二十 近づく祝言
一週間後。
楼々と輛麟の祝言が一月後に迫っているという情報は城内を駆けめぐり、漣葉・草魏・水伊の元にも届けられた。
丁度三人はある一室に集まっていた。
その情報がもたらされた瞬間三人は驚きを隠せなかった。
「ろ、楼々と輛麟がしゅ、祝言!?ちょっと、柳耀はどうしたの!?」
「随分と謎な話ですね。柳耀殿なら絶対止めてる筈なんですけども」
「楼々姉と柳耀兄に何かあったとしか考えられねぇ…」
吃驚するやら悩むやら頭を抱えるやらと何気に忙しい三人だ。
まだこの三人には楼々が祝言をあげるぐらい固い決意を知らない。
「そ、そんな。一体どうするのよ」
「俺も出来るなら止めたいけど今楼々姉と輛麟のいる部屋誰も立ち寄れないんだって」
「…と言うことはどさくさに紛れ妙な事をなさっている確率も高いですね」
「こんな時に柳耀は何してるのよ…」
「それは楼々姉に聞かないとわかんねぇだろ。何とか呼び出す方法があれば」
良いんだけどな、と言う漣葉の言葉の前に突如三人のいる部屋の扉が開け放たれる。
外には呼吸を乱し、顔を真っ青にしている桃莉がいた。
後ろにはちゃんと海天・千蓮・蘭竜の三人がいる。
「楼々殿と輛麟が祝言をあげるってホント!?」
「今昨期その情報が我々に届いて」
「情報が回るのって早いなーもう桃莉殿の所まで届いていたのか」
「まぁそう言う情報は直ぐに届くものですよ。…それで、一体如何なさったのですか?」
「あぁそうだった。その楼々殿だけども今外にいるのよ。話をするなら今のうちに」
「…!ほ、ほんとうですか!?」
「なら行かないと!」
三人は立ち上がり楼々がいるという場所まで一気に走り抜ける。
その場所へ向かうと言われたとおり楼々がいた。
だが。
「楼々姉…泣いてる…?」
「ですよね」
「どうしたんだろ…。私行ってくる」
「頼みます」
「任せたぞ」
草魏はゆっくりと楼々に近づく。
大分近づいたところで漸く泣いているんだと分かった。
「楼々」
「…!お、娘子!いつから其処に!?」
「今昨期だよ。……どうしたの?泣いたりしちゃって。…私に、話してくれる?」
「――うん」
そう言うと楼々は口を開き一週間前にあった話をした。
柳耀を守るために婚約したことも。
あの言葉は傷つけるだけだったと言うことも、全て。
自らの思いも全て吐き出した。
本当は二人で幸せになりたかったんだと。
柳耀にあんな思いをさせるなんて最悪な人間だ。
草魏はずっと黙ったままその話に耳を傾ける。
(そんなに、辛いことが…)
聞いてるこっちまで同じような気持ちになってくる。
自分が辛くなっている暇ではないと分かっているのに。
「それに、あの日を境に柳耀は消えたらしいの」
「嘘!?」
「本当なの。…私の、所為だ…」
私がこんな決意をしたから、柳耀は…
そう言うと楼々は膝の上にある拳を握りしめる。
「…大丈夫」
「え?」
「柳耀は帰ってくるよ。絶対に。…楼々と一緒にいることだけを望んでいるから。多分今の柳耀も楼々と同じ気持ちだよ」
柳耀は楼々を放っておくような人じゃない。
大袈裟に言ってしまえば楼々を中心に世界が回っているようなものだ。
それだけ柳耀は楼々を大切に想っている。
それだけは言える。
「柳耀…帰ってくるのかな」
「大丈夫。絶対に来る。幾ら別れの言葉を口にしても心の中では会いたいって想ってるはず」
だから柳耀を信じてあげて?
「…うん!ありがとう、娘子」
「そんな大層なことしてないって。…元気になってくれて良かったよ」
じゃあ、私は一旦戻るよ。
そう言うと草魏は立ち上がり漣葉と水伊のいる所へと足早に戻る。
「…で、どんな話だった」
「――楼々が泣いてるのも、無理無いよ…」
柳耀と、別れたらしいから。
「な、何ですって!?」
「本当なのかそれ!」
「それにあの婚約は柳耀を守るためのものだって。……その決意が固くて破れそうにないって柳耀、諦めて…。更にその日を境に…柳耀の姿が消えたって」
「ちょっと…それって危なくないですか?もし自殺何てしてたら」
「どうするんだよ!こんな時にっ」
「でも、柳耀は帰ってくると思うよ。楼々を放っておくようなそんな人じゃない。誰よりも楼々を大切に想っているから、戻ってこないと可笑しい」
「……そうだな。柳耀兄がそんな事するはず無い。帰ってくることを祈っておくしか無いだろうな…」
「今私たちに出来るのは…それだけですね」
そう言った後静寂が流れた。
そんな三人の後ろを一人の少女が通り抜けた。
***
長安から北の方に進んだところ。
其処は柳耀と楼々にとっては思い出の場所――楼々が言う秘密の花畑だ。
其処に蒼の服を着た男が埋まっていた。
一週間前に楼々に別れの言葉を発した張本人――柳耀だった。
眠っているのだろうか、繰り返される呼吸は静かだ。
楼々にあんな事を言って良かったんだろうか…。
自分の想いを封じ込めて、幸せを願うなんて。
――俺を守るためだけに婚約だなんて。
「俺が守らないと、いけないのに」
そう呟いた後柳耀はゆっくりと目を開けた。
この場所は柳耀にとって安らぎの地だ。
此処で楼々への想いを自覚したり、二人だけの秘密を作ったり。
「――楼々」
想いを込めて名を呼ぶ。
今この場に楼々は…
「――なあに?柳耀」
「……え?」
今この場に楼々が…い、いる…?
「やっぱ此処にいたんだ」
そう言うと楼々は笑う。
だがその顔は本当に笑っているようには見えない。
寂しさや辛さを封じ込めてる。
そんな気がした。
…そんな楼々の顔が歪んだ。
「…楼々?」
「…御免なさい…」
花畑を吹き抜ける風に消されてしまいそうな小さい声で楼々はそう言った。
風に靡く髪の下から見えるのは隠していた悲しみや辛さを交えた顔だった。
「私の所為で柳耀を傷つけることになってしまって…」
御免なさいと柳耀に向かって楼々は頭を下げる。
それを柳耀は何も言えないまま見つめる。
「……御免、なさい」
楼々は再度そう言って柳耀に許しを乞う。
「こんな事で許されるなんて思ってない。……でも、謝っておきたかった。祝言が早くなったから」
「…え?」
「祝言が五日後までに早まったの。…もう、時間がないから謝っておきたかった」
じゃあ…輛麟に頼んで少しだけ来ただけだから帰るね。
そう言うと楼々は立ち上がろうとする。
それを止めたのは楼々の袖を掴んだ柳耀の手だった。
「待って!」
「え?」
「……あ、いや…御免、何でもない」
「…そっか…」
悲しそうに笑ってから楼々は踵を返した。
楼々を止めたかったのに。
行くな、と。
なのにどうしてその言葉が出なかったのだろうか。
心の奥深くでは楼々のことを許していないのか…?
いや、違う。そんなんじゃない。
…何でだろう。
今この状態で祝言を止めることが可能なのだろうか。
宮城のことだから二人がいる部屋は立ち入り禁止の筈。
祝言も関係者しか出席できない。
一応関係者として出席することも可能だが、多分自分だけは輛麟の策略により除かれているはず。
「――くそっ」
そう言うと花畑に拳を振り下ろす。
助けることは不可能なのか。
「楼々…っ」
本当なら奪い返すという手もある。
でもそんなことをするとまた楼々が無茶なことを始める。
そんな事、させるわけにはいかない。
だったらどうするんだ。
このまま見送れと…?
冗談じゃない。
でも奪い返すという手も使えない。
多分祝言だから宮城の彼方此方に見張りの宦官がいるはず。
厳重に警備しているから忍び込もうとしても恐らくはばれる。
…手が無いじゃないか。
それに変装なんて技術は持ち合わせていない。
前は宦官に成り済ましたものの、後になってばれてしまった。
妙な行動を取るだけで怪しまれる。
……だとしたら、答えは一つだけ――