二十六 呼び出し
翌日。
草魏は朝からあまり落ち着いてはいなかった。
何しろいきなりの新しい皇帝からの呼び出しだ。
吃驚することこの上ない。
その所為か昨日もよく眠れていない。
(嗚呼…眠い…)
そう言うと布団に身を任せる。
このまま目を閉じてしまえば秒速で寝てしまう。
皇帝が亡くなって早二日。
やはりまだ辺りは静まりかえっている。
喪の帳は少しずつ上がりつつあるのに…
街の喧噪が何気に恋しくなる。
とそんな事を思っていると部屋の襖が音もなく開かれた。
「お嬢様」
かれこれ十数年聞いてきた声が聞こえ少しだけ身じろぎする。
「…舜夏、どうかした?」
「宮城の馬車が、お越しです」
「え?もう…?」
「あ、はい。もうすぐ辰の刻故に…」
「え、ええええっ!?もうそんな時間!?」
草魏は我に返ったようにがばっと起きあがり、布団から飛び降りた。
服を軽く整えた後一目散に駆け出した。
(時間が過ぎるって早い…)
少しだけ布団が恋しい。
…ってそんな事思ってる暇じゃない。
欠伸を噛み締めつつ扉をゆっくりと開ける。
其処には大きくて豪華な馬車があった。
(…宮城の馬車に間違いないね…これは)
乗ろうと一歩踏み出したとき馬車の扉が開き、中から案内役と見られる人物が出てきた。
(ってえ?)
髪を高いところで団子に結っていて、質素な男装を身に纏っている。
草魏はその姿を見て、瞬時に誰か分かった。
「犀嚴殿」
「おはよう御座います。草魏殿」
そう言うと犀嚴は朗らかに笑い浅く頭を下げた。
(まさか犀嚴殿が案内役だなんて)
吃驚している草魏を見て苦笑しつつ馬車の扉を開けた。
「お乗り下さい」
「あ、はい。ありがとう御座います」
「いえ。この度わたくしが案内役故に」
「皇帝様の元に侍ってらっしゃるんですか?」
馬車に乗りながら草魏はそう犀嚴に問う。
これは前々から聞いておきたかったことだ。
「ええ。側近としてお仕え申してます」
草魏の隣に座りながら犀嚴はいつものように柔らかく答える。
それと同時に馬車の扉が閉まり視界は一気に狭くなる。
「重臣って事ですか?」
「いえいえ。其れには及びませぬ」
「そうですか…」
「…草魏殿。今日お上には何とお話しされるつもりですか?」
「新皇帝様に、ですか?」
「えぇ。…多分わたくしが聞くことはない模様ですので…差し支えない限りで」
「あ、はい…」
草魏が言ったのはこうだった。
元はいなくなった皇子の穴埋めの為に自分たちは呼ばれた。
だがいなくなった皇子の三人とも生きていると判明した今、この婚約や祝言は要らない。
故にこれらを全て破棄し、水伊や楼々をこれ以上宮城に近づけないようにする。
近づければ何が起こるか知れたことではない。
…もう一つ。
これに関連することだ。
紫不知火、乱柳耀、李葉々を宮城へ皇子としてあがらせる。
そう草魏が言った瞬間犀嚴は「え!?」と声を上擦らせた。
「な、何故そのような事を…!」
「皇子は生きている。だったら今呼べば間に合うと思うのです」
「――草魏殿は、それで良いのですか?」
「え?」
「もし、不知火殿が宮城に皇子としてあがれば貴方とは殆ど会えないんですよ?」
「――それが不知火の進むべき道なんです。だから、それは承知の上です」
進むべき道がそれなら、辛かろうと進んで貰いたい。
最後に楽になればそれで良い。
…誰も望んでいないのかも、しれないけれど。
「そうお思いなのに…どうして…」
「それで世継ぎを産めば……」
全部言いかけてはっと口を噤む。
そうか。此処にも問題があったのか。
…結婚…
この際は、砕くべき事なのだろうか。
「…それで世継ぎを産めば国も何とかなるはず」
最終的には何もかもを砕いてしまう自分がいた。
こんな事を不知火や柳耀や李葉々が望んでいるとはとても思えない。
…でも、本当の生きる道を進んで欲しい。
その道を壊されかけたのだから。
今なら直すことも出来る。
「…草魏殿の決意が其処まで固いのなら…何も言えません」
「犀嚴殿」
「わたくしは貴方と不知火殿の幸せを願っていたのですが」
「へっ!?」
思わぬことを言われ素っ頓狂な声を上げる。
でも何故か体が熱くならなかった。
…どうして…?
熱が、冷めた?
そんな馬鹿な。
そんな事を思ってる内に馬車が止まる。
「宮城に着きましたよ」
「あ、はい」
犀嚴の後をついていきながら未だにその事だけを迷っている自分がいる。
進むべき道が、それなんだもん。
仕方ないよ…。
そう心で言うと頭を何度も振った。
例え、どれだけ残酷な結末が待ってようがこれだけは成し遂げたい。
宮城が近づくことが僅かに怖くなった。