二十二 癒えた傷の後に来た最悪の知らせ
殆ど激甘です!ご注意下さい!
翌日。
楼々は部屋で柳耀が来るのを待っていた。
来るという保証は何処にもない。
でも話がしたかった。
…輛麟と祝言を挙げることを了承したこと、柳耀にもう一度皇子の座について貰うこと。
――卯の刻。
襖が音を立てずに開かれた。
「楼々」
「いらっしゃい、柳耀」
そう言うと楼々は柔らかく微笑んだ。
柳耀は楼々の前に歩み寄り、しゃがみ込んだかと思うと
「――え」
「御免、今だけこうさせて」
体を引き寄せられそのまま抱きしめられた。
心の傷を癒すためなのか、何なのか。
でもこの瞬間が何よりも幸せだった。
「…分かった」
「――輛麟と、祝言を挙げるんだってね」
「…………御免なさい」
「謝ること無いよ。…ただ、辛いけれども」
「私だって辛いよ…でも、でもこうじゃないと柳耀が殺される。そんなの嫌だ。…それに、輛麟は元々柳耀の元に侍っていた使用人なの」
「え?りょ、輛麟が?」
体を離し吃驚した表情で楼々を見る。
(知らされて、無かったのね)
「うん。…貴方の行動が許されなかった訳じゃないの。輛麟は貴方を殺すつもりなんて欠片もない。…皇帝様の命令が、心を縛っている」
「逆らえれば即刻処罰されるしね。……なるほど」
「…柳耀、お願いが…あるんだけど」
「え?何?」
「もう一度…皇子の座について欲しいの」
「!?な、何で…」
「嫌なら良いの。…でも、今皇帝様のお考えは前の皇子を片っ端から斬り捨て、新しい皇子を立てようとしている。…そんなこと、させたくないの。全員生きてると確認された今、好機会だと思う」
「…でも、俺は断る。そんな事してみたら、楼々と身分の差が出来るじゃないか。…それに…」
「え…?」
「――楼々に、年に一度しか会えなくなる。もしかしたら会えなくなるかもしれない。…そんなの耐えれると思う?」
もう一度楼々を胸に掻き抱きながら柳耀は問う。
「…耐えられ、ない」
「だろ?…どうすれば良いのかな…俺は。殺されることも望んでないし、かと言って皇子になることも望んでいない。…楼々の傍にいるしか、出来ないのか」
「柳耀…」
二つの考えの狭間で柳耀は彷徨っている。
自分はどちらを取るべきなのか。
どちらかを取ったとしても、みんなが望むはずはない。
「…ねぇ、柳耀。…せめて、私の傍には、いてくれる?」
「当たり前だよ。でも…もう、俺…どうしたら良いのか、わかんないよ」
「どちらかを仮に取ったとしても、誰も望んでいないから…私は一体、今までなんて事を言ってきたのかな…」
馬鹿な行動を取りすぎたんだ、と楼々は言うと柳耀の体に顔を埋めた。
ただ謝るしかできない自分があまりにも無力だと改めて思い知らされる。
「大丈夫だって。泣くこと無いよ、楼々」
「でも…っ」
「俺は例え楼々が輛麟と祝言を挙げようとずっと好きでいる。それだけだから」
「…!」
前と考えが違うことに吃驚して顔を上げる。
顔は怒ってもない、見えてるのは微笑みだ。
「良いの…?」
「気にしないで。楼々が進む道を、進んで」
「柳耀…っ!」
どうして…
どうして此処まで優しいの…?
あの冷たい眼差しは…何だったんだろう…
「御免楼々。…あの時は」
「ううん…。あ、それで思い出した。あの時なんて言おうとしたの?」
「え?」
「ほら、私の袖を掴んで待ってって言ったじゃない?あれよ」
「あー……あれは…」
ただ、行かないでって言いたかったんだ。
「…え…」
「少しでも長くいて欲しかったから…それだけなんだけども…」
「言ってくれれば良かったのに」
「あの時の楼々の顔を見たら、言えそうになかったよ?」
「へっ?」
「…凄く、悲しい顔をしていた」
「――御免」
「いいや。…今言えたから、大丈夫だろ?」
「うん!」
そう言ってからもう一度柳耀の体に頭を預ける。
こうしていないと落ち着けない自分がいて思わず苦笑する。
「楼々?」
「ううん…こうしていないと、落ち着かないと思うようになっちゃって」
「俺も同じ。こうしてないといつもじゃない感じがする」
「――心の傷を、癒すため?」
「え?」
「私の所為で、傷ついたみたいだから…その、癒すためかなと思って」
「それも少しあるけどやっぱり違う。…ただ傍にいたいだけなんだ」
そう言うと楼々を抱く腕に少し力を込めた。
頭の中に考えを巡らせた。
今自分に与えられた道は何なんだろう。
本当なら楼々と一緒に入れたはず。
でもそうとは行かなかった。
楼々が輛麟との祝言を承諾してしまったから。
残された道は、ただ一つ。
元皇子として、宮城に上がる事。
元々自分は皇帝に仕える身。
その立場を捨て、皇子として再び入る。
今三人の皇子を見つけ次第抹殺せよという命令が来ている。
その命令を打ち砕くために上がらなければならない。
楼々の為にも。
自分の為にも。
そしてこの国の為にも。
「……楼々」
「ん?なあに?」
「俺…皇子として、宮城にあがるよ」
「え!?」
「殺されるよりはマシだよ。…自分の為にも、国の為にもやらなければならない事はやるべきだと思って」
「――気がつかないうちに、随分と成長しちゃったね柳耀。置いて行かれる感じで少し悲しいな」
「大丈夫だって。置いて行きはしない。…ただ楼々の為にもやるって言うわけだよ。そんな事をしてまで俺を守ろうとしてるから…せめてもの償いというか」
「私の…為に…。私の為にそんな事っ」
「だから償いだって言ってるでしょ?それに楼々が輛麟と祝言を挙げたとしても会えるじゃないか」
「そうだけども…」
「漣葉や良爽は大丈夫。あの二人なら何とかしてくれるよ」
「――そうだね」
「だからもう、其処まで自分を責めないで。何度も言うように俺は大丈夫だから」
「…っ。御免なさいっ」
最後にそう言うと楼々は柳耀の腕の中で肩を震わせ涙を流した。
そんな楼々を柳耀はただ抱きしめる。
正直に言ってしまえばもう心の傷は癒えている。
こうしているだけで急速に傷が癒えていった。
そんな二人の所に一人の宦官がやってきた。
持ってきた知らせは、最悪の物だった。
「皇帝陛下、崩御なり――」