。お主は今までこんな想像を何度もしてきたとでも言うのか?」
レティは驚愕の表情を浮かべ、俺に尋ねた。
「そうだ。
その度に俺は助けを求めてきた人を救ってきた。」
「何と言うことじゃ。
まるでこれは呪いじゃ。
善性の強いお主の様な人間がこんな光景を見せつけられたら後味が悪くて仕方ないじゃろう。何もしないと間違いなく罪悪感が尾を引く。
しかもこれは、間違いなく助けさせる事を前提として未来の可能性を想像として植えつけられておる。
ハルト、今まで良くお主は生きて来れたのう。」
「いや、俺はもう死んだんだよ。俺は別の世界から来たんだ。死んだ後、女神にこの世界は連れて来られたんだよ。」
「そうか…。お主は女神の落とし子じゃったの。それでわりゃわはお主の事がやたらと気になったのじゃな。」
「…。」
「お主は、恐らく人間として生まれ変わったのは3度目じゃ。」
「え?それは一体どういう…。」
「お主は恐らく1度目の生で神に枷を嵌められておる。
【助けを求められたら断れない】という枷をな。」
「おそらくお主は1度目の人生は自分の為だけに生きたはずじゃ。それも、神からこいつは人助けを一切せず、自分の為だけに全てを使い捨てるような非情な人間だと思われる程にな。」
「え?ひどい!前世の俺ってそんな奴だったの?」
「あくまで可能性の話じゃ。
神は、そんな存在に贖罪と、来世の更生を願って枷を嵌めると言う。
お主の言動を見ると、お主にはどうもその度に枷が未だに嵌められておるように思えるのじゃ。
何か心当たりはないか?」
「心当たり?そんな物は無いよ。」
「そうか。」
レティは静かに呟いた後。
「仕方あるまい。先程も言った通り、わりゃわとお主は一心同体。お主の精神の不調はわりゃわの精神にも影響する。」
「そ、それじゃあ!」
「うむ。…ガリア王都へ行くぞ。
わりゃわに考えがある。
現王を殺し、代役を立てればこの一件は解決するじゃろう。」
「でも、領主はほっておいて大丈夫なのか?そいつを何とかすれば大丈夫だろ?」
「ハルトは案外頭が悪いの。臭いものに蓋をしてどうする?雑草は根から取り除かぬと再び生えてくるという事を知らぬのか?」
「悪を断つには根こそぎって奴だな。わかったよレティ。」
「うむ。わかれば良い。
しかし、魔王たるわりゃわが人助けとは何たる皮肉。
…まぁ、わりゃわの不始末である事には変わるまいか…。」
「ん?レティなんか言った?」
「いや何でも無いぞ。
それでは王都へ行くとするか。何をするにもとにかく情報じゃ。気は乗らぬが、やらねばなるまいよ。」
「じゃあ行くか。
レティ!」
レティは右手を俺の方へと差し出してきた。
そろそろ夜が明ける時間だ。
少しずつ登ってくる太陽を背景に俺たちはガリア王都への道を歩いて行った。