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プロローグ




「のぅ。飯はまだかぁ〜。わりゃわはもう腹が減って死にそうじゃ…。」


「さっきから飯飯ってうるさいよ…。

本当に魔王ならこの状況をなんとかしてくれ…。」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


…本当についてない。


生まれ変わる前も、生まれ変わった後もずっとそうだった。


困っているやつを見捨てられない。そんな性格のせいで今まで苦労してきた。


西にお腹の大きな女性が道端でうずくまっていたら救急車を呼んで一緒に付き添ってやり、東に筋骨隆々な男が気の強そうな女に足蹴にされていれば仲裁に入ってやる。


その結果、大学の受験に間に合わず一浪し、女性にはカバンから取り出したムチで顔を殴られた。


…あれはもしかしてそういうプレイだったのか…?


いや、そんな事は今はどうでもいい。


そう。

つまり、俺はどんな人でも自分の利益とは関係なく助けてしまうのだ。


生前の俺はそんな人間だった。


そんな性格だからだろうか。それとも何かが俺に困っている人を引き付けているのか。


ある日の夜。

マンションの一室で火災が発生した。仕事の終わった帰り道に俺は偶然その近くを通りがかってしまったのだった。


泣き叫ぶ母親。

燃え盛るマンションから聞こえる子供の泣き声。


俺は困った人がいた時。助けなかったその後を想像してしまう癖があった。


鎮火したマンションの中で黒焦げの子供を抱き抱え、泣き叫ぶ母親。

焦げた匂いすら感じるほどに鮮明に映し出されるその光景は、とてつもなく後味が悪かった。


そして何より、助けないと選択した俺自身がたまらなく嫌だった。


俺はマンションの前の公園で水を被り、すぐに助けに行った。

我ながらアホだと思う。生き物にとって一番大切なものは命に違いないのに。


俺の懸命の救助の結果。

なんとか子供は助けることができた。口元にハンカチを当てさせたのが良かったのだろう。少しの火傷を負ってしまったが、大事には至らなかったようだ。


しかし、子供をおぶった状態で三階から一階まで降りた俺は煙を吸いすぎた。


両手が塞がっていたため、もろに有害な空気を吸い込んでいたのだ。


マンションのエントランスから出たあたりで俺は倒れ込んだ。


『さっき飛び込んだ青年だ!子供を背負ってる!酷い火傷だ!早く救急車を!』


『まーくん!まーくん!』


『お兄ちゃん!起きて!起きてよぉ!』


そんな声を聞きながら、俺は1度目の人生に幕を下ろした。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



次に目を覚ました時、俺は立派な椅子に腰掛けており、自らを女神と名乗る女性にビックリするくらい褒められた。


その女神様が言うには俺は25年の人生の中で1人の人間が一生かけて積み上げる徳を100人分くらい積んでいたそうだ。


まぁ、1日に十人以上人助けしてりゃそうなるか…。


そんなことを考えながら女神様の話を聞いていると、どうやら俺にはご褒美をくれるらしい。


鼻息荒く興奮した様子の女神様は俺の両手を握って言った。


「あなたの来世での人生。望むものを与えましょう。」


考えてみれば俺はいつも人のために生きてきた。

自分が損するとわかっていても助けを求めている人を見過ごすことが出来なかったのだ。


どうして?…わからない。


強いて言うとするならば、助けなかった人たちのその後を想像すると、とてつもなく後味が悪かったから。


気がつくと、俺は望みを口にしていた。


「それなら…。次の人生は自分の為に生きてみたい。」


「は?


…今なんと?」


しかし、俺の言葉は女神様にとっては予想外のものだったらしい。


彼女は俺が言った言葉を聞くと、豆鉄砲を食らった鳩のような顔をした。


そして、しばらく混乱した様な表情をみせた後、事態を飲み込めたのか、大きなため息を出して呟く。


「そうですか。では、そのように。」


態度が豹変し、軽蔑したような表情をした女神様は俺にこう吐き捨てた。


「結局あなたも人間なのですね。他人のためだけに生きる事などは出来ない。助けた事すらも自分のため。見返りが欲しくて繰り返したのですね。何度も。何度も。馬鹿みたいに。」


「違う!見返りが欲しかったわけじゃない。ただ、見捨てた自分が感じる罪悪感が嫌だっただけだ!」


「それこそ。自分の為ではないのですか?」


その時、俺はハッとした。


考えてみればその通りだ。自分が嫌だから、相手を助ける。その行為は確かに他人のためになるだろう。でも結果はどうあれきっかけは自分の為だ。


俺は、自分の為に人を助けていたのか?


「ここに連れてきてしまった以上貴方は別世界へと転生する事は避けられません。

先ほどの問いに貴方はこう答えるべきだった。


【いいえ。何もありません。私は他者を助ける事が至上の喜びなのです】と。


そう答えれば、別の世界の勇者にでもしてあげようと思ったのに。」


「は?」


「もういいです。貴方には幻滅しました。とっとと転生してしまいなさい。まぁ、次の人生は今までと全く違う人生を歩むことになるとは思いますけどね。」


女神は先程の態度とは一変して足を組むとパチンと指を鳴らした。


俺の足元を光が照らす。


「な、何だ!?」


「残念ながら次の人生も貴方は普通の人間です。特に何の取り柄もなく、時代の流れに身を任せて一生を暮らすことになるでしょう。まぁ、生き残ることが出来ればの話ですが。」


女神はなにが面白いのか、クスクスと笑う。


「何がおかしい!」


「フフフッ!これが笑わずにいられるものですか。貴方の転生場所を決めました。貴方が次に目を覚ます場所は北西のヴァルヘイム平原。現在北の魔王軍と東の魔王軍が交戦中の場所です。」


「え?なんだ魔王って。そんなところに飛ばされるの俺?しかも交戦中って戦場じゃないか!」


「その薄汚い口を閉じなさい偽善者よ。

これは私の喜びを踏みにじった貴方への罰です。」


「お前が勘違いして勝手に呼んだだけだろ!」


「神に向かってお前とは何事ですか!黙りなさい!この愚か者が!全く。こんな人間だったなんて。」


ぶつくさと何が文句を言いながら女神は空中に文字を書いていく。見たことのない文字だ。


「おい、何してる?」


「何って、転生場所の指定と、年齢を設定してるのですよ。さすがにかわいそうなので一つだけサービスしてあげます。生まれ変わったあなたは今より10歳若い姿になるでしょう。」


「どうして今更?」


「若返ったあなたは15歳。そのひ弱な筋力では魔物達が扱う小ぶりなつるぎですらまともに持てないでしょう。これで、万に一つも貴方が戦場から生き残る可能性は無くなりました。


でも、すぐに戻って来てもめんどくさいのでせめて10日くらいは生き残って下さいよ。


オススメは東の魔王軍の捕虜になる事ですね。奴隷として1ヶ月は生き延びるでしょう。」


「はぁ!ふざけた事抜かしやがって!」


静かな怒りがふつふつと湧いてくる。


俺は滅多に怒りをあらわにする事はないがこれはさすがに無理だ。


自分から呼んでおいてもう一度死んでこいだって?


ふざけてやがる!!


「フフフッ!さよなら愚かな偽善者よ。貴方の成した徳は自分の為だけのものでした。自分の為だけに生きた世界はさぞ楽しいものだったでしょう。次の世界は争いの絶えぬ神秘の地。次に戻ってくる時は寿命で訪れることを願っています。


それでは、良き来世を。」


そうわかりやすい皮肉を口にし、女神は笑いを堪えるような表情でプラプラと手を振りながら俺を見送った。


俺は誓った。絶対に生き延びてやる。そして、寿命で死んで女神の前に戻って言ってやるんだ。


『俺は自分の望み通り、自分のために生きてやったぞ』ってな!



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