[ First sweet-honey night ](※)*
今回絵のサイズが大きい所為か、余り鮮明に保存出来ませんでした(涙)。
イラストをクリックいただき、改めて出てきましたイラストを再度クリックしてくださると、少し鮮明に表示されます*
──夜に……なってしまった……!
僕は焦燥感を抱えながら、その部屋の長辺を行ったり来たりしていた。
東の館の二階の一室。
今までティアはカミルおばさん……いや、義母さんとモカと三人で広い寝室に眠っていたが、今夜からはこの部屋を与えられ、式を終えた僕達は、もちろん一緒に此処で休む訳なのだが……。
「誰も教えてくれなかった……」
未だティアの居ない囲われた空間で、独り壁に向かってぼやいてしまう。
自分から訊くべきだったのだろうか? では誰に? 誰もが知っているとは思えない。
──コンコン。
窓辺に向かおうとした僕の背に、扉をノックする音が響いた。
「……はい」
振り向きざまに返事をすると「ジョエル、入っても良い?」と、ティアの声がくぐもって聞こえた。
「もちろんだよ、ティア」
ひとまず『このこと』は忘れよう。もしかしたら“そうしている”間に、何か手掛かりが見つかるのかも知れないし。
開きかけた扉の向こうに微笑みを湛え、彼女を迎え入れようと歩き──いや、あの岩場での式の後、母さんの碧い鱗と尾びれを手に入れた僕は「泳いで」近付いたが、ティアの全身が見えた刹那、思わず動きを止めてしまっていた。
──何だ? どうしたら、そんなにいつも以上に可愛くなれるんだ??
「やっ、やっぱり、おかしい……? 母様に着ていきなさいって言われたのだけど……」
僕の驚愕の表情と突然動作を止めた行動は、彼女に真逆の印象を与えたらしい。
僕は慌てて否定をし、ティアの背後の扉を閉めて、恥ずかしそうに俯く彼女の目の前に立った。
「可愛いよ、ティア。ああ……いつも可愛いのだけど、いつにも増して……義母さんがって、新調してもらったの?」
「ううん。母様が元々持っていた寝着みたい。あんまり丈の長い寝着は着たことないから、何だか不思議な感じで……」
ティアは微かにちらつく尾びれの先に視線を落としたまま、僕の質問に答えた。人魚達は、普段泳ぎの邪魔になるような長い衣装を身に着けない。けれど彼女の全身を包むその淡いピンク色の寝着は、今まで見てきたティアの衣服の中でも、最も繊細で麗しかった。
細やかなひだが何重にも寄せられ、尾びれに向かって美しいドレープを描いている。それはブルーグリーンの鱗を絶妙に透かして、水に揺れるたびオーロラのように輝き漂っていた。胸元と腰の辺りだけは布を重ねているのか、視線を通さないが、全体的には身体の線が判るとてもデリケートなオーガンジィのドレスだ。
もちろん昼間のウェディングドレスの素晴らしさには敵わないのだが、何と言うか……十六歳になったばかりのティアでさえ、可愛さの中にも艶のある色気が垣間見えてしまう可憐なナイトドレス。
そんな感嘆の想いの裏で、実に冷静にそれを分析する自分が居た。長尺の寝着──これをカミル義母さんが選んだ理由は、この後の彼女にそれが必要だと考えたからだ。ということは、僕が想像する魔法は実在するということになる。そしてこの寝着をきっと義母さんも、アネモス公と過ごした時に使っていたと思えば、やはり確実にその魔法を知るのは、義母さんということになるのだが──。
「……さすがに、義母さんに訊く気には……」
「え?」
「あ、いや。えーと……万事全て終わったの? もう休める?」
「……うん……」
さすがにうぶなティアとて分かっているのだろう。はにかんで頷いたその頬はいつになく染められていた。それでも多分、僕が知りたい魔法のことは、ティアも知らないのではないかと察せられる。
「好きだよ……ティアラ」
僕は彼女の顕わになっている両肩に手を置いて、その額に口づけをした。震える両手が僕の背中を包み、いつものようにシャツをギュッと握り締めた。唇を重ねると一度は全身に力が入ったものの、やがて全てを預けるように僕の中でしな垂れる。気持ち良い重みを抱いて、僕は彼女を大きな寝台に誘った。
──さて……これからが問題だ。
理性なんて全て置き去りにして、ティアの愛に溺れたい自分が居るのに、どうしたら『それ』が出来るのか、全く知識が存在しなかった。只ひたすら困惑の二文字が首をもたげている。やっぱり恥なんてかなぐり捨てて、義母さんに訊いておけば良かった……どうやって人魚同士『愛し合えるのか』をっっっ!!
「ジョ……エル……」
「ん?」
自分の中で、今更ながら尋ねに行こうか迷う気持ちと、そこまではまた後日でもと、初夜の完遂を諦める気持ちが格闘しながら、それでも彼女に触れることは心地良く、永遠に止められない気分で愛撫を続けていた、が──。
「こ、んな時にごめんなさい……あの……母様から託っていたこと、伝えるの忘れてた……」
──それって、もしかして!?
自分の真下で僕を見上げるティアの潤んだ視線と合った。次の句を継ごうと開きかけた柔らかい濡れた唇に視線を移す。──あ、いや……水中なのだから『潤んだ』も『濡れた』も、明らかに自分の願望から見える幻覚なのかも知れないが……──まぁそれはともかくとして、今にもそんな口元を塞ぎたい衝動に駆られるが、まずは僕の期待する言葉が飛び出すのか見極めなければならない。
「『守護石のお導きのままに』とかって……」
──!?
「それ……ヒントと言えるのか?」
「えっ?」
「う、ううん、何でも……」
言葉を濁して苦笑いをし、疑問を続けようとしたティアの唇を引き止めた。
守護石──何だ? 守護石をどうしたら良い?
「ジョエル?」
僕は彼女をおもむろに抱き起こし、自分と彼女の守護石を握り締めた。祈れば良いのか? それとも石同士を触れさせるとか? どちらもやってみたが何の反応も得られなかった。石が僕達の愛し合うことを未だ認めていないというのか? ──一体何なんだ!?
──ええいっ、ままよ!
うんともすんとも言わない守護石に、僕は少々苛立っていたのかも知れない。
気付けば思わずルラの石に噛みついていた。
「きゃっ」
やがて眩しい白光が二人の目を突いて、自分の下半身に今日の式までと同じ感覚を得たのは気が付いていた。光が治まると同時に瞳を開く。──こういうことか。僕は成功したことでニヤリと“したり顔”をしてみせたが、
「あ……どう、しよ……ジョエルが……人間に戻っちゃった……」
シャツから飛び出た二本の脚を目の前にして、ティアはすっかり動揺し、取り乱して涙ぐんでいた。
「ち、違うんだ、ティア! 一時的だよっ。泣かないで……後でちゃんと人魚に戻るから」
「後で……?」
戸惑いこわばった頬に優しく手を触れる。再び彼女を自分の胸の下に寝かせて、その淡い翠色の守護石を手に取った。
「そう……後で」
笑みを傾けてテーベの石に口づけようとしたが、緊張の面持ちで見つめる彼女の瞳が、今一度僕に口を開かせた。
「僕達が愛し合えたら、また元に戻るよ……だから。お願いだからあんまり驚かないでいてね?」
おどけたウィンクを投げ、先程とは違ってゆっくりと柔らかく彼女の石にキスをした。
「あっ……!」
再び現れる光。ずっと向こうの尾びれは消え、形の良い白く華奢な足が二つ並んでいる。
「えっ、あっ、え、えっ……?」
寝着に透けて見える美しい脚線に、ティアはさすがに驚きを隠せない。そして彼女を包み込むように現れた空気の層は、今朝の薔薇の香りがした。
「落ち着いて……また、元に戻れるから……」
すっとティアの首筋に顔を埋めて深く息を吸い込む。
「愛してる……ジョエル」
静かに彼女の身体が離れたと思うや否や、僕の頬に温かな液体が一雫零れてきた。ふと見上げた視界に、ティアの涙に濡れた笑顔があった。
「僕も、愛してるよ……」
──君にも、人間に変化した意味が分かったの?
想いのこもったその接吻に、僕は身も心もとろけた。
魔法よ、どうか消えないでいて。
せめて……二人の愛が、満たされるまで──。
こちらを手がけました理由は、読者様との対話の中で、結構な方々から「人魚同士どうやって・・・?」という質問が多かったものですから(汗)・・・ご納得いただけましたでしょうか?
実際一作目にてテラもウイスタの魔法で人間に変身し、ジョルジョとの間に子を授かっておりますので、どの人魚も人間に変身出来ない訳ではないのです。
只、その効き目は魔法を掛けた人魚の力に依るところもあり、明確には明かされておりませんので、むやみやたらに陸上には上がらないよう諭されている様子ですが。
「とりあえず良かったね、ジョエル(笑)」といったところですが、もちろんこの後に一悶着がございます(苦笑)。だって恥ずかしがり屋のティアラが、そう簡単に肌を見せる訳がないでございましょう? という訳で、その後のジョエルの奮闘振りは是非皆様の脳内で妄想されてくださいませ! まぁ・・・初めて『脚』を得たティアラは、気になって気になって、この後それどころではなくなるのですけれど(爆)。
そうそう・・・カミルがティアラに贈った自分の寝着は、アメルの母ルイーザとルーラの共作です(笑)。