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忘れゆくイノチたち

作者: ハルカゼ

 私には、他の人にはない不思議な能力を持っていた。


「ミエコ、どうかしたの?」

 友人のカナエが心配そうに声をかけてきた。

「何でもない。ちょっと、体調が悪いだけだから」

 中学校からの帰り道。赤い夕焼け。いつも見慣れている風景。


 この住宅地の道路に、たくさん転がっている死体……。


 私には不思議な能力が身についている。

 外に行くと、あちらこちらに多くの遺体が転がっているのが見えるのだ。

 道路にも、学校にも、スーパーにも、生気がない遺体が地面に置かれている。

 たぶん、その場所で亡くなった人の遺体が私には見えるのだろう。


 遺体は病院に運ばれているはずなのに……。


 なぜ、そういうのが見れるのか分からない。

 ただ、他の人たちには見えないらしい。

 道路には、おそらく交通事故で亡くなったであろう子供の遺体が置かれていた。

 思わず、目をそらしてしまう。

「ミエコ、やっぱり変だよ」

 友人のカナエには子供の遺体が見えていない。


 そう、私にしか見えないものだから……。


「ごめん。本当に大丈夫だから」

 いつも見ているはずなのに、人の遺体には直視できない。

 私が弱いだけなのかな……。

「そこの公園で休もうか」

 カナエが気をつかって、公園に入ろうとした。

「うん、ありがとう……」


 そのとき、私の目に多くの死体が飛び込んできた。

 血の気がない男性。うつぶせで倒れている女性。こちらをじっと見つめる少年。

「ミエコ、どうしたの!」


 私は気が付いたら、走っていた。

 吐き気がする。気持ちが悪い。


 家に着くと急いで洗面所へ向かった。

 そして、流しで嘔吐する。


 忘れていた。あの公園では半年前、無差別に人を殺す事件が起きていたのだ。

 だから、あんなにたくさんの死体が……。


 生まれつき、こんな能力を持っていた私は苦痛だった。

 毎日、死体を見なければならないから。周りに言っても、信じてくれなかった。

 どうして、私にだけこんな能力を持っているのか。


 私だって、普通の生活がしたい。

 なんで、私だけ……。


 顔を上げて鏡を見ると、頬に涙がこぼれていた。

 もう嫌だ。お願いだから、平凡な生活を送らせてよ。

 

 公園で見た、私のことをじっと見つめる少年の顔が頭から離れない。

 冷たい目をしていた。遺体だから、当然かもしれない。

「ミエコ、帰ってたの」

 お母さんが洗面所に顔を出した。

「ねえ、お母さん。人って、死んだらどんな気持ちなのかな」


 私は思わず聞いてしまった。

 こんなこと聞いても、仕方ないのに……。


「悲しい気持ちだよ」

「悲しい?」

「そう。だって、大切な人と別れなきゃいけないもの。どんな人だって、そういう気持ちになるんじゃないの」


 悲しい……。

 そうか!


「お母さん、ありがとう」

「いきなり、なによ」

「ううん、何でもない」


 私は家から飛び出した。



 私は、あの公園の前までやってきた。

 もう覚悟はできている。


 手には花束を持っていた。

 おそるおそる、公園の中へと踏み込む。


 公園には、たくさんの子供やその母親たちが笑っていた。

 幸せそうな笑顔だ。

 半年前、無差別殺人があった場所だっていうのに……。


 公園の中にたくさんある遺体。

 楽しい人生が待っていたはずなのに、奪われてしまった命たち。

 私はそんな死体に目をそらさない。

 そらすわけにはいかないのだ。


 私は花屋で買ってきた花束を少年の遺体の前でたむける。

 そして、手を合わせて黙祷をする。


 人はどんな多くの命を奪った出来事が起きたとしても、いずれ記憶の中から薄れてしまう。

 そして、忘れてしまうかもしれない。

 亡くなった人たちの思いを知らぬまま。


 だから、私にこんな能力が身についたのかもしれない。

 亡くなった人のことを忘れないように。

 たとえ世間が忘れたとしても、私にだけは覚えているように。


 辛いことだけど、それが私の使命なのだろう。


「お姉ちゃん、なにしてるの」

 そこに小さな女の子が話しかけてきた。嬉しそうな笑顔で。

 近くに死体があるとも知らずに……。


「お祈りしてるんだ」

「誰にお祈りしてるの」


 しばらく考えてから、


「天国に行った人たちに」


 女の子は首をかしげると、砂場のほうへ行ってしまった。

 おかしい人だと思われたかもしれない。


 ふと、少年の遺体に目を向けてみた。



 その少年の目から涙がこぼれていた……。



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