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「お散歩だめ? マリアさん」
あたしのおねだりにマリアさんは笑顔で頷いてくれた。
「勿論喜んでお付き合い致しますわ。さ、万里様こちらのドレスにお着替えくださいませ。殿下をお待たせしてしまいます」
ホルガーさんはアンディ様と呼ぶけど、他の人は皆殿下と呼ぶ。
最初あたしは王子様と呼んでいたけどそれはどうも可笑しかったらしく、アンディ様に笑いながら名前で呼ぶように言われてそれからずっと名前で呼んでいる。
「はあい。ね、マリアさんもう少しスカート丈短くしたいっていうのはやっぱり駄目なんだよね」
急いで着替えて、髪を結ってもらう。
半年であたしの髪はだいぶ長くなった。
この世界は髪が伸びるのが向こうより早い気がする。
来たときは肩より少し下がる位だったのが、今では背中を覆っているのだ。
こんなに長く伸ばしたのは初めてだ。
「短いスカートは子供か市井の人が着るものですわ」
化粧は朝食の時はしない。アンディ様あたしの素顔を見慣れているし、待たせるよりは素顔のままの方がいい。
「それは知っているけど、歩くの大変なんだもの」
基本お城の中で着るドレスはロング丈だ。日本で言うならマキシ丈。
お城で働く女の人はこのスカート丈でお掃除もなにもかもするのだから凄い。
不器用なあたしはすぐ裾を踏んで転びそうになる。
「それは慣れですわ」
「そうだけど、寝てる時位好きな長さの服じゃ駄目なのかな。せめてくるぶしが出る位」
ネグリジェと心の中で呼んでいる服もロング丈のすとんとした足首を隠す丈のワンピースだ。
寝相はそんなに悪くないけど、パジャマが恋しい。
せめてズボンとお願いしたら、女性はズボンは履かないものだと一蹴された。
最初に作ってくれたネグリジェは、首元にも袖口にも裾にもフリルと手編みのレースが付いているうえに、透けそうな位に布地が薄すぎて、アンディ様に泣きついて変更してもらったという曰くつきのデザインだった。
あんなのを着て添い寝なんて出来るわけがない。黒歴史になってしまう。
「万里様は華美な装いはお嫌いですものね。もう少し装飾があった方が殿下もお喜びになると思いますが」
あたしが派手な服装を着てアンディ様が喜ぶとは思えないから、マリアさんの言葉は聞こえない振りをして部屋を出るとアンディ様の部屋に向かう。
朝食はアンディ様のお部屋で食べる事に決まっている。
寝室の隣にアンディ様の部屋と応接室、朝食用のお部屋があるのだ。
「普通のお嬢様が着る様な重いドレスじゃないだけましか」
今着ているドレスもあたしの好みに合わせて作って貰ったものだ。
既製服なんて概念が一般庶民にすらないこの国では、なんでもかんでもオーダーメイドになるそうで、靴も下着も帽子もなにもかも王室お抱えの職人さんが作るのだけれど、ゴムとかファスナーとか化学繊維が無いせいなのか、向こうの世界とは若干違う装いだ。
昔のお姫様。服飾の歴史の教科書に載っていた覚えのある大げさなマントやレースは十五世紀から十六世紀前半の装いを思い出させる。
トーガを変形させた様なデザインはあたしみたいなチビが着たらカーテンを体に巻きつけて遊んでいる子供になってしまいそうだ。
そんなのは勿論体型的にも着られないし、若い人が最近好んで着ているという胸元を開けて、レースとフリルを沢山つけたデザインも気恥ずかしくて着たくなかったから装飾を削りに削ったデザインをお願いしたら、職人さんたちの顔がみるみる曇って泣き顔になったので、妥協策として出したのギャザースカートとスモッキングだった。
ギャザースカートとスモッキングじゃいきなり時代が異なるけれど、地球とこの世界の服飾の歴史を同じくする必要はないだろうから良いことにした。
足もそうだけど、腕も肘より上を見せる事はないという制限があるとかで、パフスリーブの半袖は却下だったから、丈を長くして、袖口だけを緩いカーブのフリルにしたり
シンプルなギャザースカートを三段にしてティアードスカートにしたり。
スモッキング刺繍の簡単なものを職人さんに実演して見せたら喜んで覚えてくれたのは嬉しかった。
ギンガムチェックとか小花模様とかの布地は無かったけれど、薄手の無地に同色の濃い刺繍糸で施されたスモッキングはとってもかわいくて、ティアードスカートと組み合わせたドレスにしたらちょっとカントリーな雰囲気でこの世界には無い変わったドレスになった。
そこから覚えている限り色々なデザインでパターンをおこした。
高校が家政科で被服を専攻していたから、あたしは簡単なパターンなら自分で起こせるのだ。




