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恋慕桜  作者: ふうや
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五 押し殺した感情 訪れた別れ


群賢坊・旺邸――


「久々に来たから家を忘れそうになったわ……」


そう言って、旺邸の扉を叩くのは先程宮城を出た水伊だ。

返事を待たずして水伊はその扉を開け、中に身を滑り込ませた。


「――水伊」


中を見渡していると不意に左から声が聞こえた。

其処に立っていたのは他でもない、要だ。


「こんにちは要殿。話とは何ですか?」


いつもより冷たい声音を水伊は発した。

目の前にいる人物は自分の家族を殺すよう仕向けた人物だ。

そういつまでも甘くやってるわけにはいかない。


「…皇族のことについて、少し聞きたいことが…」

「――え?な、何故なにゆえに…?」

「お前なら少し知ってるだろうと思って…そのことについて少し、聞きたいことが」

「わ、分かりました…」


(てっきり私の家族のことかと思ったのに…想定外ね…)

要の後ろを付いていきながらそう思った。

案内された部屋は以前水伊が要に殺意を剥き出しにした場所だった。

既に血は拭き取られていて綺麗になっている。


「取り敢えず文に書いてあったとおり…御免。まだお前の家族だとは、知らなかったから」

「――いくら謝ったとしても、私は許さない」

「水伊…」

「信じることを教えてくれた父様と母様を亡くした。その所為で、今までどれだけの人を信じなかったと思ってるんですか。この世の、誰一人として今は信じていない。…いくら知らなかったとしてもどうせ同じ事。遺言でやったにしろね」

「元々水伊の家族は将軍に使えていたのだろう」

「――いえ。父様は、将軍に御座います」

「え!?朱婁さんは将軍…!?」

「ご存じなかったのですか。…まぁ父上は敢えてそれを隠していたご様子でしたから仕方ないですね。……私の家が火に包まれた夜、父様は将軍家を引き継げとは言わなかった。ただ『仲間を信じて生きていけ』そう言ってくれた。…けど今は誰も信じられない」

「今でも俺は、水伊を信じてる。それは断言できる」

「貴方がそう言ったとしても私は違う。この世の誰一人とて頼りはしない。自分の意志で生きていく。それが一人で生きるという道」

「――やっぱり、そうか」

「分かっていたような口ぶりですね」

「あの日以来ずっと思ってたさ。こいつは絶対、誰かと共に生きていくのを嫌がるだろうなって。水伊が初めて俺と会った頃と同じだろ?友達と遊ばないで、自分一人で絵を描いていたって」

「人間不信故にやった行動ですから」

「そうか…。やっぱ、俺を許すことはないか」

「えぇ…これからも、ずっとね。貴方が変われば、話は別ですけども」

「――無理、だろうな…。…全てを、消すことになったから」

「全てを…?」

「お前と同じもの、消さなきゃならなかった」


(同じもの…!?私が消したのって想いしか無い…いや、違う。絶対違うって。要がそんな想いを抱くはずが)


「――想いだ」


要はそう言うと力なく笑った。

水伊は何も言えず、ただずっと黙り込んだ。


「今じゃ、もう言えない。水伊にこんな事して、辛い思いをさせたし…泣かせてきた。見てる俺が苦しかった。だから…そんなのやってらんねぇよ…」


その言葉で水伊の中にあった心の壁にひびが入った。

自分は何を言っていたのだろう。


要がずっと抱いてきた想いを消してしまった原因は、自分ではないのか。


でも自分の心の中にもう、要を想う気持ちはない。

あの頃の想いは、何処にもない。

世界中何処を探したって、見つからない。

心の中に潜ませた刃で切り裂いた。

その、はずだったのに――…。


「――…い」

「え?」

「そのまま想いを抱いたって、構わない」

「水伊…!?」

「自分が苦しめたんだから。要殿を」

「何言ってるんだ…!?お前を苦しめたのは、俺だろ…?」

「――あの日…貴方に殺意を剥き出したあの日、貴方の中にあった何よりも大事な想いを、私が消してしまった。…違う?」

「違う、な。…俺は自分で消すと決めた。やってきた自分の行動を考えて消すと決めたんだ。だから、水伊の所為じゃない…」

「自分の中に、抱え込んでない?全てを」

「抱え込む…?」

「何もかも、自分の所為だなんて思い込んでない?私も思い込んでるけど、貴方だってそうじゃないの…?」

「お前の家族を殺すように仕向けたのは、俺の所為だろ?」

「――…違う」

「え!?」

「旺李殿でしょ?…元からあの人が父様に敵対心を燃やしていたのは知っていた。父様もそのことに気がついていたみたいでよく言ってた」


――殺されても仕方ないな。


「ってね。母様もそうね、と肯定していた。だから私だって覚悟はしてた。自分も殺されるんだろうなって。でも……でも…」


そこで水伊は肩を震わせ始めた。

隠れた顔から伝い落ちたのは、涙だった。


「どうして私だけ生き残ってしまったの…っ。殺される覚悟はしてた、でも…そんな覚悟より父様や母様とずっと一緒にいたかった。あの日々を取り戻して欲しい。…私にとって、大切だなと感じたあの七年を返して……」

「水伊……」

「あの七年だけが、何よりも輝いてた。今でも色褪せずに残ってる。…それを潰そうとしてたんでしょ?旺李殿は…」

「――あの家族は危険だ、父上はそう言ってた」

「知ってる…。だから潰そうとしてたって言ってるでしょ」

「そう、だな…」

「――あの七年を、返して…」


水伊はまたそう言った。


「…それの分、お前を幸せにすることなら出来る」

「え…?」

「せめてもの償い。…ちゃんと、笑顔にさせてやるから」


そう言うと要は水伊に向かって笑いかける。

その顔が不意に朱婁と重なった。


「とう…さま」

「…え?」

「え、あっ。な、何でもない」


そう言って水伊はそっぽを向く。

涙を拭くと、少し小さくなった声で要を呼んだ。


「貴方に私を笑顔にさせることは出来ない」


その言葉を発して、再び心の壁を作り直した。


「出来なかったとしても、心の中で支えたい。お前が…俺に対して心の壁を作っているとしても」

「え!?」

「お前が散々俺を避けてるのは知ってる。宮城に連れて行かれたときも助けなんていらない、そう思ってたんじゃないのか?」

「……そう、だけど…」

「――だったら」


要は一旦そこで言葉を切り、水伊の前に歩み寄る。

座り込んでる水伊に合わせしゃがみ込み口を開いた。


「無理矢理にでも助けてやるから」

「なっ…!?」

「…お前を、宮城の奴らに何て渡すものか。無くなった朱婁さんや、椅憂いゆうさんは他の奴を望んでいると思う」


その言葉を聞いた途端、水伊の手が要の頬を叩いた。


「それって貴方が決めること…?貴方が私の人生を変えるつもり!?冗談じゃない!私は私の思ったとおりに生きていく!例え、父様や母様にこうやって生きて行きなさいって言われたとしてもね!自分の行き道に手出ししないで!」


そう言うと、皇族の話が残っていることを知っていながら要の家を飛び出した。

要からの制止は、無かった。

追いかけてくることもなかった。


取り残された要は、水伊が出て行った後口を開いた。


「どれだけ、お前が俺を憎んだり、嫌って避けたとしても――いつまでも想い続けるから。この想いを消せるはずなんて、無いんだ」



(何で…何でこんなに苦しいの…?これで良いんじゃない)

家を飛び出した後からずっと水伊は悩んでいた。

水伊の心の中で、苦しい・悲しい・後悔が渦巻いている。

(何で。おかしいじゃない。何で私がそんな感情を)

かぶりを何度か振って宮城へと歩み出した。

水伊の心の中では結婚を許可すると言う決意があった。

自分の父だって皇帝達と長く関わってきた。

ちゃんと娘として、関わらなければ。

そう水伊は考えていた。


そして皇帝の結婚を許可することにより、要を捨てることになるのだ。

一時心から好きだった要を、もう心の中から消すのだ。


「さよなら――要…」


時には大切なものだって捨てなければならない。

今の父にそう教えられた。

それが、今だ。


もう心に『苦しい』『悲しい』『後悔』の感情はなかった。それらを水伊は無理矢理に消した。


そして誰も望まぬさようならを心に残した。

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