24
「万里様今日は髪を結いあげた方がいいですね」
朝食が済んで部屋に戻ると、マリアさんが着替えの用意をしながらそう言った。
「そうだね。今日はお菓子を作るから」
朝食の時の会話で、マリアさんは服装とか髪型とかを考えてくれたんだろう。
すでに用意されていた髪飾りを片付け、ドレスも軽めなものに変更してくれた。
「ごめんね、さっき言っておけば良かったね」
さっき言っておけばあたしが朝食を食べている間に準備が出来たかもしれないのに、手際よくでも少しだけ慌ただしく動き回るマリアさんを見て申し訳ない気持ちになり、ドレスを着替えながら謝るとマリアさんは笑顔で首を横に振ってくれる。
王妃様達だと着替えするだけで何人も付き添いが付くらしいけど、あたしは基本一人で着替えてマリアさんに髪のセットとお化粧だけお願いする。
あたしの用事は殆どマリアさんが担当してくれる。
マリアさんの下にも何人かあたし付きの人はいて、マリアさんがお休みの日に来てくれたりこまごまとした用事を片付けてくれたりする。
あたしは午前中に神殿に行きお祈りとお勉強をする以外は何もする事が無いので、一日の殆どは自分の部屋で過ごしている。
部屋で寛ぐのはあたしだけ、マリアさん達はお茶を入れてくれたりあたしの時間つぶし用の道具を準備してくれたりする。
元が庶民な私はプライベートな空間に知らない人が居る生活に慣れていない。
あたしだけのんびりしていて、あたしの為に人が動くという生活には半年経った今も全く慣れていない。
マリアさんとはだいぶ親しくなったけど、それでも向こうの世界でなら自分でしていた当たり前の事を人に頼まなくてはならないというのはストレスだった。
髪を梳かす事すら自分ではしない。櫛を手に取ることさえ『聖女様のお手を煩わせるわけにはいきません』と止められ最初の頃は泣きたかった。
あたしはそんな高い身分の人間じゃない。髪を梳かすくらい、化粧水をつけるくらい自分でさせて欲しいと何度もお願いした。
そう、お願いだ。
自分で自分の事をするのは当たり前の事だったのに、日常の殆どの事をしてくれるのは自分以外の人間。
そこにプライベート、プライバシーなんて言葉は無かった。
あたしが着ていた服や下着を誰が洗っているのか、そんな事を気にしていたらここでは暮らせない。
そんな生活は嫌だと拒絶したくても、生活魔法が使えないあたしは部屋の明かりをつける事すら出来ないのだ。
アンディ様の傍で聖女として暮らしているからこそ、不自由なく暮らせるけれどもし一人で生活していたらあたしは水を飲むこともトイレに入ることも出来ない。
生活魔法が使えないというのは、そういう事なのだ。
あたしの生活能力は生まれた赤ん坊と同じレベル。
人に何かをしてもらうのは抵抗があると思っていても、実際にはあたしは何も出来ない。
マリアさんが優秀で、何をするにもあたしの気持ちを察して動いてくれるからこそ日常は自動で何もかも進んでいる様な錯覚をする程スムーズに進む。
仕事とはいえそうして動いてくれるマリアさんに申し訳ないと思う。
立場がそうなのだと諭されながら、どうしても納得できない自分は適応能力が無さすぎなのかと情けなくもなる。
そんなあたしの気持ちは可笑しいのだと言わんばかりに、マリアさん達はあたしの世話をし続ける。
王妃様付きの人数はあたし付きの十倍はいるのだと聞いた時は驚いた。
しかも、脱いだドレスを受け取る係り、靴を履かせる係り、服を着せる係りとそれぞれ担当があると聞いた時は気が遠くなった。
自分の下着とか洗ってもらうのも抵抗あるのに、靴を履かせてもらうとか脱いだドレス受け取るだけとか、位の高い人のプライバシーって考慮されないんだなあと気の毒になる。
もっとも江戸時代、大奥に住む位の高い女性たちはトイレに入る時もお付きの人が一緒で世話をしてくれたという話を聞いた事があるから、王妃様にとっては今の暮らしが当然なのかもしれないけど。




