[再会] -1-*
カミルおばさんと父さん母さんの三人は、それから暫く世間話などをして別れ、おばさんは結界へ、両親はイタリアとは逆の方向へ帆を進めたから、少し遠回りをして海走を楽しむつもりなのだろう。何せ二人が出逢ったのは船の上なのだから、それだけでもロマンティックな気分なのかも知れない。相変わらず仲の良い夫婦だ。
僕は気付かれないようにジョル爺の船に戻り、三人が見えなくなるまで船を動かさず、聞いた内容を報告していた。
「なるほど……ルーラはカミル親子の行く末を案じていたということか。だがアネモスの許へ行けとはなかなか大胆だな」
ジョル爺は自分の娘の爆弾発言に目を丸くして笑ってみせた。アネモス公はギリシャ王の隠し子とは云え、自身も高い地位を確立しているのだ。幾ら何でも何処の馬の骨とも分からない出生の人魚が、人間になって結婚出来る相手ではない。が、今でも時々逢っているとなれば、未だ二人は愛し合っているということ──カミルおばさんはそれで良いのだろうか?
「ティアラのことは、母親ですら分からないというのだから、こちらは厄介だな」
ジョル爺はあご髭をさすりながら溜息をついた。しかし今回のことでティアに関しては、時が経てばおのずと見えてくる気がしていた。少なくともモカの成人の日に、何か動きが有るに違いない。
「大丈夫だよ、ジョル爺。連れてきてくれてありがとう」
僕は祖父の気を取り直すようにお礼を言って、再び帆を張る準備をした。
「何か……決まったんだな?」
やがてそんな僕の背中に呟いたジョル爺へそっと振り返ったが、その面はニヤリと笑っていた。
「うん……決まったよ」
そして僕もニヤリとしてみせた。ジョル爺はそれ以上訊かなかった。きっと僕が初めに話すべき相手は『両親』であると気付いていたからに違いなかった。
それから僕達はあの入り江に戻り、ジョル爺は昔の船乗り仲間に会いに行くからと再び岸を離れた。僕はあの酸っぱいプラムにそろそろ季節の終わる苺を買い足して家へと帰ったが、
「あーっ、トロール!」
リビングの扉の向こうにまず目に留まったのは、独り大口を開けて何かをほおばろうとするトロールだった。
「えっ? あっ、あの、いや、これは……失敗作なのよっ」
慌てて言い訳を始めた彼女は急いで隠そうとしたが、一口かぶりついたケーキも隣に並んだケーキも、どちらも上々な出来映えに思えた。
「いつ戻ったの? まぁ留守番していてくれた訳だから、母さんには黙っていてあげるよ。苺を買ってきたから上に飾ったら?」
人間界でも痩せる気配はないな、と苦笑いをしながら紙袋を差し出すと、トロールは少し恥ずかしそうに笑って苺を取り出し、そして、
「あら、プラムも有るじゃないか。あたいはこっちの方が……」
「あっ! ちょ、ちょっと待っ……」
制するより早くトロールの手と口は動いて、その途端大きな叫び声が放たれた。
「だから待ってって言ってるのに……」
「トロール、どうしたの!? 外まで聞こえたわよ!」
母さんはその声に驚いて飛んできたようだった。意外に早いお帰りだったのは、トロールが心配だったからか。
「甘い物食べた後に、酸っぱいプラムを食べたんだ」
「ジョエル、内緒にしてくれるって言ったじゃないか~」
「だって隠す前に帰ってきちゃったんだから……」
半泣きのトロールにつれない返事をして、僕は苺を洗いにキッチンへ向かう。
「食いしん坊のバチが当たったのよぉ、トロール。あたし達を待たずに食べようとするから……でも上手に出来たじゃない。ジョエル、テーアおば様の紅茶も宜しくね」
「はいはい」
母さんの注文に返事をして、苺と紅茶一式を運ぶ。片付けを終えた父さんも合流して、ささやかなティータイムとなった。
「んー、美味し! これならご主人も喜ぶわね」
「んふ~、そうかねぇ?」
初めてのケーキを誉められたトロールは上機嫌だ。彼女が母さんから料理など家事全般を教えられ、お相手の許へ戻るのはもう四日後のこと。お菓子ばかり作っている気もするが、根っからの明るさから周りにも愛される奥方になるだろう。
「あら、貴方……」
そんなことを思いながら美味しいケーキを口に運んでいた僕を、向かいに座った母さんは、不思議そうな顔で見詰めていた。
「何て言うか、すっきりした顔してるわね。何か良いことでもあったの?」
「えっ?」
途端に三人の視線が、僕に集中する。
「すっきりって……何さ。何にもないよっ」
突然の狙い撃ちに、僕は少々慌てる気持ちを隠せなかった。どうして女性っていう生き物は、こうも勘が鋭いのだろう。
「あんた……やっぱり、もしかして……?」
母さんの疑問に便乗して、トロールがあのいやらしい視線を寄せた。どうせこの後の展開は分かりきっている。僕は最後の一口を詰め込んで、カップを手に持ち、
「もしかなんてないよっ」
釘を刺すようにトロールを睨みつけて、庭へと逃げ出した。
──いつ……話そうかな。
僕の部屋の窓からは遠く眼下に海が良く見えた。その窓の外に置かれたベンチへ腰を掛ける。海から吹く湿った風が、僕の少しだけ長い髪をかき上げた。
──そしていつ行こう。
時間はたっぷり有った。けれど行くには許可が必要だ。両親と……あのお方と。
「ティア……」
僕は微かに声を出して、彼女の名を呼んだ。
僕の行動は彼女にどんな影響を及ぼすのだろう。少なくとも──悪しき方向へ行かないことを祈らずにはいられなかった。
願わくば──良き方向へと導かれんことを──。
第三章まで進みました* 此処までお読みくださり感謝申し上げます♪
前話からちょっとお茶目な役割をしております「酸っぱいプラム」について、裏話でございます(笑)。
前作にて、ジョルジョがルーラの為に夕食を作ろうと意気込んだ話は覚えておりますでしょうか? その時アメルは船員の一人から、「ジョルジョの料理は余り美味しくない」と、こっそり聞かされておりました。そう・・・ジョルジョは少々味覚音痴なのでございます! そんな父親を持ちながら「料理の達人」となりましたルーラ、トンビが鷹を産んだという事ですね(苦笑)。
大した小話ではございませんでしたが、また次回もおいでくださいませ~(汗)!