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恋慕桜  作者: ふうや
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恋慕桜 結婚編 一 糸

今の季節を知らせるように辺り一面が、桃色に染まっていた。



大唐帝国の都・長安。

季節は巡り春がやってきた。

芙蓉園では桜を見ようと訪れた客であふれかえっていた。

街も桃色の絨毯ができあがっていた。


崇仁坊・栄邸。


そこの一室で栄家の一人娘・草魏とその父親の栄流が向き合っていた。

草魏の手には一枚の紙。

その紙を持つ手がわずかに震えていた。


「皇帝様が、宮城で待っておられる…?」

「そうだ。皇帝直々の呼び出しだそうだ」

「呼び出して何をするつもりなんだ?」

「分からぬ。ただ、話があるとは書いてあるが……」

「うーん……。取り敢えずあと少しで馬車が来るんだよね?此処に」

「あぁ。一応元宵まで滞在してもらうつもりなのだが」

「また元宵まで?長すぎじゃなくて?」

「まぁそうかもしれぬが…。取り敢えず話があるだけと書いてあるだろうし、すぐに帰してもらえるだろう」

「そうね…」

「取り敢えず準備はしておくことだ」

「分かった」


文を畳み直し草魏は立ち上がる。

と、部屋を出て行こうとした草魏を栄流が止めた。


「父様…?どうかした?」

「前々から聞こうと思っていたのだが…そろそろ結婚とか考えても…」

「ま、まだ早いってば!それに、結婚しようと思う人なんて誰も思い浮かばないし!」

「ん?不知火じゃないのか?」

「笑わないでよくそんな事言うよ…。だいたい何で不知火なんかと!」

「二人は想いを通じ合わせたと聞いたが?」

「どこから情報が回ってきた!」

「まぁ風の噂かな?」

「訳わかんないっ。取り敢えず結婚はまだ先!今は皇帝様の用事の方が優先だからっ」

「そう照れるな草魏」

「誰が照れてるか!…もう、分かったよ。相手ぐらいは考えておくから」

「それが良い。……だが草魏」

「え…?」

「一応良家という立場を忘れるな。…もしかしたら」


見ず知らずの者と結婚する羽目になるやもしれぬ。


「そ、そうなの?」

「良家ではよくある事らしいよ。…そうならない内に、決めておいた方が良い」

「――うん」


微風の音に掻き消されるような小さな声でそう言うと踵を返した。

(結婚、か……)

もうそんな年なんだなぁと草魏は改めて思った。

年も明けて草魏は十七から十八になった。

二十歳になれば子の一人や二人、いてもおかしくはない。

(相手なんて考えてもなかったなぁ…)

誰が良いのかな、と草魏は頭を働かせる。

でも、浮かんできたのは――。

(不知火だけだなんて――)

いやいや、他にもいるはずだと草魏は幾度か頭を左右に振った。

その後考えを巡らせても、誰かが出てくることはなかった。



「そう言えば、皇帝様が私に話したい事があるって…一体何なんだろう」


何かの相談か、それとも頼み事か。

それぐらいしか草魏の頭には浮かんでこなかった。

そのほかに何かあるのだろうか。

(もう良いや。頼まれたら何かする、相談だったら出来る限りで答える。それで良い)


勝手に一人で納得した、その直後だった。

栄邸の扉が音を立てたのは。


「誰だろ…」


そう呟いて扉の方へと駆け寄る。

草魏の手がゆっくりと重い扉を引いた。

見えたのは立派な格好をした宦官らしき男だった。


「そなたが栄草魏か」

「え?あ、はい。私が栄草魏です」

「宮城からの使いだ。直ちに馬車に乗り込め」

「皇帝様からの、呼び出しですね」

「そうだ。良いから早く乗れ」


その言い種に若干むっとしながらも草魏は馬車へと乗り込む。

扉が閉められた時、辺りの喧噪が急に遠く感じられた。

無音の世界に放り込まれたような、そんな気がした。


「そなたが宮城へ赴くのは三度目らしいな」

「あ、はい。……あ、あの、皇帝様が何故に私を呼んだのかはご存じですか?」

「いや、知らぬ。ただ栄草魏に用事があるから連れてこいと言われた」

「そうですか…」

「そう言えばそなたは皇帝様がいくつかは知っておられるか?」

「いいえ。ただお若いというのは見た目で分かりますが…」

「まだ二十三だ。……最近、嫁が欲しいとぼやいておられる」

「え?…じゃ、じゃあ…まさか……」

「その相談の可能性も高い。嫁になってはくれぬかとでも言い出しそうな気がする」

「皇帝様が…そんな事を」

「もし、本当に言い出したら気をつけろ。執着されるやもしれぬ…」


そこで男は言葉を切った。

それと同時に草魏の心に不安が過ぎった。

(また…執着されるの…?)

そんなの――。

この前は櫂々に執着された。

それは可春の死により、途絶えたのだが。



(皇帝様は、何故にそのような事を……って待てよ?)

皇帝が嫁を求めるのは、跡継ぎを考えるためなのではないだろうか。

下に皇太子がいて、それが次代の皇帝となる。

だがその後はまだ皇子すらいないと昔に聞いた。


(…だけど)

皇帝と結婚などはしたくない。

家族とも離れ、仲間とも離れる。

何より辛いのは――

(――不知火と、離れる事だ…)


もし嫁になれば逢えるのは年に一度。

唯一の解放日である元宵が来るまで待たねばならない。

(そんなの、嫌だ…)


でもあくまでの話だ。

それ以外の可能性だってある。

そう思い出して草魏は無理矢理にでも心を落ち着かせようとした。

(そんな事思ってたら不安が募るだけだし)

その思いを少しでも消そうと、草魏は窓の外に目をやった。


けれど、それは宮城に着くまで全く離れてはくれなかった。


「着いたぞ。…後は通牒を見せて皇帝様の部屋まで行くんだ。…さっきも言った通り、あのような事を言われたら私たちに言えばいい」

「わかりました。気をつけます」


そう言った後草魏は門番に通牒を見せ、男に背を向けた。


皇帝の部屋に近づいて行くにつれて、不安が募ってきた。

もし、本当に結婚の話を持ち出されたら…。

(ちゃんと、断れるのかな……)


そう思っている内にある扉の前に着いた。

そこにいた見張りの者らしき男が草魏を見て口を開いた。


「栄草魏か」

「…はい。皇帝様が、私をお呼びだと聞きまして」

「案内する。着いてこい」


見張りの一人の後ろを草魏も追う。

さらに不安が募っていくのを感じたが即座に振り払った。


ある部屋の前で、男は足を止め草魏を振り返った。


「此処が、皇帝様の部屋だ」

「ご案内していただき、ありがとうございました」


男に一礼して草魏は扉に歩み寄る。

幾度か深呼吸をして扉を軽く叩いた。


「――来たか、草魏」

「あ、はい」

「入れ」


皇帝の声がそう言ったと同時に、目の前にあった扉が開け放たれた。

薄暗くて最初は分からなかったが、随分遠くに皇帝が座っていた。


その中に吸い込まれるように草魏は歩を進めた。

中に入ったと同時に後ろの扉はけたたましい音を立て、閉じられた。


「…皇帝様。一体、何故に私をお呼びになられたのでしょうか…。話があるとは、文に書いてあったので存じてはいますが」

「跡継ぎがいないのは、知っておるな?」

「はい。次代皇帝様になられる皇太子様がおられるのは存じてます。ですが、候補の皇子はいないと」

「…その為にそなたを呼んだのだ」

「で、では……私が貴方様の嫁になれと、おっしゃるの、ですか……?」

「そうだ。そなたなら許可してくれるだろうと思うてな」


どうだ?と皇帝に迫られ、先ほど消したはずの不安が一気に草魏を襲った。

(やっぱり…そうなの…!?跡継ぎのために、私を!?)


「まだそなたは相手がおらぬと聞いた故、そう決めたのだが」

「い、いくら何でもそれは止してくださいませんか」

「何故にだ。そんなに仲間とはぐれるのが気に入らないか」

「それもあります。…でも……でも…」


そこで草魏は言葉を切った。

言って良いのだろうか。

想い人と離れたくないと。


「…なるほど。そなたにも想い人がいるのだな」

「え…!?」

「ならばその者からそなたを奪えば良いだけのこと。跡継ぎのためだと言うておるだろう」

「……何が何でも、お断りします。いくら跡継ぎのためとは言え、他に相手がおるのではありませぬか

「宮城の女は好かぬ」

「では何故私でございますか」

「先程も言うた様に許可してくれると思った。…それに私はそなたが気に入ってしまったようでな」

「一度貴方は私に忠告したではありませんか!『そなたを気に入った者がいる。注意しろ』と。…あれは櫂々のことではなかったのですか!」

「櫂々はそなたを気に入ってはいないぞ」

「では…自らのことを説明になられたか!」

「そうだ。それに気がつきもしなかったのか?」

「櫂々はそれらしい行動を見せていましたから貴方だとは気がつきもしなかったです」

「……何だ。あの者私の言うとおりに動いたのか」


(何ですって…!?櫂々を、皇帝様が操っていた!?)


「どういう事ですか!貴方が、貴方が櫂々を動かしていたのでございますか!」

「そうだ。私が気に入っているのを悟られぬようにやれと言ったまでだ」

「…貴方がそのような人だとは思いもしなかった」


草魏はそう言って立ち上がり、皇帝に背を向けた。


「逃げようとしても無駄だぞ?」

「え…?」

「この部屋はもはや密室。鍵は閉めてあるからな」

「では…私は人質ですか」

「そう取っても良い。まぁ一人ではないがな」

「一人じゃ、ない…!?」

「後二人いるが、一人はこの部屋にいる。もう一人は櫂々の元で人質となった」

「全て、貴方が仕組んだことだったのか…!」

「そうだな。…まずは、その一人と会ってもらおうか。そなたもよく知っている奴だからな」

「え…?」


皇帝の言葉の後、奥の部屋から宦官らしき男が出てきた。

その男の片腕に担がれているのは女。

(う、嘘…!)

髪を高いところで一つに結っていて、自分のことを唯一「娘子」と呼ぶ人物――


「ろ、楼々…!?」


(何で楼々が、此処に!?)

男の腕に担がれて出てきた楼々は眠らされているのか、微動だにしない。

(楼々がいるって事は……ま、まさか)


「もう一人って……」

「朱水伊とか言う女だが、知っているのか」


(水伊まで呼ばれてたなんて!!)


「楼々と水伊まで呼んで何をするつもり!?」

「先程と同じようなことだな。まだ二人は睡眠薬で眠らされている。起きたときにその話をするつもりだ」

「じゃあ…それも全て、跡継ぎの為…」

「そうだ。皇子がいない今、こうせねばならぬからな」


もし…もし二人が結婚を許可したら…。

要や柳耀はどうなるのだ。

二人は跡継ぎのためなら良いかと許可をしてしまうのだろうか。

(そんなはず、無い…)

絶対に奪い返しに来るはずだ。


でも、一月前に柳耀は任務に出て不在。

不知火も一週間前に任務に出されて不在だ。

要は今、皇帝に頼まれ北の地まで赴いている。

(全て…仕組まれてたことなんだ…)


「不知火や要や柳耀を遠ざけたのも……邪魔が入らないようにする為?」

「そうだ。任務などにつけておけば一月は帰って来れまい。それまでに手に入れておけば問題はないだろう」

「そんな……」


助けがない今、どうすれば良いというのだ。

宮城に剣や刀は持ち込めず、武器一つ無い。

(このまま……(こうていのもの)になってしまうの…?)


「最早そなたに逃げ道はない。…分かったのなら、承諾をするんだ」

「お断り、します」

「それでもまだ断るか」

「当たり前です!!何故、外の人間である私が貴方様の嫁になればなりませぬか!」

「内の人間でない駄目だと誰が決めた。宮城の女は好かぬと申しただろう」

「それは…そうですけども……。そんな糸を巡らせるような最低な方と一緒になるなんて冗談じゃありません!」

「断るにしろどうするのだ?扉の鍵も閉めてある。逃げ場はないのだぞ」

「貴方の手から、逃れて見せます」


草魏はそう言って、皇帝を睨み付けた。

肩越しに見えたのは、口の端を上げた皇帝だった。

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