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「申し訳ないですが、あたしは聖女様じゃありません。勿論イシュル神の使いでもありません」

 神様の使いなら最低でもその神様の名前は知っていなくちゃ変だ。

「どうしてそんな事が言い切れる」

 王子は不満そうに言うけど、信仰心なんてあたしの中には存在しないって自信を持って言えちゃうんだから仕方ない。

「神様の名前も知らないのに、使いなんてものになれるわけないじゃないですか。イシュル神なんて今初めて聞いたのに」

「イシュル神様をご存じないのですか」

 自分が信仰する神様を知らないと言われたせいなのか、ホルガーさんはよろりと一瞬ふら付きながら、ぶつぶつと何かを呟き始めた。

「ごめんなさい。でも本当に知らないんです。あたしの家族もイシュル様の名前を知らなかったと思います」

「そんな。イシュル神様……」

 漫画だったら背中に大きなガーンという文字が見えそうなホルガーさんの激しい動揺っぷりに、あたしは罪悪感にかられてしまう。

 宗教なんて全然詳しくないから、イシュル神が本当は凄く有名な神様で、地球のどこかではイシュル神を祀った神殿が存在する可能性はあるのかもしれないけど、あたしはそんな神様知らないんだから仕方ないって思うのは駄目なのかな。

 あたしに会いに来たと思われるお年寄りを意味なく苛めている様で、凄く居心地が悪いんだけど、どうしたらいいんだろう。

「そうですが、ご存じないのですね。聖女様」

 若干涙目になりながら、ホルガーさんは自分に言い聞かせる様に呟く。

 イシュル神を知らないというのは納得してくれたみたいだけど、聖女様呼びはそのままらしい。

「あの、ホルガーさん。あたしは聖女様なんかじゃ」

 誤解は早めにとかないと、後から大変なことになる。

 今まで無意識に何かをやらかして大騒ぎになった経験が多いあたしとしては、異世界に来てまでトラブルの種を蒔くのは全力で回避したい重要事項だ。

「万里は聖女だ」

 違うと言ってるのに、王子も納得していないらしい発言に、あたしはがっくりと肩を落とした。

「王子様までそんな事」

 どうしてそう、きっぱりはっきり言い切れちゃうんだろう。

 あたしみたいなのが聖女様なんて立派な者じゃないってことくらい見ただけでわかるだろうに。

 聖女様と言われる人は、清楚で儚げで綺麗な人なんじゃないのかな。

 後光がさしてる様な雰囲気? よくわからないけど、何となく神々しいとかそういう人。

 あたしとは正反対。

 あたし、俗物だし。物欲の塊だし。食欲旺盛でって、これは関係ないのかな。

「万里はイシュル神を知らないかもしれないが、神が万里をこの国に導いて下さったことは間違いない」

「どうしてそんな、あ。このブレスレットの光?」

 自信を持って言い切る王子の手があたしの左手に触れて、あたしは遅まきながらその事実にきがついた。

「そうだ。そのブレスレットには神の大きな加護が付いている。そのブレスレットが万里とこの世界を繋いでいるのだと思う」

「このブレスレットがあたしとこの世界を繋いで……じゃあ。偶然かもしれないじゃないですか」

「偶然?」

「だってあたしはこのブレスレットを露店で見つけて買ったんですよ。お店の人だって普通の人だったし、もし他の人がこれを買ってたらその人がここに来たわけでしょ? 偶然です。あたしはたまたまこのブレスレットを買っちゃっただけの普通の人間です。あたしは聖女なんかじゃ。って、痛い、痛いっ」

「万里どうした」

「ブレスレットの熱が急に。あ」

 慌てて左手を見るとブレスレットが触れているあたりが赤く腫れ初めていた。


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