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夢だと思ったのに、もう一度眠って起きたら自分の部屋で目を覚ますのだ。そう思ったのに、王子に邪魔されて眠ることが出来なかった。
「お前を見ていると色々な部分で心配になるんだが、お前が住んでいた所は余程平和だったんだろうな」
毛布の中に潜り込んだあたしを無理矢理引っ張り出すと王子は、呆れた様な可哀想な子を見るような顔をしながらあたしの頭を撫でるから、なんだか泣きたくなってきた。
「止めてください髪がぐちゃぐちゃになります」
「だから直してやってるんだ。鳥の巣みたいになってるぞ」
「うぅ、すみません」
頭まですっぽり毛布の中に逃げ込んでいたのだから、鳥の巣頭も当然だ。
くせはないけれど、あたしの髪は細くて絡まりやすいのだ。
「ぐしゃぐしゃだけど、手触りは悪くないな。手入れが良いのだな」
「ありがとうございます」
夢だと思ったのに、悲しいかなこれは現実だったようで、王子の手のひらの感触はリアルだった。
そういえば、さっきお腹の上に乗られた時も重かった。
信じたくないけど、現実。
あたしは知らない場所に来ちゃったんだ、なぜか。
王子の優しく髪を直す手の感触が、なんだか涙を誘う。
ヤバいな、なんだか涙が出てきそうだ。
「泣くな」
この人優しいのかも。
あたしの顔を覗き込むようにして視線を合わせ、何度も髪を撫でてくれる。
「泣いてません。王子様、ここは日本じゃないんですか。日本だって言って下さい」
泣きたいけど、泣いてる場合じゃない。
現実なら、夢じゃ無いなら状況を確認しなければ。
ここは一体どこなんだろう。
王子って言ってたこの人を疑う訳じゃないけど、異国とかは流石に勘弁して欲しい。
「日本」
「はい、日本ですよね。ここは、立派なホテルか何かの一室なんですよね」
庶民にはテレビでしか見る事も出来ない様な豪華な部屋。
自分のアパートで寝ていた筈のあたしはどうやってここに来たのだろう?
王子云々はお金持ちのお坊っちゃんの冗談って言って欲しい。
あり得ないけどお店の皆のイタズラとか。
皆で騙して「ドッキリでしたー」とか。
「日本なんて聞いたことも無い。それは町の名前かそれとも国か」
「国です」
王子の一言でドッキリの望みが消えてしまった。
国の名前なのかどうかも知らないと、こんな真顔で言われたら信じるしかない。
「国か。……ちょっと待っていろ声を出すなよ」
優しいと思った途端王子はあたしをベッドに押し倒すと、毛布をかける。
「え」
展開についていけず、声をあげようとして「静かに」と毛布を頭まで掛けられてしまう。
「お、う」
抗議の言葉をいいかけた瞬間、ドアをノックする音が響いた。
「どうした」
「物音が致しました。何かございましたでしょうか」
緊張した様な男の人の声が聞こえてあたしは毛布の中で体を震わせた。
警備ってそういえばさっき言ってた。この人のこと?
「大事ない。いや、大神官をここへ」
「大神官様ですか。かしこまりました」
足音は聞こえないけど、もう近くにいないんだろうか。
「いいぞ」
「あの、あたし捕まっちゃうの? 本当に王子様なの?」
急に体が震えだす。
王子様の部屋に居るって自覚が無かった。
日本を知らない人、しかも王子様の部屋にどうしてあたしが居るのかわからないけど、これってまずいんじゃないの?
不審者扱いで捕まったりとか、処刑されたりとかしちゃうのかも。
どうしたらいいの?
「お前、今ごろ気が付いたのか。本当にお前が心配になってくるな」
「だって、王子様なんておとぎ話の世界みたいな事すぐに状況理解しろっていう方が無理だよ」
「お前の家は爵位を持っていないのか」
聞かれて、爵位ってなに? と首を傾げる。
「爵位なんて現代日本にはないし、あたしは、一般市民です」
貧富の差はあるかもしれないし、あたしはその中でも末端だけど、でも一般市民だ。
「本当か。では何を信仰している」
「しんこう。信仰って、なんだっけ。ええと、うちはええと浄土真宗だったと思うけど、あの両親が亡くなってて、そういうの詳しくなくて」
「じょうどしんしゅ? 異教だな。では、これはどうした」
「これ。このブレスレットは露店で買ったの。駅前にいつも出してるお店の人じゃなかったんだけど、なんか惹かれて。お給料貰ったばかりだったから衝動買いしちゃったの」
左手首に付けていたブレスレットを指差され、苦笑いしてしまう。
ゴールドの鎖にハート形の紫水晶とローズクオーツが一つずつ付いたパワーストーンブレスレットは昨日の昼、駅前に出ていた露店で買った物だ。
恋愛運が上がると勧められて、つい買っちゃったんだよね。
「衝動買い。外して見てもいいか?」
「うん。あ、あれ。どこから外すんだろ」




