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あたしがこの世界に来て半年、良い気候が続き作物の実りが良くなったとか魔獣の動きが大人しくなったとか、ただの偶然にしか思えない事が続いている。
あたしにとっては些細な偶然の重なりだけど、その偶然が大きな誤解を生んだ。
アンディ様の呪いの解呪、それだけがあたしの役割だったはずなのに気が付けばあたしはグロリオーサに幸いをもたらす聖女になっていた。
アンディ様の傍にあたしはずっと居て、この国の厄を払い幸せをもたらす。
そんなの、あたしが幸いをもたらす聖女だなんて神託の曲解でしかない。
それはあたし自身が一番良くわかっている。
だってあたしはそんな力なんか持ってない。
「歴史は苦手だな、マリアさんは歴史って得意? 暗記とかすぐに出来る方?」
力の事を考えると憂鬱になるから、わざと明るい声でマリアさんに尋ねる。
「あまり得意な方ではありません。仕事柄顔と名前を覚えるのは得意ですが」
「いいなあ。あたしは名前を覚えるのも大変。難しいよね、この国の人の名前」
向こうで仕事をしていたときは、添い寝の方も喫茶店の方でもそれなりにお客さんの顔も覚えていたけれどこっちの人達は覚えられない。
人種が違うせいなんだろうかみんな同じ顔に見えてしまうし、ある程度の年齢の男の人はみんな髭をはやしていて髭で顔の半分が隠れてしまっているから、男の人はさらに覚えられない。
記憶力悪すぎだ。
「ずっとこちらで暮らされていれば話をする機会が増えますし自然と頭に入ってくるかと」
「そうだね、お話する機会が増えたら覚えやすいかもしれないね」
あと半年で帰るのだから覚えても無駄になるかもしれないけど、なんて思うのは失礼なんだろうなあ。
落ちてきたその日に言えば良かったのに、言わずに半年。なんだか言いにくい雰囲気が漂っていて、話すタイミングを完全に失っている。
「早く覚えられる様にならなくちゃね。あ、そろそろ時間だね。マリアさん行こうか」
時間を告げる鐘の音が聞こえ、あたしは慌てて立ち上がる。
この世界には時計が無いから、時間は鐘の音が頼りだ。
おおざっぱすぎる時間の感覚に最近やっと慣れてきたけど、完全に慣れてしまったら帰った時に大変な気がする。
「話に夢中になっていたね。急ごう」
あたしが早くこの部屋を出ないとお掃除の人達の予定も狂ってしまう。
周囲の人達に好かれているわけでもなく役に立つことも少ないのだから、せめてあたし付きで働く人たちの邪魔にならない様にしていたい。
半年間それだけを気にして、あたしは生活していた。
「馬車までよろしくね」
「はい。万里様」
ドアを開けてもらい廊下に出ると今日の護衛の人が立っていた。
「おはようございます。聖女様」
「おはようございますミランさん。宜しくお願いします」
護衛の人ににこりと笑って挨拶をする。
今日の護衛の人はミランさんという金髪に茶色の瞳の男性だ。
日に焼けた肌と短めにそろえたあご髭か特徴。
せめて自分の周りについている人の名前だけは完璧に覚えようと、努力したお蔭で護衛の人の名前は自信を持って言える様になった。
「馬車の用意は出来ております」
「ありがとう。マリアさん行こうか」
ミランさんの顔の周りを覆う灰色のけむりの様なものを見るとため息が出そうになるから、マリアさんの顔を見上げ声を掛けた。
いつもありがとうございます。




