プロローグ
初めてのオリジナル小説故に読みにくい点もあるかと思われますが、どうかお付き合い頂けますと幸いです。
昼間の賑やかな車の音、町行く人の話し声。この世界で生を持つものの多くが寝静まり、青から赤、赤から黒へとカーテンを引き変えた空に散りばめられた光の点。恒星、惑星、彗星、エトセトラ。そんな光の中で郡を抜いて夜空を照らす1つの球体、月。今夜は綺麗な円を描いた満月である。
肌を突き刺すような冬の寒さを、まだ幼さの残る丸みを帯びた頬に受けながらも夜空を見上げる少女が1人。他よりも少しだけ高くなった丘でやわらかな芝生に腰掛けながら、どこか愛しさを孕んだ瞳でその輝く点1つ1つをなぞるように見つめていた。それは母親が我が子を見つめるかのような温かな視線で。
「.........クラウド」
ぽつりと少女の口からこぼれた言の葉。その4音が、誰かの名前なのか、それとも物の名前なのかは少女にも分からなかった。ただ1つだけ分かるのは、夜こうして空を見上げている時にしかその4つの音を思い出すことが出来ないこと。今までも何度か思い出そうとしたことはあったのだが、初めの1音すらも思い出せなかった。それならば、たった4音を思い出すためにこの丘に来ているのかと問われれば、1つ返事で頷くことは出来ず、ただ少女自身が宇宙への限りない愛を持っているが故、天体観測をしに来ていると言っても少女を知っている人からすれば何も不思議には思わないだろう。理由としては勿論天体観測という理由もあるのだが、それよりも少女は、その4音を口にした時に心の奥が温かなくなるような感情に惹かれるようにして、毎日ここに来ているのかもしれない。そうは言っても家に帰ってしまえばたった4音も、心の奥が温かくなるような感情も忘れてしまっているのだが、此処に来るべき理由を、原因を、何処かの細胞が知っているかのように、体だけは少女を此処に連れてきていた。
ぼんやり夜空を眺めてどれくらい時間が経ったのだろうか。冷えきってしまった手を擦り合わせながら少女がポケットからスマホを取りだし時間を確認してみれば、すっかり12時を回り日付が変わってしまっていた。いくら家から近いと言えども、こんな時間に外にいるのを見つかってしまえば面倒なことなりかねない。慌てて鞄をひっ掴み帰ろうと立ち上がった時、見たこともない眩い一筋の光が暗い夜空を引き裂くように流れていった。驚いて空を見上げたが、嵐が去った後のようにそこには静寂な暗闇が広がっていた。見逃してしまったと肩を落とし顔を下げたその時、再び眩い光が空を駆け抜けた。
それも、1つ2つではなく何十、何百もの色とりどりの流れ星が。
「なにあの色の流れ星...!もしかしたら新発見かもしれないから写真と動画っ!」
明らかに普通の流星群などとは色も様子も違う星々が流れていく光景に、興奮して指の震えが止まらなかった。震えによって写真がボケてしまわないように半ば掴むようにスマホを持ち、撮影ボタンを押そうとした、その時。
「あ、あの星大きい!なんかこっちに近づいてきてるみたいな.........って、えっ、ちょ、ちょっと待って!!き...きゃあああああ!!」
その光がぶつかる瞬間強く瞼を閉じたにも関わらず、それでも分かるほど眩しい光に視界が染められた。意識を手放すまでの僅か数秒であったが、瞼越しに感じた光の向こうに、限りなく広がる宇宙や銀河、それから優しく微笑む1人の少年の姿が見えた気がした。