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「この世界の人間の魔力と万里の力は別の物だから。この世界の人間には万里の力は見えないよ。もっとも万里はこの世界の生活魔法が使えないけどね」
「生活魔法」
神様の言葉は何だか説明が多すぎる。あたし取説読まない人間なんだけどなあ。
「明かりをつけたり、水を出したりとか」
「それってこの世界で生きるのに致命的なんじゃ」
「王子の傍にいるなら必要ないけどね。基本的にこの国は上下水道と風呂は完備しているから」
「上下水道! トイレは問題ないって事ですか。良かった」
お風呂とトイレは現代の日本に暮らす人間にとっては、必要不可欠だもん。
無かったら泣いて抗議するところだった。
「お風呂もトイレも大丈夫、言葉はさっき話せたから問題ないし。じゃあ基本的な事は問題ないのかなあ」
魔法なんて使えなくて当たり前だから、使えない不便さが想像できない。
電化製品が無いイメージでいいのかな? それは確かに困るな。
「言葉はお互いに翻訳して聞こえている筈だ。万里の世界にない言葉は音だけで聞こえる。
言い方が違っても、同じものを表す言葉はそれに言い換えて聞こえる」
「便利なんですね」
「万里には頑張ってもらわないといけないから、特別待遇だ」
「文字もわかりますか」
「そこまで甘やかすつもりはない。必要だと思うなら自力で覚えるんだな」
ケチだなあ。どうせならそっちも特別待遇にしてくれればいいのに。
「神の愛だよ。怠ける人間はまともな一生を送らないからね」
「それはそうかもしれないけど、一年しかいないのに」
覚えた頃帰ることになりそうだなあ。
「万里が必要だと思わないなら、覚える必要はないだろう」
「それはそうですけど、この世界本とかないんですか?」
あ、紙とか貴重品だったりするのかな? この世界どれくらい文明が進んでるんだろ。
「本が読みたいの」
「添い寝以外にあたしが出来そうな事があるなら別ですけど、暇つぶしはしたいです」
働きに出るわけにはいかないだろうし、掃除とか料理とか雑用で使ってもらえればいいけど。生活魔法っていうのが使えないらしいし、そうなると仕事させてもらえるかなあ。
「本はあるよ。紙製品というか本はそこそこ高級な部類に入るけど、王子は読書家だからね。本は貸してもらえると思うよ。勉強したいなら王子に頼むといい」
王子にそんな事頼むの気が引けるんだけど、でも文字は読めないと困る気がするしな。
「万里は微妙に優柔不断だね。ちょっと耳かして」
「え。い、痛いっ! 痛いですってば」
な、なんで噛みつくの? い、痛いんですけど。
あたしの耳はご飯じゃないんですけど。
「ごちゃごちゃ煩い万里にお仕置き」
「お仕置きで噛みつかないで下さい。まだジンジンするんですけどぉ」
涙目になって、耳たぶに触れる……と、なんか違和感。
「あれ? 何かついてる」
「外してごらん」
にやりと笑って、神様が耳たぶを指さす。
「外すって、ピアス?」
右の、神様が齧ったあたりにあたる固い感触。
恐る恐る外すと、ブレスレットと同じ素材の丸い石が付いたピアスだった。
「●●○……」
ピアスを外した途端、神様が何を言っているのか分からなくなる。
「え、神様なんて言ってるの。ピアスのせい?」
慌ててもう一度ピアスをつけようとするけど、初めてだから上手くつけられなくてジタバタしてたら神様がつけてくれた。
「万里は、優柔不断で不器用で、ついでに馬鹿なんだね」
酷いことを言われたけど、反論できない自分が悲しい。
がっくりと項垂れて、ピアスは絶対無くさない様にしようと心に誓った。
これが無くなって言葉が分からなくなったら、あたしこの世界で生きていけない。




