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バイク野郎物語  作者: 円夏
5/6

ハクバノ王子サマ

 幹線道路の片隅が私の仕事場だ。

 毎日毎日、道路に目を光らせ、違反車両を見つけ出す。それが、白バイ隊員の仕事、私の仕事だ。はっきり言って、この仕事はとても、性にあってると思う。デスクワークで、ずっと椅子に座ってどうのこうのしているというのは、私の性分に合わない。それに、私は、バイクが好きだ。

 白バイ隊員は、狭き門だ。狭き門というよりは、過酷な道だ。厳しい警察組織の中で、一二を争う猛烈な訓練を経て、ようやっとなれる職業だ。バイクが好き、単車が好きだけではどうにもなれない。

 そ訓練を経たからか、違反車両を停めて声をかけたときに向けられる。

「てめぇこの野郎ぶっ殺しちゃる」というような視線も意に介さない。

 ただ、切符を切る。

 スピード違反は追いかけて切符を切る。

 それが仕事だ。

 そして、次に好きな点は、広報活動だ。白バイ隊員というのは、その性質上、警察組織の中でトップに位置するほど、市民からの人気がある。つまり、格好は良いという事だ。その仕事内容はともかく。それに、広報活動という名目で、各種のイベントへ参加する。

 そして、そこでの危険なバイクのスタントが一番好きだ。

 前輪を浮かしたウィリー走行、走行途中にリアを浮かせるジャックナイフ、ドリフト走行などの有名どころはもちろん、他にも普段なら絶対にできない運転をさせてもらえる。しかも、それで褒められるのだ。

 これほどいいものはない。

 その男と出会ったのも、その広報活動だった。

「このバイク、意外ときびきびいきますね」

 地元で開かれたモーターサイクルショー。そこで、白バイを使っての走行実演をしていた。走行実演を終えて、白バイを展示していた時、その男は声をかけてきた。

 一見すれば、ただのバイク好きの青年だった。

 白いライダージャケットに、ジーパンといういで立ち。まだ、年は若く、十代もそろそろ終わりといったところだろうか。バイクの免許をとりたての学生かもしれない。

「このバイク、本当にいい動きしますね。さっきのスラローム、見事でしたよ」

「ありがとう、君もバイク乗りなのかい」

 私がそう礼を述べて、尋ねると青年はにこりと笑みを見せる。

「えぇ、まぁ、そんなところです」

「乗ってみたかい? VFR800」

「いや、僕はあぁいうのは乗らないって決めてるんで」

「そうなのかい」

「でも」

 青年はちらりとVFR800を見る。

「エンジンがかからないなら乗ってもいいかな」

 そういうと、青年はVFR800に跨った。

 VFR800は白バイ隊員にとって完成されたバイクだ。FJR1300の白バイもあるが、しかし、やはり、白バイといえば、こいつだろう。取り回しの良さ、馬力とトルク、全てが日本の道路事情にマッチしているし、信頼性も高い。

 なによりも、ホンダ製というのが気に入っている。

 青年はしばらくの間、神妙に白バイを眺めて跨ったりしたが、何かに納得した様子を見せると、私に会釈して、どこかへと歩き去っていった。特に不審な点もなく、ただ、妙に興味を惹かれる青年だった。

 青年が立ち去ってすぐに、同僚がやってきた。

「あれ、北見さん、彼と知り合いですか?」

「あの青年? いや、名前も聞いてないし、知らないよ」

「あ、そうなんですか。彼、結構な有名人ですよ」

「有名人?」

「そうですよ、これこれ」

 と、言って同僚が差し出したのは、一冊の三文雑誌だった。

「なにこれ、お前、こんなの読んでるのか」

「一流雑誌よりも、三文雑誌のほうがたまに真実書いてるんすよ」

「真実、ねぇ。それで、これが一体?」

「ここですよ、このページ」

 と、少しだけ興奮した様子で同僚が見せたのは特集のページだった。その特集は、地元のサーキットに集うライダーの特集だ。こうやって特集を組んでの集客を狙ったのだろう。そして、そこにその青年はいた。名前は木島幸太郎というらしい。そして、驚いたのは、彼がそこサーキットコースでのレコード所持者だったというところだ。

「あんな子供でもレコード保持者か」

「モータースポーツには年齢はないですよ、免許も持ってない子供でもレースには出れますからね」

 同僚はそういった。

 しかし、実際その通りだ。レース会場で必要なのは免許証ではない。そもそも、運転免許証というのは公道を走るために必要なのである。運転免許証はなくても、車は帰るバイクは買える。そして、バイクに乗れる。車に乗れるのだ。ただ、公道場を走れないだけだ。サーキットならば、無免許でも走らせられるし公道で出せないどんないかれたスピードでも許される。

「なんていうか、スピード違反するやつもサーキットいけばいいのにな。俺たちの仕事も暇になるぜ」

 同意しかねる同僚の言葉。

 そんなに暇になりたいならば、警察を辞めてしまえといいたかった。

「あいつ、瀬戸っていうのか」

 私はその名前を自分の体に刻み込むかのように口にした。

 その瀬戸という青年とは、もう二度と会わないと思った。彼とは走る世界が違う。私はサーキットを走らない。彼は公道で暴れない。お互いに住む世界が微妙に違う。クラスメイトでカーストトップの生徒とボトムの生徒がつるまないように。

 お互いに縄張りを侵さない。

 そうやって、日々は続いていく。

 広報活動の翌日は切符を切る業務に戻ることになった。仕方のないことだ。毎日毎日広報活動で白バイ隊員を引っ張り出すわけにはいかない。

「このバーカ!」

 と、言いたげな運転手の視線を無視し、切符を渡す。

「気をつけて運転してください。いくら急いでたからって」

「はい」

 と、運転手は言ったが、おそらく、明日には忘れているかもしれない。

 車を見て思う。

 ホンダのシビックだ。ただのシビックなら何の問題もないだろう。しかし、エンブレムが赤い。世に言う、ホンダのタイプRというものだ。足回りから何までほとんどがレーシーな設定になっている。どう考えても、早く走らせるものだ。

 きっと、近いうちにまた、スピード違反をする。

「まったく」

 ブォンとエンジン音が遠ざかっていくのを聞きながらつぶやく。

 それから、VFR800に跨る。

 悪くない。実にいいマシンだ。たしかに、エンジンを切って押して歩くには重い車体だが、大型のバイクなんてどれも重い。大型どころか、中型ですら、人間の手には余る。エンジンをかけて、跨れば、その重さは吹き飛び、取り回しのしやすさが顔を見せる。

 そうだ、これがいい。

 後ろを確認してから走り出す。

 別に積極的に取り締まろうとも思わない。ただ、こうやって、街を流すだけでも、十分な防犯効果になる。白バイが走っているのを見て、飛ばそうと思うやつがいたら、それこそ、まさしく間抜けだ。

 左折車両を避けて、交差点に進入した時だった。

 それは突然やってきた。

 もっとも、全てにおいて良くない事は突然起きるし、やってくる。

 信号無視の軽自動車だった。私が交差点に入った瞬間に、何を考えたのかわからないが、それに合わせるように交差点に突っ込んできたのだ。そして、それに気づくのが遅れた。右側を見れば、驚いた顔を見せるドライバーが見えた。

 マジかよ、そう考える暇はなかった。

 VFR800の後輪に引っかかるように軽自動車は突っ込み、その反動で私は吹きとぶ。

 人間は車には勝てない。

 アスファルトに沈む人間を今まで仕事で何度も見てきた。自分がそうなるとは思いもしなかった。それは、驕りだ。自分を信じ切っていた。白バイになれたという自信がそうさせていた。

 違う。自分も、人間だ。

 公道に出る以上、死ぬことはあり得る。

 あの青年の顔が浮かぶ。

 こういう時、普通は恋人とか家族とか、そういうのが浮かぶと思っていた。

 一言、二言しか話していない青年が出てくるとは思わなかった。

 気がついたのは、警察病院のベッドの上だった。

 そして、数日後に、上司がやってきて、白バイ隊員からの異動を命じられた。

「何か希望はあるかね?」

「交通課ならどこでもいいですよ」

 私の答えに、上司は眼鏡の奥の瞳を細めて、やれやれと言った顔で病室を後にした。

 そして、復帰後の私に与えられたのは、高速道路での速度取り締まりという仕事だった。

「白バイ隊員だったんすよね。そういえば」

「そうだよ」

 運転席に座る同僚との何気ない会話。

「あ、今の結構出てますね」

「そうだな」

 退屈な日常がやってきた。

 自分でも信じられなかった。自分で希望した交通課の仕事だ。しかも、まさか、こういう高速道路での取り締まりだとは思っていなかったので、知らされたときは驚いたし、うれしかった。

 だが、どうだ。

 どこかが違う。

 何かが違う。

 今までの自分の中にあったものが消え去ってしまったような気がするのだ。

「今のいきますね。150出てますし」

「すごい出す車だな」

「そうですかね」

 運転席に座る若い警官の言葉に、少しだけ耳を疑う。

 バイクで150キロ出すのは恐怖との戦いだ。これに打ち勝つのは、なかなか困難である。しかし、この若者の言葉からすると、車での150キロは大したことのないような、そんな言い方だ。

 いや、どっちみち、公道で150出すのだから恐怖との戦いになるだろうが。

 その時、サイドミラー越しに、後ろから迫りくる何かに気が付いた。そいつは、ハイビームで走行しており、そうでなければ、気付かなかっただろう。そちらの方を見ようとした時、そいつは、すでに前を走っていた。

「うぉおっ!」

 ハンドルを握っていた若いのが叫ぶ。

 フゥァンっという音を残し、すでにそいつは小さくなっていた。

 一瞬だった為、車種はわからない。

 だが、バイクだ。

「今の、見ました?!」

「こっち、今何キロだしてる?」

「えっと、80です」

 私の質問に答え終わらないうちに、若いのはアクセルを踏んだ。

 グォォオっとシートに張り付けられる。

 急加速と共にパトランプが回る。

 スピードメーターにちらと目をやれば、140キロを示していた。

「そこのバイク、停まりなさい」

 マイクを手にそう叫ぶ。

 ぐんぐんと、バイクが見えてくる。

 ヤマハのYZF-R1だ。おそらく、ヤマハが出してきたバイクの歴史の中で、最もレーシーなマシンと言っても過言ではない。フロントカウルのエイリアンのような形から見ると、おそらく、7代目のYZF-R1だろう。

 ナンバーよりも、その乗っている人間の服装に目が行く。

 まさしく、レーサーだ。

 ゼッケン番号だろうか。56と大きく背中に描かれたライダースーツに身を包んでいる。ヘルメットはフルフェイス。それでいて、何か、動物が描かれている。あれは、蟻だろうか。

 脳裏に、瀬戸の姿が浮かぶ。

 蟻は最も強い昆虫だ、という彼の言葉と共に。

「とまれ!」

 再び、そう叫ぶ。

 いや、それは懇願だった。

 バイク乗りはこちらをちらと一瞥し、そして、そこからさらに加速した。

「嘘だろ! 150出してるんだぜ!」

 若い警官が叫んだ。

「もっと出せるだろう」

 ぐぐぐっとさらにパトカーは加速する。

 200キロ近くをスピードメーターは示している。しかし、それでも、バイクはまだ止まらない。こちらもバイクを補足している。だが、一向に距離は縮まらない。

「ここまでだ」

 私がそういうと、若い警官は「でも」と言った。

 しかし、それでも追跡をあきらめざるを得なかった。

 時速200キロ近い追跡劇。これは非常に厄介だ。あのバイク乗りも、こちらもどちらにとっても命の危険が浮かんでくる。ハンドル操作を少しでも間違えれば死が待っている。すぐ隣に、死が待ち受けていることに、この若者は気付かずにハンドルを握っている。

「次のSAに入れよ」

 私がそういうと、若い警官はこちらをきっと見た。

 そして、少し食い入り気味に「なんでですか」と理由を問う。

「どうせ、給油だ」

 パトカーはサービスエリアに入る。

 赤色灯を格納した覆面パトは、何の違和感もなく、サービスエリアの駐車場に入れた。

「あ!」

 パーキングエリアにある給油所に差し掛かった時だった。

 そのバイクはあった。

 YZF-R1

 センターアップのマフラーと、エイリアンのようなフロント。間違いなく、七代目だ。

「あ」

 と、バイクの傍らに立つ青年は私達の姿を見て給油の動きを止めた。

 ヘルメットからして、間違いなく、高速で追い抜いて行った奴だ。

「いきましょうか」

「いや、待っていてくれ。給油してるならすぐには走り出せんさ」

 私はそういって、パトカーを下りた。

 それから、右手をぱっとあげて、気さくな笑みをみせ近寄る。

「よう」

「何?」

 その青年は、給油の手を止めることなく、何も言わなかった。

「いい天気だな」

「何ですか?」

 その声は、ヘルメット越しでくぐもって聞こえたが、聞き覚えのある声だった。

「いや、君さ。瀬戸くん、だよね」

「そうですけど? 俺のファン?」

「いや、何年か前に、サーキットで白バイにのるように言った白バイ隊員いたでしょ」

 その言葉を聞いて、バイク乗りは、ヘルメットを脱いだ。

 そこにあったのは、間違いなく、瀬戸だった。しかし、私がベッドの上で数年を過ごして顔が何年も老け込んだように、瀬戸の顔つきは昔とは違ってしっかりとしていたし、顔の、目の下には小さな火傷のあとがあった。

「あの時の白バイ隊員さんか」

「覚えていてくれたか」

「まぁね」

 ガソリンの給油ノズルを瀬戸はもとに戻す。

「それで、白バイは降りたの?」

「ん? あぁ、まぁな。事故でな」

「ふーん、それでも、警察は辞めないんだ」

「仕事だからな。仕事は金の為さ」

 給油キャップをぱこんと締める音が聞こえる。

「それで、瀬戸くんはどうして公道を走るのかな。免許もってなかったんじゃないか」

「それ、何年前の話だよ」

 瀬戸はそういうと、ジーパンのポケットから財布を取り出して私に突き出した。

「ほら、大型二輪の免許証入ってるから。中見て確認してみ」

 私は瀬戸に言われた通りに免許の中を確かめさせてもらった。なるほど、確かにカード入れには免許証がしっかりと入っているし、それを手に取って見てみれば、紛れもない本物で、それでいて、しっかりと大型二輪の文字がある。

「確かにあるな」

「だっしょ? 意外と難しいよね、教習所って」

「そうかい?」

「そうさ。公道の走り方なんてサーキットよりも難しい。教習でこけて、それでできたのがこれさ」

 そう言って瀬戸は自分の顔にある火傷の跡を、つつく。

「サーキットは前だけ見てりゃいい。だが、公道は後ろも横も、それから、はるか向こうっ側も見てないといけないから。それに、見落としちゃいけないサインが多すぎる」

 瀬戸はバイクに寄りかかる。

 私は彼に財布を返すと、ジーパンのポケットに戻しながら彼は笑った。

「俺が追い抜いた覆面、あんただったんだな」

「運転してたのは俺じゃない。同僚の若いのさ」

「いいドライバーだ。背中に熱と冷たさを感じたよ」

 私はふっと笑みを見せる。

「あとで伝えておくよ」

 すると、瀬戸は驚いた顔を見せた。

「おりょ、切符、切らないのかい」

「さぁな。お前が本当に乗ってたライダーかわからん」

 ふーん、と瀬戸は可愛くない返事をした。

 いや、それだけでよかった。もしも、感謝の言葉を向けられたなら、とてもじゃないが、心と体にこびりついた警察官としての誇りに傷がつくところだった。

「公道よりもサーキットを走れよ、あんなに飛ばすなら」

 そのこびり付いたカビのような警察官としての誇りか。

 はたまた、かつてバイクに乗っていたとしての誼か。

 私はそう聞いていた。

 すると、瀬戸は急にまじめな顔を見せ、それから、高速道路の本線に目を向けた。

「サーキットと、公道の違い、なんだかわかりますか?」

「んなもんレースと、移動手段だろう」

「警察官らしい答えですね」

 ジーパンのポケットから、瀬戸はしわくちゃになったガムを取り出す。

 板ガムを口に放り込むと同時に、あたりにミントの香りが広がった。

「サーキットと公道の違いは、山ほどあります。公道で合法的に出せないスピード。安心と安全。数えだしたらきりがない。だけど、一点、違う点がある」

「なんだい、そりゃあ?」

「ゴールとスタートが一緒じゃない。それだけで十分ですよ」

「家には帰らないのかい」

「家はゴールじゃない。家は止まり木で、船着き場で、ピットさ」

 もういいかい、と瀬戸は言ってヘルメットに手をかけた。

 私は何も言わなかった。

 ただ、黙って、覆面パトへと戻る。

「おい! 白バイ野郎!」

 ヘルメットをかぶったくぐもった声が聞こえ、振り向く。

「戻って来いよ! こっち側にさ!」

「こっちってどっちだよ!」

「そっちじゃないところさ! バイクに戻れとは言わないさ!」

 エンジンに火が入る。

「うるせぇ! 俺以外のに捕まんじゃねーぞ!」

「当たり前! みんなぶっちぎってやる! フェラーリも、ポルシェも、ランボも、インプも、全員ぶっちぎってやるさ!」

 その言葉と共に、ガクォンとギアがローに入る。

「またな」

 その言葉だけしかと聞こえた。

 四気筒エンジンの高い音を残し、瀬戸はサービスエリアから出て行く。

 すぐに覆面パトが赤色灯を回したが、私はそれを右手あげて制する。

 どのみち、覆面パトでは全力のあいつを追いかける事はできない。それに、もし、追いかけたとしてもこちらが無事である保証はどこにもない。

 高速道路とは、公道とはそういうものだ。

 それから、しばらく経ってから、事務作業中の私のところにかつての同僚がやってきた。

「おっす、元気してるか?」

 白バイ隊の制服でニコニコと笑みを見せて手を振る同僚に、私は手を挙げ返す。

「よお。元気も元気。仕事も順調だしな」

「そうかい。白バイが恋しくないか?」

「ま、少しは恋しいが、白バイ以外も楽しいもんさ」

「それで、わざわざ高速警ら隊まで一体なんのようで?」

「ほら、前に見せた瀬戸ってレーサーの話。こいつ、公道についにデビューしたらしくてさ」

 同僚が私の前で広げた記事には、瀬戸がピースサインを浮かべてにっこりと笑っていた。

「公道最速の125スクーター。これで、公道最速! フェラーリもポルシェもすり抜けで置き去り! ってよ」

「まったく、バカだな」

 書いていた書類を封筒に入れて、発送予定の籠に入れる。あと、一時間もしないうちに業者に回収されて郵送されるだろう。

「お、それなんだよ」

「スピード違反のお知らせ」

「なんじゃそりゃ」

 さぁてね、と私は答え、それから同僚の雑誌に手を伸ばす。

「中古車とかのってないのか?」

「なんだよ、お前、バイク買うのか?」

「白バイから降りても、バイクから降りる必要ないだろ」

「違いないな。俺のおすすめはな」

 私は結局、バイクから降りれなかった。

 いや、降りる事を選ばなかったのだ。

 瀬戸がサーキットへ戻ったように。

 私も公道へ戻る。




 サーキットには独特の雰囲気があると僕は考える。

 サーキットは公道とは違う。

 サーキットは人間の限界が試される場所だ。

「おい、瀬戸。親父さんが葉書を持ってきたぞ。お前宛だってよ」

「ありがとう」

 僕は座ってサーキットコースに目を向けたまま、ヘルパーが持ってきた葉書を受け取る。

 いったい誰からの葉書なのだろうか、とちらと葉書を一瞥し、僕は震えた。

 それは警察からのスピード違反お知らせだった。



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