寂しい男
レティの言う通りしばらく歩いていると、小さな家に着いた。
王都の明かりが奥の方に見える事から、この村は王都から少し離れた場所にある様だ。
「ハルト。飯じゃ!早く入るのじゃ!」
ぴょんぴょんと嬉しそうに跳ねる魔王様。
…なんだか精神年齢が下がってないか?
「はいはい。じゃあ俺が交渉してみるからレティは喋らないでくれよ。」
「どうしてじゃ!わりゃわは交渉にも慣れておるぞ!」
「どうしても。そんな背丈の小さな女の子が口達者に交渉し始めたら怪しまれるだろ。違和感がありすぎるよ!」
「むぅ、それもそうか。それならばハルトに任せる。でも、絶対食べ物は手に入れるのじゃぞ!」
「まぁ、それなりに頑張ってみるよ。」
コンコンと二回ノックをして「すみませーん。」と扉に向かって言う。
「あ?こんな時間に何の用だ?」
扉から現れたのはくたびれた中年男性だった。
どうやらろくに食べ物を食べていないようで痩せこけている。
…こりゃあ、飯を催促するのは無理そうだな。
くたびれた中年男性はこちらの様子を見ると、何かを察したようでこう言った。
「…どうやら訳ありみたいだな。宿くらいなら貸してやるよ。飯は無いがな。」
「本当ですか!助かります。」
「は、ハルト…。ご飯は?」
「しーっ!」
人差し指を口の前に近づけて合図をする。
レティはむっとした顔でそっぽを向いた。
「早く入りな。領主の手下に家に入られるのを見られるのはまずい。」
「え?は、はい。ほら、行くよレティ。」
そう言ってレティに手を差し出す。
レティは不満そうに俺の手を取った。
◇
「そうか。大変だったな。」
俺は現在の状況を怪しまれないように家主のおじさんに伝えた。おじさんの名前はラダと言うらしい。
「しかし、ヴァルヘイムから逃げ出せるなんて運のいい兄妹だよ。あそこは北の魔王と、東の魔王が戦争の真っ最中だからな。」
「はい。東の魔王の軍勢に捕まって奴隷にされていたところを北の魔王の軍勢が襲いかかってきて、どさくさに紛れて逃げてきたんです。」
「そうかそうか…。辛かったな。」
ラダさんは俺の嘘話を本当に親身になって聴いてくれた。
「俺にもあんたの妹さんくらいになる娘がいたんだが、最近領主に連れていかれてしまってな…。今ではなにをしているのか…。」
そう言ってポンと放り投げたのはカラカラの干し肉と、恐らく娘さんのだろうと思われる服だった。
「ほら、腹減ってるだろ?それに、女の子にそんな格好させちゃダメだろ。ついでに俺の服でよかったらあんたにもやるよ。」
「いいんですか?」
「ああ。どうせ俺に生きている意味なんて無いからな。」
ラダさんはとても寂しそうに窓から夜空を見上げた。
…どうやら訳ありのようだ。
そんな時、レティはと言うと、服には目もくれず、ラダさんがくれた大きめの干し肉を食いちぎろうと必死になっていた。
「ハルトー。噛みきれんぞ。なんとかせい。」
「レティ!喋るなって言ったじゃ無いか!」
「ん?随分老成した喋り方をする子だな。老人と暮らしてたのか?」
「そ、そうなんですよ!東の魔王軍に捕まる前は祖母と祖父と一緒に暮らしてまして。」
「そうか。」
「わりゃわは噛みきれんと言っておるのだぞ。はようなんとかせい。」
「こらっ!また喋って!
ほら、肉貸して!」
手で干し肉をちぎろうとしたけど硬くて無理だったので、一口サイズに噛みちぎって渡してやった。
「ハルト…。わりゃわにこれを食えと言うのか?これはもしや間接キスと言うものでは…。」
レティはてれてれと口に干し肉を運んでいった。
「わりゃわ?ああ、わらわか。一緒に暮らしていたおばあさんは随分と地位が高い人だったみたいだな。
面白い子だ。綺麗な紅い髪に整った顔立ち。将来は美人さんだろうな。」
「む?お主ラダと言ったか。見る目があるな。わりゃわが相応な地位に戻った際には褒美をくれてやろう。
レティはもぐもぐしながら嬉しそうに言った。
「本当に面白い子だ。レイも、もし連れて行かれなかったら君とも楽しく話していたろうに…。」
「ラダさん。どうやら訳ありのようですね。俺でよかったら話を聞きますよ。」
気がついたらそう言っていた。
どうやらこの性分は死んでも直らないらしい。
「どうせ話したところで…。」
「話すだけでも楽になりますよ。」
「面白い話じゃねぇぞ。」
「構いません。」
「そんなに聞きたいか。それじゃあ、聞いてもらおうか。娘と妻を失った寂しい男の話を。」
そう言ってラダさんは話し始めた。