十九 楼々の涙 柳耀の涙
シリアスで甘めです。
結局楼々は見つからないまま、翌日を迎えた。
宮城に何とか入れた柳耀は楼々を探し回る。
長安の何処にもいないと言うことは宮城しか後は考えられない。
長安から外に出た形跡も無し。
宮城で使っている楼々の部屋に足を運んでみたが不在。
と、机の上に一通の手紙らしきものがあった。
(誰へ送るやつだ……って、俺!?)
何が書いてあるんだ。
そう言って文を開き中の文字に目を通す。
その瞬間柳耀の目は見開かれる。
『ごめん柳耀。約束破っちゃった。
でも、これぐらいしないと守りきれないの。
私が輛麟と婚約したことで柳耀は殺されずに済む。
だから安心して』
(安心できるはず無いだろっ)
その為に楼々はあんな奴と婚約したのか。
それだけ決意は固いのか。
自分でも、破れないほどに。
文を畳み立ち上がろうとしたとき
「何……やってるの?」
「え」
ろ、楼々っ!?
(しかも何なんだその格好。随分と豪華な…)
「楼々。そ、その格好どうしたのさ」
「あぁこれ?祝言の時に着る服なんですって。試着しておいてって輛麟に言われたから」
そう言うと柳耀に向かって笑う。
何故このような状況で素直に笑えるのだ。
普通なら嫌そうな顔をするはずではないのか。
「?柳耀…?」
柳耀は押し寄せる想いを抑えきれず楼々の腕を掴み走り出す。
「ちょ、ちょっと!」
何するつもりよ!と楼々が抗うが柳耀の力に敵うはずもなく。
梅林まで走ってきたところで腕を放しその場に立ちつくす。
「ちょっと柳耀!何のつもり!?」
「…馬鹿」
「え?」
「何で俺を守るためだけにあんな奴と婚約したんだ」
「!…文、見たの?」
「見たよ。ばっちり俺の名前が書いてあったから」
「だったら言うわ。私の決意はそんなぐらいに固いの。婚約を諦めた瞬間から柳耀の追跡を再開するって輛麟は言ってた。そうされない方が柳耀にとってずっと良いでしょ?」
楼々の顔は真剣そのものだ。
だから輛麟が追跡を再開するという話も本当だろう。
ふと、楼々は表情を曇らせる。
「――輛麟は」
本気で私に惚れたって言ってた。
「な…!」
「皇帝様に命じられやっているだけでは済まなくなったみたい。…本当に、嫁に迎えたいと思っているのでしょうね」
柳耀は何も言えず、ただずっと俯いていた。
楼々の決意は破れそうにない。
自分でも、楼々でも。
それだけ固い。
柳耀が見つけ出した答えは、あまりにも残酷すぎた。
「…だったら」
輛麟と幸せになれば良いだろ。
「!?りゅ、柳耀!?」
「向こう側がそう思っているなら俺は何も言わないし…言えない。其処まで楼々の決意が固いなら、俺に破れる筈ないから」
だから、いっそのこと俺から離れて幸せになればいい。
…なんて。
辛そうな顔で、笑わないでよ…
そう言おうとしたのに、口からその言葉は出てこなかった。
「りゅう…よう」
ただか細い声でそう呟いて、その場に崩れ落ちる。
そんなこと自分だって望んでない。
柳耀自身もそうとは思っていないはずなのに。
「どうして…」
「その決意は誰にも破れない。…だからだよ」
「そんなの…!」
私が自分で砕けば良いだけなのに!
「砕けないんじゃないの?祝言、近づいてるんでしょ。そんなに豪華な格好させられてるぐらい何だから」
「――…一月後」
「だろ?だからその間に決意を砕けるとは思えない」
(俺は…何を言ってるんだ。楼々を苦しめてるだけじゃないか)
何でこんな事がすらすらと口の中から出ていく。
「幸せに。楼々」
「ちょっと!柳耀!」
行かないで!
叫びたいのに声が出ない。
何で肝心なときに出てこないのだ。
「――…最後に」
柳耀は数歩進んで立ち止まると楼々を振り返り、戻ってくる。
そして楼々の前に跪く。
(え?な、何するつも…)
そう思った瞬間に頤に手を添えられ、唇を重ねられる。
…優しすぎる。
何で、そんなに優しいのよ…馬鹿。
楼々の前で悲しそうに笑って柳耀は最後に一言言った。
「いつまでも…愛してるから」
そう言うと柳耀は楼々に背を向け走る。
「柳耀!待って!」
その声に振り返ることはなかった。
(どうして…)
どうして自分はこんな固すぎる決意をしたんだ。
柳耀を守るためにこんな事をして、柳耀を傷つけるだけだった。
こんな結末を誰が望んだというのだろうか――。
ただ泣きじゃくるしかできない自分は、弱すぎた。
固い決意を立てて、守ると主張して。
それしかしていない。
何も考えていなかった。
ただ、貴方を守りたい一心だった。
でもそれが、傷つける原因だったなんて――
「…鈍感だし、馬鹿だ」
その声が涙の所為で震えている。
暫く楼々はその場で泣き続けていた。
もしかしたら自分がこんな結末を、待っていたのか。
(違う…待ってなんか無い…)
もう少し明るい未来を待っていたのに。
それを黒に染めたのは自分だ。
「…っ。御免なさい……」
口から出てくるのは謝罪の言葉だけだった。
その他に入れる言葉が見つからなかった。
楼々の嗚咽が辺りに響き渡った。
***
あんな事を言うつもりなんて無かった。
傷つけるつもりなんてこれっぽちも無かった。
なのに。
なのに自分は何を言って、何をやった。
別れという選択肢はなかったはず。
「……っ」
壁に背を預けている柳耀の頬に一筋だけ涙が伝う。
別れはあまりにも悲しく辛い選択だった。
それに、自分が本当にそれを望んだのかすら分からない。
本当は…
楼々と一緒にいたかった。
ずっと、守ってやりたかった。
そんな言葉が次々と溢れ出すが別れという言葉に勝るものが出てこない。
自分は望んでいたのか。こんな事を。
今すぐに会いに行きたい。
…でも。
行けばまた、泣かせてしまう。
悲しみへと追い込んでしまう。
そう思うと足が動かなかった。
きっぱりと決別した方が、楼々にとっては幸せなのかもしれない。
「――ありがとう、楼々」
そう言うと、柳耀は宮城に向かって浅く頭を下げた。
その頬を伝う涙の数が増えていることを柳耀は知らなかった。
この日を境に、柳耀の姿は消えた。