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[将来] -3-*

「ジョル(じい)──っ!」


 駅から坂を降り、再び丘を登れば、祖父の住む町が一望出来た。重い身体のトロールを促すように、背中を押して此処までやって来たが、あとは下りを歩くだけだ。首筋を(かす)める山の風が心地良い。トロールも眼下に広がる家々を眺めるや、少し元気を取り戻した。やがて森の端に建てられたひときわ大きい館の手前に、我が祖父の横顔を見つけて、大声で呼び掛けた。


「お? おお、ジョエルか。あれは……?」

「ジョルジョ様!」


 こちらを向いたジョル爺に手を振ってみせる。すると今まで息遣いも荒く、今にも歩みの止まりそうだったトロールが、急に名を叫び荷物も放り出して、ジョル爺に向かって突進した。


「え? ああ? トロール!?」

「ん? トロールだって?」

「ジョルジョ様っ!!」


 突然の訪問に突然の再会、そして突然の抱擁で度肝を抜かれたジョル爺だったが、トロールの名を聞いて全てを把握したようだ。


「驚いたなぁ、トロール! 君もついに人間になったのか! いやぁ、素敵なドレスじゃないか。ご主人のお見立てかい?」

「ご無沙汰しておりました、ジョルジョ様。はい……結婚式はこれからですが……」


 トロールはジョル爺の胸の中で頬を赤らめた。僕はトロールの荷を拾い上げ、彼女を家へと招き入れる祖父の後に続いた。


「いらっしゃい、ジョエル。こちらは……もしかしてトロールさんかしら?」


 外の騒ぎを聞きつけて、大叔母のテーアが戸口へと出てきたが、その観察力には驚いた。人魚達の噂はジョル爺から聞かされているのだろうが、一目見て彼女をトロールだと見破るとは。


「あっはい。貴女様も、もしやジョルジョ様の妹テーア様でございますか?」

「『様』だなんて……遠くからようこそ。今美味しい紅茶を淹れますね」


 大叔母の振る舞う紅茶はどれも美味しい。さすがTEA(お茶)という名前だけのことはある。

 そんな紅茶に感動しながら、二人に一通りこれまでの経緯を話したトロールは、キッチンを見せてほしいと、大叔母と共に奥へと消えていった。大叔父は仕事で出ているし、従姉叔母(いとこおば)のラウラ姉さんは五年前に隣町へ嫁いでいるから、この部屋にはもう僕達だけだ。


挿絵(By みてみん)


「何か悩みでも有りそうだな」


 ややあってジョル爺はほんのり甘い紅茶を飲み干し、母さんに似た表情で僕の心髄を突いてきた。僕はバツが悪そうに、


「母さんとティアのことなんだけど……」


 昨日のティアの行動と、母さんの不思議な表情を打ち明け、述べた僕の見解に、ジョル爺もまた同じような表情になった。


「ふうむ……ティアラのことはルーラ達と同じく幼少の頃にしか会っていないからな。お前から聞いただけでは何とも分からないが……ルーラには何か思うところが有るのは確かだろうな」

「やっぱり?」

「で? お前は私にそれを推理させる為に来たんじゃないだろう? とりあえず明後日の朝八時位には港の隅に船を隠して待っているから、上手く出てくるんだぞ」


 ジョル爺は他人の心を読み取る能力がずば抜けて高い。それは判っていても余りある理解力に、僕は一言も発せず、大きく(うなず)くことしか出来なかった。


「ところで……お前自身はどうなんだ? これから一年の間には自分の身の振り方を決めないとだろう。この夏休みくらい、父さんの船に乗ってみたらどうだ?」


 ジョル爺はおかわりの紅茶をティーポットから注ぎ入れ、少しばかり喉を潤して再びこちらに顔を向けた。


 僕の夏休みは始まったばかりだ。そして一年と少し後には卒業が待っている。


「僕は……。海の中は好きだけど……」


 と、(つぶや)くように言葉を濁して窓の外を見た。新緑の木々が揺らぐ向こうに、トロールとテーアの姿が映る。広い庭と菜園を案内しているようだ。


「まぁな。船乗りに興味が有るのなら、とっくに乗っているだろう。私とアメルの父、そしてアメルの血を引くとは到底思えんがな」


 ジョル爺を失望させてしまったと心配になって、急ぎ視線を戻してみたが、祖父の表情は苦笑混じりで、思った通りと云わんばかりであった。

 ジョル爺も父さんの父親も、父さん自身も他国との貿易を行なう船乗りだ。ジョル爺は三年前に父さんに全てを任せて引退したが、今でも個人所有の船で時々沖へ出ているので、結界へ行く時に近くまで付き合ってもらうこともある。自分の娘も船乗りに嫁がせたくらいなのだから、孫にも継がせたいに違いないのに──何故?


「お前はお前の道を行けば良いよ。それはきっとアメルもルーラも同じ気持ちだろう。それが一番幸せなのを、あの子達は良ーく知っているからね」

「自分の……」


 僕が記憶するこれまでの人生の中で、何になりたいとか何をしたいとか、将来を暗示することは一切口に出した試しはなかった。そして両親が何になれとか何をしろとも言ったことはなかったと思う。


「母さん達は『それ』で良いの?」

「おそらくはね。只やるなら必ず告げなさい。そして真剣にね」


 この時ジョル爺は僕が何をしたいのか、何をしようと思っているのか、具体的に知っていたのだろうか? 誰にも話したことはないのに──。


「はい。──真剣に」


 それでも僕は真摯に応えて、しっかりと返事をしてみせた。誰よりも真剣でなくては意味がないと知っていたつもりだから──。




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