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「万里起きろ朝だぞ」
「う……まぶしい」
「朝、お前の呑気な顔を見るとほっとするな」
アンディ様の呆れた声があたしを起こす。
添い寝役は、今日も寝坊してしまったらしい。
「おはようございます」
むにゃむにゃと眠気眼で挨拶しながら、あたしはなんとか体を起こす。
「鳥の巣」
アンディ様が夢に出てきた。
あたしがこの世界に落ちてきた。なぜかその時の夢を見た。
現実みたいにはっきりとした夢だった。
「すみません。あたしの髪、根性の塊で。アンディ様は起きたばかりでも麗しいですね」
どうしたら起きたばかりでこんなに爽やかでいられるんだろう。
眩しいものでも見る様に、あたしはつい目を細めてしまう。見る様にじゃないか、アンディ様は眩しいくらいに輝いて見える。
なんでこんなに素敵なんだろう。
この世界に落ちて半年。
アンディ様の添い寝役になって半年。
あたしは毎朝毎朝アンディ様の顔に見とれながら目を覚まし、自分の立場を思い出して少しだけ悲しくなる。
アンディ様がもっと不格好で意地悪な人だったら良かったのに。
毎朝毎朝そう思う。
「朝から世辞はいい。呑気な万里の傍で熟睡しているせいだろうな。調子が良いし食欲もある。早く支度して朝食にしよう」
にこやかに笑いながら、アンディ様はサイドテーブルにある呼び鈴を鳴らす。
映画の王朝物の何かみたいに、鈴の音で呼ばれた人達が部屋に入ってくるからあたしはのそのそとベッドから出て華奢な室内履きにつま先をそっと入れる。
「はい。アンディ様。あたしもお腹すきました」
アンディ様と一緒に朝食。
アンディ様をお仕事に送り出した後あたしは神殿に向かう。
それが日課。
アンディ様の都合が合えばお昼や夜も一緒にご飯を食べるけど、忙しい方だから基本的には朝食以外は一人で食べる。寂しいけれど仕方ない。
「おはよーございます。あ、オレンジーニの匂いがする。新しい花にしてくれたんだね、ありがとう」
アンディ様と一旦別れて自分の部屋側のドアを開けるとあたし付きの侍女のマリアさんが鏡の前で準備をして待っていた。
寝室はベッドを挟んで左側にアンディ様の私室。右側にあたしの部屋がある。
本当はこの部屋、アンディ様が結婚されたら奥様の部屋として使う筈だったそうなんだけど、呪いのせいでアンディ様には婚約者すらいなかったそうで、今は臨時であたしの部屋になっている。
部屋を与えられて数日後、あたしが使っている部屋は実は未来の奥様用の部屋だと人づてに聞いて、複雑な気持ちになった乙女心は許してほしい。
聖女様の地位は未来のお妃さまより高いのか、聖女が使っていた部屋ならお古でもいいのか、結婚とかそういう話に部外者が口を挟む事はないと声には出さなかったけど、消化できない何かが胃の中にズシンと重く残ってしまった。
「おはようございます万里様。今日は朝からとてもいい天気なので散歩しましたの」
「それでオレンジーニの花なのか。いい匂い。いいなあ、あたしも後で散歩したいな。マリアさん付き合ってくれる?」
オレンジーニの花は何故か一年中咲いている。
白い綺麗な花だ。
柑橘類の花の形をしてるし、オレンジの花の様な匂いをしているけど実はつかない。
ある日突然花が散り、散った後につくのは蕾、そしてまた花が咲く。
一年中、繰り返し繰り返し咲くからこの花は「永遠」という花言葉が付いていて、プロポーズの時にはこの花を恋人に贈って永遠の愛を誓うらしい。
その話を聞いた時、実が付かない花なのにプロポーズで使うんだなあとちょっと意地悪く思ってしまったのは内緒だ。




