十二 捕まった皇子
前半から後半の一部にかけ激甘です。
苦手な方はUターンしてください。
草魏は自室の真ん中で脱力したように一人座っていた。
あの日以来不知火と会っていない。
会いたくて、しょうがないのだ。
(不知火――)
「何処にいるの…?」
力なく呟いて、辺りを見渡してみるがやはりいない。
そんな訳ないよねと呟いて寝床に入ってそのまま全てを振り切るように目を閉じた。
後一歩で夢の中へと踏み込もうとしたときだ。
ひたひたと誰かが自分の近くに来ようとしているのを感じ草魏は飛び起きた。
(こんな時間に、誰…!?)
近くにあった文鎮で応戦しようと構えたが――
「待て草魏。俺だ」
「う、嘘…」
「この場で嘘言ってどうするんだよ」
そう言われた途端体の力が抜け、草魏は床に座り込む。
そんな草魏を不知火の腕が支える。
「ったくしっかりしろ」
「う、五月蠅い!…突然現れて、吃驚させてっ」
「今しかないんだ。お前に会えるのは」
「え…!?」
「んだよ。会いたくて来たに決まってるだろ」
「そんな」
「それ以外に何の理由があるんだ。お前が宮城から出られないようになってるのは知ってるから……って草魏!?」
「へっ?」
不知火に泣いてると言われ、ようやく自分が泣いていることに気がつく。
かれこれ一ヶ月ほど会えなかった。
仕方ないと言えば仕方がない。
「一日会えないだけでも、辛いのにっ」
「知ってる。…やっと会えたな」
「うん――」
そう言うと草魏は不知火に体を預けた。
草魏と不知火にとってこの短い時間だけが、凄く長く感じられる。
こうして二人寄り添って互いに色々話して。
それだけで幸せだった。
「草魏に、一つ言っておくことがある」
「ん?何?」
「――死んだ皇子が三人いるのは知ってるな?」
「え、うん。皇帝様が、そうおっしゃってたから…」
「そのうちの一人に、俺がいる」
「……え!?ど、どういう事っ?!」
「ただし、不知火とは記されていない。…お前が知ってる、俺のもう一つの名は?」
「――紫孔」
「あぁ。…裏で使われていた名前らしい。表向きはずっと不知火で通されていたけど」
「でも待ってよ。もし、もしばれて捕まったらどうするの!?」
「…馬鹿が」
草魏を抱く腕に力を込めて不知火はそう言った。
そして再度口を開いた。
「つかまんねぇよ」
「え?」
「……それとも何だ。お前、そう簡単に俺があっさり捕まる奴とでも思ったか」
「思ってないよ!不知火は、不知火はそんな人じゃないってわかってるから」
「それに、力もらってるから捕まることはない」
「誰に?」
「草魏以外に誰を言えば良いんだよ」
「……あ、そうか」
「わかれば良いんだけど…。取り敢えず他言するな。それだけは頼む」
「判った。…でもどうして死んだとされてるの?」
「判らない。…父上が何のためにそうしたのかは」
「うーん。また調べないとね…。あぁ…眠くなってきた」
「んだよ。折角来たのにもう眠くなったか」
「でも耐える。不知火が帰るまでは」
「無茶すんなよ」
「いやだっ。そんな不知火に迷惑なんて掛けられないし」
「変なところに気、使う奴だなお前…」
「もうっ。文句言うだけなら帰ってよ」
「誰が帰るかよ。草魏に会いに来たのに突き返されるなんて冗談じゃない。――暫くいさせてくれ」
「…わかったよ…」
この手を離すまいかと草魏は不知火の服の袖を握る。
少しでも力を緩めてしまったら、消えてしまう気がした。
もう来ないんじゃないかと思うと怖かった。
「草魏?」
「…何処にも行かないで」
「え?」
「どうせまた、直ぐに消えるんでしょ!」
「――消えるかよ」
「し、不知火?」
「お前に泣かれると困る。見てるこっちまで辛くなる。…何なら毎日来てやっても良いぞ」
「え、ちょ、そんな事して疲れない?」
「大丈夫だ。草魏が、ちゃんと笑ってくれるなら」
「え?」
「笑顔で毎日過ごしてくれるなら、それだけで良いから、な?」
不知火の笑顔に草魏は安堵を覚えた。
うん、と風の音に掻き消されそうなぐらいの小さな声で答えた。
「よし。じゃあ毎日来てやる」
「分かった。毎晩待ってるからね!」
「おうよ」
そう言うと草魏の頭にぽんと不知火の手が乗る。
ふと草魏が表情を曇らせた。
「草魏…?」
「…ねぇ、不知火」
「ん?何だ?」
「私、皇帝の手から逃げれると思う…?」
「えっ?いきなりどうした?」
「時々怖くなるの。…本当に、皇帝に勝てるのかなって。仕事があるからって私を解放してはくれたものの、そんなに自由に活動できないし…。もう掌中にあるから…。いつ捕まえられるか分からないから」
「珍しく、弱音吐いたな」
「だって本当に怖いんだもん…。不知火でも敵わなかったんだよ!?そんな皇帝様相手に私が勝てるはず無いじゃ…」
勝てるはず無いじゃないと言おうとした草魏の唇を不知火は塞ぐ。
唇が離れた後、不知火は口を開いた。
「お前も俺も負けない。あんな奴、絶対に倒す。…俺、お前が負けたら許さないからな。俺だって負けたくない。草魏を渡すわけにはいかないんだ。だからいくら弱くとも戦わなきゃならないんだ。対峙しないと駄目だ」
でも…と反論しようとした草魏だが不知火の真剣な表情に抑えられてしまった。
「絶対勝てる。俺はお前を信じて戦うから」
「不知火…」
「だからいつまでもそう悲しむな。毎日来てやんないぞ」
「ちょ、それ嫌だって!」
「だったら頑張れよ。応援してっから」
「!――うん!」
不知火の言葉に草魏はいつも励まされている。
(本当に…ありがとう)
そう心で言うと、くすっと笑う。
「…何だよ、いきなり笑って」
「ううん。何でもない」
「あ?何でもないのに笑うかよ普通」
「もー五月蠅いなぁ。…ただ嬉しかっただけ」
「え…?」
「不知火がいつも励ましてくれるから。それが嬉しくて」
「――それは、俺も同じ事が言える」
「え?私何かしたっけ」
「…覚えてるか?八年前、俺が剣の勝負に負けた時にお前、言っただろ?」
『駄目だよ不知火!諦めちゃ駄目!絶対不知火なら強くなれる。そして守りたい人守れるよ!今はまだその成長段階なんだから、弱かろうと心配しなくても良いんだよ』
「――って。その言葉に励まされてきて、此処まで強くなれたと思うんだ」
「覚えてる。不知火が強くなれたのを思うと、嬉しくなるな…。あの時の言葉が、不知火を支えてたんだ…」
「ま、其れじゃなくてもお前がいれば十分支えになるけど」
「不知火が、それでもっと強くなれるなら私は嬉しいな」
「強くなってやるよ。……そして、絶対に皇帝からお前を守る」
「不知火。私は捕らわれてる。…でも、絶対にそこから抜け出すよ。……此処が、帰る場所なんだって。今だから迷わず言える」
「待ってるぞ」
その言葉の後不知火は一旦草魏の体を離す。
だが次の瞬間、息をのんだような声と共に草魏を庇うように不知火は前に出る。
「………草魏。一寸後ろにいろ」
「え?どうしたの?」
「誰かが来てる」
「嘘。不知火がいること、ばれたの!?」
「…ちっ、面倒くさいな」
不知火はそう言うと片手で草魏を後ろに隠しつつ、剣を抜刀する。
「誰なんだ」
「――皇子候補の一人、紫孔。いるのは分かっている」
「え!?」
「嘘だろ…」
「逃げようとしても無駄だ。四方八方宦官で囲んでいるからな」
暗闇で目が利かないが、少し目を凝らしたところ草魏と不知火を中心に軽く十人を超える宦官がいた。
「馬鹿な…何処でそんな情報が」
「皇帝様が気づかれた。紫孔という名の皇子。そして任務で紫玖と使っている人物は一人しかいないからな」
「嘘…。不知火、どうするの」
「――草魏。俺から、離れるなよ」
「え…?」
「強行突破でも、した方が良さそうだ」
「きょ、強行突破っ!?き、危険だよ!」
「だから言ったろ。俺から離れるな、って」
「強行突破でも無理だな。外にも宦官は待機させている」
「な…!」
くそっと不知火は歯軋りをした。
何とかしたいと思った草魏が立ち上がって不知火の前に出ようとしたときだ。
背後から草魏は口を布で押さえられ、うぐっと声を漏らす。
「草魏?!」
「うぐっ……」
「…っ草魏に触れんな!」
そう言うと不知火は怒りの如く目の前の相手に剣を突き付ける。
数秒後には相手は扉の方へと飛ばされていた。
「草魏!草魏!」
「――うっ、な、何なのあの薬…。睡眠薬じゃない。…なんか、頭が狂う…」
「大丈夫か…?」
「ん、平気。…どうしよう。このままじゃ捕まっちゃうよ…」
「畜生っ」
「おとなしく捕まるんだな。何を理由に皇子の座から降りたのかは知らぬが。…ま、精々軽い罰ぐらいは与える」
「罰ですって!?」
それぐらいはしなければならないだろう?と宦官は口の端を上げる。
ふぅと息をついて不知火は剣を降ろし鞘に収めた。
そして意を決したように口を開いた。
「――分かった」
「不知火!?」
「俺は確かに皇子の座を降りている。本当のことを言えば父上がやったことだ。…だが、今この場で逃げられない状況ならば、捕まってやる」
「ふっ。とうとう観念したか」
「でも約束してくれ。草魏と皇帝の婚約を、消すんだ」
「何だと…!?」
「草魏が皇帝と結婚しても何の意味にもならない。草魏はそんなに甘くはない。それでも断るなら何が何でも逃げる」
「――良いだろう」
「なら捕まる」
不知火はそう言って宦官の元へと行こうとした。
だがその手を草魏が掴み、止めた。
「不知火!そ、そんなの駄目!」
「――大丈夫だ、草魏」
「え?」
「言っただろ?ちゃんと帰ってくるって。仕方ないんだ。皇子の生活から、逃げたようなものだし。これぐらいは、有って当然のことだ」
「そんな…」
「草魏。……ちゃんとお前の所に帰ってくるから。俺を信じてろ」
「――うん」
抑揚のない声で草魏はただ一言そう答えた。
最後に不知火の手が頭にぽんと乗り、大丈夫だと草魏に言い聞かせ、宦官の元へと行った。
「なんで…こんなに早くばれてしまったの…」
皇帝が調べたにしろ、見つかるのが早すぎだ。
第一紫孔だったら任務の時に気がつくはずだ。
…まぁ巻物を見るまでは分からなかったのだろう。
そして最初の任務の時紫螺から紫孔を使え、と不知火に頼まれていた。
まさか紫螺は最初からこれを狙っていたのだろうか。
いつか皇子の座に付くことを目的にして。
(紫螺殿が…そんなことを…)
草魏は腹の底から怒りなのか悲しみなのか分からないものが湧いてきた。
(でも、こんな事して…紫螺殿は…何をしたかったんだろう…)
不知火がまた皇子の座に付くことだけを、願っていたのだろうか。
結婚は宮城の人間で良いと、思っていたのだろうか。
考えれば考えるほど、草魏の頭は混乱していく。
(分かんないよ…全く、分かんない…)
と、その時だ。
「――草魏殿」
「…え?水伊…?」
「い、今不知火殿が」
「見てたのか…?」
「いえ。一寸その後をついて行かせていただいてました。…皇子の座を勝手に降りたとして、牢獄に繋ぐらしいです」
「そんな馬鹿な」
「…低い確率ですけれども、不知火殿が殺されてしまうかも、しれないです」
「嘘っ」
「でも、助ける手立てはあるはずです。…要殿にも協力してもらうことにしてますし…。楼々殿や柳耀殿にもこの事を知らせる予定です」
「分かった」
「…頑張って助け出しましょう、草魏殿。いくら皇子の座から逃げたからと言って殺すのは、やり過ぎなので」
「そうだね…。柳耀や楼々には明日伝えるよ」
「承知しました。…取り敢えずご報告にだけ、上がらせていただいたのでこれにて」
「ありがとう、水伊」
「いえいえ」
水伊は柔らかな笑みを草魏に向けてから、部屋を去った。
「不知火を、必ず助ける」
そう言うと草魏は作っていた拳を更に握りしめた。