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「今日は少し暑いですから冷たいものにしましょうか」
部屋に戻ったらまずお化粧で三十分。その後神殿でお勉強を一時間。ムースならその後作業を初めても午後のお茶には十分間に合う筈だ。
「そうだな。万里は何が作りたい?」
そういう問いかけはなんかずるい気がするのだけど、アンディ様はたまにこういう言い方をする。
こういう言い方するってことは、冷たい系のお菓子は嫌なんだろうなあ。
「そうですね。じゃあお茶の時間まで秘密です」
「昼食の時間に味見させて欲しいな。デザートに」
あれ? 昼食も一緒に出来るんだっけ? そんな話……そういえば言ってたかも。
「忘れていただろ」
「忘れていません。楽しみにしていました」
いつもは一人だし、アンディ様と一緒なら嬉しい。でも。
「アンディ様、お仕事は大丈夫なのでしょうか」
王子様がどんなお仕事するのか知らないけど、アンディ様はいつもいつも忙しいんだよねえ。
「万里とお昼を食べる時間位はあるよ。気になるなら昼もいつも一緒にしようか」
「大丈夫です。あたしの事は気にしないでください」
初めてアンディ様と会った時の事を夢にみたせいか、なんだか気持ちが落ち着かない。
異世界に来たショックで泣き出したあたしをアンディ様は慰めてくれた。あの時優しい人だと思ったけど、今のアンディ様はあの時以上に優しいと思う。
あたしが寂しそうにしていると、無理に時間を作ってあたしの傍に居ようとしてくれる。
だけど、アンディ様の優しさに甘えてしまうのは駄目なんだ。
「じゃあ、そうしよう。夜は会食等が入るから難しいけど、昼なら都合がつくから」
「え」
あれ、あたし今否定したよね? なんで一緒に食べる事になってるの。
「アンディ様あたしの事は気にしないで下さいって、今」
「大丈夫というのは昼を一緒にするのは問題ないという事だろう?」
大丈夫って、肯定の意味で受け取られちゃったって事か、ああ日本語って難しいというか、神様の翻訳機能が直訳すぎるんだ。きっと。
「いいえ、あの。一緒じゃなくてもいいというか、なんというか」
お昼が一緒なのは嬉しい。
いつもひとりなのは寂しいし。
マリアさんは傍にいるけど、傍にいるだけで食卓についてくれるわけじゃない。
神殿には毎日通っていても、せいぜいホルガーさんとお茶をするぐらいで食事を一緒にする事はない。
「アンディ様はお仕事があるでしょ。あたしの為に時間を作って貰えるのは嬉しいですけど、無理に時間を作って頂くのは申し訳ないです」
お昼は大臣さん達と打ち合わせをしながら食べる事が多いと聞いているし、その予定を変えるのは申し訳ないし、なんか違うと思う。
「万里は何も望まないのだな」
「え」
「いや、わかった。万里が気にするなら今まで通りにしよう。でも今日はお昼と午後のお茶を付き合って欲しい。それはいい?」
困ったような顔で、アンディ様が問い掛けてくる。
「はい、勿論。美味しいお菓子作りますから、食べてくださいね」
何か悪いことを言ってしまったんだろうか。
あたしの言葉に頷くアンディ様の顔がなんだか寂しそうに見えて、ごめんなさいと謝りたくなってしまう。
多分謝るのも違うと思うけど。この顔をさせたのはあたしなんだろうかと心の中で自問する。
「アンディ様、裏庭の花。少し貰ってもいいですか?」
「裏庭? オレンジーニか」
「はい」
紅茶にあの花を混ぜたらいい香りになるんじゃないかな。
乾燥させないといけないから、今日のお茶には使えないけれど。
あの匂い好きだし。ポプリ用にドライにしてもいいかも。
「いいよ。枝で怪我しない様に気を付けて」
「はい。ありがとうございます」
頭を下げて、食事を続けた。




