十四 覚悟
後半激甘ですので苦手or嫌いな方はUターンしてください。
宮城の一室。
其処には水伊と要がいた。
「――え?賊が、宮城に張り込んでる?それって本当なの?要」
「あぁ。…狙いは、水伊。お前だ」
「そっか…。とうとう狙われる身になったんだね私」
「既に裏切り者として扱われているらしい。――最早あの賊は俺が動かしているんじゃなくて、蜂咏が動かしてるみたいだ」
「本当の首領になったのね、あの人」
「まぁ今の俺も、敵と同じようなもんだからな」
「――……そうね」
そう言うと、水伊は要の方へ向き顔を俯かせた。
(今の私は武器もないし…どう戦えば良いんだろう。賊の事だし剣に毒ぐらいは塗ってあるはず)
即効性の毒のはずだ。
自分だってずっと、毒を塗ってある剣を使ってきた。
素手で戦うという手もあるが毒相手に勝てるはずがない。
自殺するようなものだ。
「水伊…?」
「私、どう戦えば良い?…今の私には剣すらないし」
「言っただろ。俺が守るって」
「何さらっとそんな恥ずかしいこと…っ」
「…それに、敵は賊だけじゃない。昨期から襖の向こうで俺等を見てる櫂々だって同じだぞ」
「嘘!?いたの!?」
「いつのまに其処まで鈍感になったんだよ、水伊。…いたよ、昨期から。入ってきたらどうなんだ、櫂々」
水伊を庇うように前に立ち、抜刀する要。
向こう側の出方によっては例え宦官であろうとも死んで貰うつもりだ。
「…流石だな、賊の首領」
「なっ!?」
「え!?」
(気づかれてる…!?)
「朱水伊」
「何でしょう」
「婚約の件、解除してやる。……だが」
代わりに処刑されて貰う。
「ど、どういう」
「賊の者を見つけたら片っ端から消せと、命令が来ているからな。その方等を処刑にするつもりでいる」
確かに賊を消せという命令はあちこちから来ている。
水伊や要のいる賊の一隊を消せと言うのが殆ど。
それは覚悟の上だったはずなのに。
「――水伊」
「え?な、何?」
「剣一本貸す。…斬るぞ」
「分かった」
要から剣を受け取り水伊も抜刀する。
櫂々も櫂々で後ろに数十名の側近を控えている。
「今回はそなた等を捕らえに来たまでだ」
「断じてお断りいたします。捕まるつもりなんてこれっぽちも御座いませんから。…あなた方には、死んで貰うことになりますが」
「随分な余裕だな。…言っておくぞ、曾て栄流に剣を教わった身だ」
(草魏殿のお父様に…!?)
と言うことは侮ることは出来ない。
「久々に良い運動が出来そうだな」
「えぇ。栄流殿に習ったというのならこちら側が本気で行っても大丈夫ね」
「…行くぞ、水伊」
「承知」
剣を片手に要は控えている側近を、水伊は櫂々に向かって果敢に挑んでいく。
(でも、何で近づくにつれて櫂々に余裕が見えるのかしら)
いやいや、そんな事を考えている暇ではない。
「朱水伊。隙を見せて斬られても知らぬぞ」
「斬られない自信、大有りですので」
そう言った数秒後に金属音が響き渡る。
剣越しに水伊と櫂々は睨み合いとなる。
「まぁ婚約を解除してくれたことには感謝いたしますが、処刑には納得いきませんね」
「ふん。皇帝に逆らえるはずが無かろう」
「それほど貴方は誠実なのですね」
「褒めているように聞こえぬが」
「えぇ。全く褒めていませんよ。…賊からすれば邪魔者の一人と変わらぬのだから」
そう言うと水伊は櫂々諸々を一気に弾きその腹に向かって剣を思いっきり突き刺す。
「くっ」
「…もう此処で倒れるおつもりか。それで栄流殿に剣を教わった身というのが心外ですね」
(それだったら草魏殿の方が何倍も強い。…私よりも、ずっと)
櫂々に向かってゆっくりと歩を進める。
気がつけば側近も床に伏せている。
(流石要ね。…片付けるのも、相当早い)
って当の要は何処に行ったのかしら。
そう思った瞬間だった。
櫂々が勢いよく起きあがり、水伊の首を掴んでそのまま地面に落とす。
その首元には白刃が突き付けられている。
(動けない…っ。それと、首絞められてるの?これ…!苦しっ…)
「斬られない自信があると言った割には結構隙を見せるものだな、朱水伊」
「離せ…っ!処刑するとか言っておきながら、こ、此処で殺すつもりか」
「それも手だと考えてな。処刑は殺すこと。私が殺しても何らかわりはない」
此処で死するのだ、朱水伊。
何とか逃げようと櫂々の手を掴むが力が強くてどうにも剥がせない。
(駄目…意識が…………)
「水伊!」
何処に行っていたの。
聞こえてきた声にそう言うつもりだったが、声が出なかった。
ただ、薄れゆく意識の中要が櫂々を思いっきり退けたことは分かった。
霞の向こうで金属音が響き渡る。
それが徐々に小さくなっていき、最後には聞こえなくなった。
視界も真っ黒しか見えなかった。
***
水伊――
私を、誰かが…呼んでる?
「……かなめ?」
そう言って水伊は目の前で見つめる要に視線をやる。
要ははっとした様に目を少し見開いて口を開いた。
「気がついたか!?」
「うん…取り敢えずは。…昨期私の名前呼んだ?」
「え、あ……呼んだ。戻ってくるかと思って」
「何か色々間違ってるよね。…って此処何処っ!?櫂々は!?」
「櫂々なら重傷だ。あの傷じゃ一月は治らねーな」
「結構深いの?」
「あぁ。ま、俺が深く付けたんだけど」
そう言うと要は苦笑した。
「…まだ、首絞められた跡残ってる?」
「あぁ。…赤黒く残っちまってるよ。随分と絞められたものだな」
「櫂々の力って、色んな意味で侮れないわ。…って要?」
「え、あ、な、何だ」
「…もしかして、自分を責めてる?」
自分の所為でこうなったんだ、とまた思っているのだろうか。
そんなこと思わなくて良いと何度言ったのだろう。
それでも責め続けるのであろうか。
「…椅憂殿や朱屡殿に怒られるな。こんな男が水伊の隣にいるなって」
「馬鹿言わないの!要じゃないと困るって言ったでしょ!それに、いつまでも自分を責めてばっかりじゃ本当に許さないからね?」
(って私なんでこんな恥ずかしい台詞を平気で言ってるの!?)
慌てて両手で口元を覆う。
顔は赤く染まり、体が少しだけ震えている。
「…そうだな。俺は、誰に許されなくても水伊に許されたらいっか」
「だったら一つ言わせて。私の家族を殺したことももう良い。確かに許せないことだけれど…」
それでももう良い。もう過去の話だ。
「そう言う問題じゃ」
「分かってる。…でも、もう良いの。母様が良いって言ったなら大丈夫。安心して?」
「――水伊」
水伊の手を取りそっと胸に引き寄せる。
「…本当に、良いんだな?十年前のあの事も、今日の事も」
「良いって言ってるじゃない。何回も同じ事言わせないで」
「な!わ、悪かったな。……気がつけばいつも考えてたから。今こうやって隣にいるけど、本当にそれで良いのかって」
水伊と幸せになることが、本当に許されることなのかって。
「それに水伊。お前に時々悲しそうな表情が見えるのは何なんだ」
「――母様や父様の事よ」
「やっぱりな。…そう思うと、余計に辛くなってしまってな」
「要がいなくなる方が何倍も辛いに決まってる!だからと言って母様や父様がいなくなって嬉しいはずはないよ。…でも今なら言える」
母様や父様がいなくなることよりも、要がいなくなることの方が一番辛い。
そう言うと水伊は要の服の袖を離すまいかと握りしめた。
要も同じ気持ちなのか水伊を抱く腕に力を込める。
「要」
「何だ」
「二人で幸せになろう」
そう言うと水伊は要に向かって笑った。
一瞬吃驚したように表情を固めた要だったがふっと崩した。
要は分かったを言う代わりに水伊の唇を自分の唇で覆った。
水伊にとって最高の返答だった。