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「こちらのドレスでしたら神殿に向かうのにも差し支えありませんわ」

「ありがとう」

 本当なら神殿から調理場に直行は駄目なんだろうけど。

 何度も着替えるのを嫌がるあたしに合わせてマリアさんが考えてくれる。

「何度も用意させて申し訳ないなあ。マリアさんありがとう」

 ごめんと言うと、聖女様に謝罪させてしまったと騒がれるのでなるべくありがとうと言うように気を付けている。

 それでもつい言ってしまうから、マリアさんにはあたしのごめんはありがとうの意味もあるから、大袈裟にしないで欲しいとお願いしてるのだけれど。

「さっきのドレスで神殿に伺うのは失礼になっちゃうんだから、仕方ないよね」

 朝食時の軽めのドレス。昼間に着るドレス。夕食をアンディ様と取るときはまた着替えなきゃいけないし、めったにないけど会食があるときはウンザリする位派手なドレスで着飾る事になる。

 普通なら朝食の後に着替えるドレスで日中過ごしてお風呂に入って終わりだけど、今日はお菓子を作った後着替えなきゃ駄目だろうなあ。エプロンしてても着替えは必要だって言われそうだ。

 こんなに着替える必要って無いんじゃないかと時々思うけど、お客さんの立場でこれ以上の注文は流石に付けられない。

 着替えたいのに着替えがないんじゃなく、着替えが多いのが嫌だなんてただの我儘だ。

「万里様はお召変えの回数が少なすぎますわ。王妃様やアデル殿下なら一日に十回はお召変えされますから」

「そんなに着替えるんだ。王妃様達大変だね」

 王妃様とかは公務もあるし、その時その時で着替えが必要になるのかな。

「万里様も色々なドレスをお召しになるといいのではありませんか。お庭にお出になる時様に新しくドレスを作られては如何でしょう」

 朝食の時の簡易なドレスで色んな人が行き来する庭に出てはいけないし、神殿にも行けないというのは分かる。

 自分の部屋で過ごすと言っても、いつ誰が部屋を訪ねてくるか分からないからきちんとした格好をしていなければいけないのも分かる。

 だけど庭に出るためだけの服の必要性がどこにあるのか、あたしには理解できないよ。

「殆ど引きこもりなのに? あんなにドレス作る必要なかったなあって思ってる位だけど」

 こっちに落ちたのが寝てる時だったから、あたしの着ていたのは部屋着&寝間着として使っていたパイル素材のワンピースと下着だけだった。

 ワンピースは可愛いデザインであたしのお気に入りのものだったけど、膝が出るスカート丈は却下と言われあの後一度も着ていない。

 こちらの世界に落ちたあの日、夜が明ける前に用意されたドレスは見るからに子供用だった。

 あたしの体形では大人の女性用のドレスは大きすぎたらしい。

 胸はそれなりにある(だって体全体ぽっちゃりなんだから、胸がない筈がない)けど、この世界の女性は大きいから子供用だって大きいのだ。

何着かアデル様のお古を探してくれてデザインはともかくこれで十分と思っていたのに、お古なんてと神殿の方々に文句を言われ、アンディ様にも険しい顔をされ、超特急で採寸されドレスが作られた。

超特急といいながらもデザインは一着一着指定が必要で、ドレスのデザインに始まって使う素材から布地の色、それに合わせるヘアアクセサリーやネックレス等も決めなくてはならない。

服を作る準備をするからと職人が大きな木箱を幾つも運んで来た時は何事かと驚いたけれど、その中身を部屋中に出されたのを見てここは問屋街の布地屋かと唖然とした。

部屋中に広げられる、布、布、布。

黒い髪を考慮したのだろうか、それとも若い女性用だからなのだろうか。

華やかな色、サテン生地の様な照りのある素材。幅広のリボンに複雑な模様のレースといった結婚式のドレスがすぐに出来そうな素材の山だった。

「あたしの体はひとつしかないし、あんなに沢山着る機会ないよ」

 あんな体験何度もしたくない。そもそもあたしはあと半年で向こうの世界に帰るんだしと言いかけて、口を閉じた。

 マリアさんもアンディ様もあたしが帰る事をまだ知らないのだ。

「とんでもない、もうすぐ冬になりますし新しいドレスの準備をしなければいけません」

「上に羽織るストールとかあればいい気もするけど。この国って寒いの?」

 冬用の服の準備なんて、話をするだけでも大掛かりになりそうで嫌だ。

「雪が降りますしとても寒いですから今お召しになっている様なドレスではお体を冷やしてしまいます。お出かけになる時はマントをお召し頂きます。ストールだけではお体に障ります」

 フェイクファーとかもないだろうし、ニットもないのかもしれないし、そうすると厚手の布を重ねて着る様になるのかな。動きにくそうだなあ。


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