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バイク野郎物語  作者: 円夏
3/6

何を得て何を失うのか。

「バイクは、もう、降りたんだよ」

 学生時代からの親友と付き合いを辞めたのは、その言葉が原因だった。

 その友達とは、同じ時期にバイクを買った。高校を卒業し、お互いがお互いの進路を進むとしても、互いにバイクに乗っている限り付き合いが続くという事を予想しての、購入だった。それ以外でも、互いに、バイクが好きだったというのも購入理由だ。

 買ったのは、ヤマハのセロー250。オフロードマシンで、山道もいける。どこまでもいけるし、どこでも行ける。というのが購入の決め手だった。

 しかしそのセローも、ついに壊れた。北海道や、沖縄まで行った愛車だったが、ついにエンジンに、正しくはピストンに亀裂が入ったりしてしまった。それに、大型バイクの購入を考えていた為、これをいい機会に、という事で、セローから降りる事にした。

 その事を、友達に伝えに行った時だった。

 友達は、結婚し、車を買っていた。ワゴン車だ。ファミリーワゴン。家族の車だ。

「あの、GSX売ったのか」

「俺はもう、バイクを下りたんだよ」

 それが、親友と交わした最後の言葉になった。

 俺は降りれるだろうか。

 降りれないだろう。

 バイク屋に足を運び、店頭に並んだマシンを眺めて思う。

 無理だ。

 俺はこいつらに、バイクに魅せられた。

 これから降りる事は、できない。

 一か月後、そのスーパーマシンはやってきた。

 川崎重工業のZZR1100D。

 カワサキの少し前のスーパーマシンだ。今となっては、H2Rなんていう怪物が、直線時速400キロで走る怪物がある。しかし、その怪物は空想の怪物だ。公道に持ちだしたところで、性能を活かしきることはできない。

 その点、このZZR1100Dは違う。ツアラーという性質を持ち合わせているため、公道でも走らせやすいように作られている。タイトなコーナーだろうとも、長い直線だろうとも、乗っているライダーには、負担をかけないように作られている。

 その気配りの代表は、透明なスクリーンだろう。

 高速走行を始めたとき、この透明なスクリーンが前方からの風を断ち切ってくれる。

「タイヤの皮むきは終わってますよ」

「おいおい、さすがに納車一日目から全開で飛ばすことはしないよ」

「えー、なんか、全力で走りそうなイメージあるけどなー。あ、前々から言ってたETCも装備しときました。前のセローにつけてたのを流用してるので、今回はおまけって事にしておきますね」

「本当に世話になります」

「いいってことですよ」

 初めてバイクを買った時から使っているヘルメット、X-8を被り、ZZRに跨る。

 しっくりくる。

 ハンドルまで手を伸ばした時に、自然と腕が曲がり、前傾姿勢をとる。

「いいな」

「いいですよ。ぶっちゃけ、僕が欲しいくらい」

「そりゃ無理だ、これは」

 エンジンをかける。

 唸るような四気筒エンジンのアイドリング。

「俺のマシンだから」

 店員はにっと笑うだけだった。

 店員はサイドミラーの点になっても、店の前にいて、俺とZZRを見送っていた。

 街中で、走らせて思う。

 ZZRは良いマシンだ。古臭いバイクだと思っていた若いころの自分を殴りたくなる。訳知り顔で、新型の方がいいと口にしていた自分を殴りたくなる。そうじゃない。バイクは古くてもいいものだ。

 価値は変わらない。修理代が少し高くなるかもしれないが、それは仕方ない。

 古くてもいいものは、確かに存在する。

 エンジンが吠え続ける。

 俺もそろそろ街中は飽きてきたんだ。

「ちったぁ楽しむかい」

 そう呟いて、バイクを高速道路の方へと進ませる。

 街中で全力は出せない。

 気が付けば、周りを走っているのはトラックか、少し走りに自信のありそうな車ばかりになってきていた。シビックの隣を走った時、ちらと運転手と目が合った。

 自信満々で、眼鏡をかけた少し小太りの男だった。

「いいマシンだ。俺のよりは劣るがね」

 聞こえないだろうに、そう呟いてしまう。

 高速道路入り口のETCレーンに入り、減速してゲートをくぐる。

 ぱっと、ETCバーが上がった瞬間、アクセルを開ける。

 ギュン! とリアタイヤがアスファルトをしっかりと掴み加速するのを感じる。

「ほっ!」

 と、思わず声が出る。

 スピードメーターが時速八十キロを超えたあたりで、もう体はどうやっても前傾姿勢になる。透明なスクリーンが前に立ちはだかる風を断ち切ってくれる。ギアをさらに上げると、まるでワープするようにぐんと加速する。

 思わず笑みがこぼれた。

 スピードメーターはもう見ない。おそらく、百キロを超えている。

 走行車線を走る普通車が停まっているように感じられた。

 ふと追い越した車の中に目をやる。運転手は、親友の顔によく似ていた。

 何を思えと言うのか。

 俺はスピードを、バイクを手に入れた。

 あいつはバイクを失い、車と、家族を手に入れた。

 どっちが幸せかっていったら、もちろん。

「俺とお前だろう。なぁ、ZZR!」

 ギアをさらに上げる。

 もはや、高速道路における車両の中で今、俺とZZRを超えるモノはいない。

 ふと、やはり頭に浮かぶのは、親友の事だった。俺はバイクを得た。しかし、バイクを得なければ一体何を得ていたのだろうか。今ごろ、あいつと同じく家庭を持っていたのだろうか。

 俺は一体何のためにバイクに乗っているのか。

 俺は一体何のために走っているのか。

 サービスエリアが見え、給油のためにそこに入っていく。

「悪くないマシンだ」

 静かにそう呟いてタンクを撫で、叩く。

 俺は親友を失い、このバイクを得た。

 果たして、それは正しいのか。

「ねぇ、君」

 ZZRを見ていると、突然声をかけられた。

 声のする方向を見てみれば、そこには先ほど見かけたシビックの男がいた。

「早そうなバイクだね。いや、実際速かったね。追い付くのがやっとだったよ」

「追いかけてきたのか」

「速そうだったし、遊べると思ったからね」

 男はZZR1100Dをじろじろと見る。

 心地のいいものではなかった。

「これ、カワサキのバイクなんだね」

「おう、ZZR1100っていうんだ」

「リッターマシンってことかい」

「結構、詳しいじゃないの」

 男の事を少し見直した。

 ただのホンダオタク、シビックオタクじゃないらしい。

「どうです? 僕の古いシビックと勝負しませんか?」

「勝負にならないよ」

「そうだね。シビックの勝ちだものね」

 むかっと来る言葉だった。いや、これは、明白な挑発である。

 しかし、挑発は、挑戦はうけなければならない。

「いいですよ。その勝負、うけます」

「いいねぇ。俺はゴロウってんだ。よろしくな」

「シゲイチロウです。じゃ、ルールを決めましょう」

 俺は何を失い、何を得るのか。

 それは、このバイクだけが知っている。


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