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需要があるのかわかりませんが、ぽっちゃりな女の子が、主人公です。
むにっと二の腕を掴まれる気配で目が覚めた。
「アンディ様、また寝ぼけてますね」
はぁぁっと深い溜め息をつきながら、アンディ様の手からそっと逃れて寝返りを打つ。
あたしの背中に張り付いて、アンデイ様はいつもぐっすりと眠ってる。
いつもあたしが眠った後にベッドに潜り込むから、最初からなのか途中からなのか分からないけど、気がつくとあたしの背中に張り付いてと言うか抱きついて、ぐうすか眠ってるのだ。
「寝てても綺麗とか詐欺だ」
体を離して寝顔を見つめる。
普段は気配に敏感なのに、一度眠るとどれだけ声をだそうが起きる気配が無いこの方は、なんとグロリオーサ国の王子様だ。
ある日突然あたしは生まれ育った日本から、この世界に異世界トリップしてしまった。
この世界に来て半年、あたしはずっとこの国グロリオーサに住んでいる。
グロリオーサ。栄光という意味があるらしい。
その昔、勇者と共に魔王を倒した聖女が植えた花の名前をそのまま国の名前にしたそうで、そんな由来があるからなのか、グロリオーサは国中で育てられている。
綺麗な華やかな花だ。
人気がある花だからなのか、日本に流通していたものよりも花の色が多い気がする。
深紅、ベビーピンク、白に黄色。紫っぽいのに濃いピンクまで様々あり色によって花言葉が違うらしい。
華やかすぎてあたしはちょっと苦手なんだけど、聖女様の化身とも言われる花を嫌いと言いきる勇気は取り敢えずない。
「聖女様ってきっとあたしと同じところからきたんだろうなぁ」
この国と日本は、というか地球とは色んな点で違っているのだけど、聖女がもたらした……と言われる物はあたしが日本で親しんでいたものが多いのだ。
それは偶然じゃなく、多分同じ世界から来ているからなんだろうと思う。
「……起きてたのか」
「起こしちゃいましたか。申し訳ありません」
珍しく王子が起きてしまったから、あたしは慌てて謝罪の言葉を口にする。
温厚な人だけど、立場はかなり違うから気を使う。気を使うわりに時々タメ口になっちゃうけど、それは二人だけの時はそうして欲しいと本人が言ってきたせいだ。
「いや、いい。お前のせいじゃない」
そう言いながらアンディ様の腕があたしを抱き込みはじめる。
「寝ろ、まだ朝には早い」
キツくもなく緩くもない力加減で抱き締められて、あたしは仕方なく目を閉じる。
「あったかいなあ、お前は」
「アンディ様も今はあったかいです」
いつもは手も足も、冷たい。
一緒に寝てると体温を奪われる。
「お前が暖かいからいいんだ。眠気を誘う」
「そうなんですかね。あ、アンディ様。寝ながらあたしの腕掴まないでくださいね」
抱き締めらようが腕の肉を摘ままれようが、色気のある展開にはならないことは分かっているし今更だけど、寝ている時にされるのは心臓に良くない。
「そんなことしたか」
くっと笑う気配に瞼を開けるとアンディ様は目を閉じたまま笑っている。
「しました。安眠妨害です」
抱き枕扱いなのは分かってる。
アンディ様の中で、あたしは寝具のカテゴリーに分類されてるんだろうことは十分理解している。
「お前の腕が、気持ちいいのが悪いんだ」
「なんですかそれ」
「こことか、柔らかくて癖になるんだよ。だからお前が悪い」
くくくと笑って、笑いながら二の腕のお肉を摘まみはじめる。
年頃の女の子に対して酷い扱いだ。
「安定の気持ちよさだな。お前痩せるの禁止だから」
むにむにと指先で摘まみ「でも、これ以上太るのもまずいか」なんて酷いことを言う。
どうせあたしはぽっちゃり体型ですよ。
「あたしは女の子だから筋肉無くてもいいんです。それにそんなに太くは……あるかもですけど、本人目の前にして言わなくてもいいじゃないですかぁ。アンディ様の意地悪」
むっとしてアンディ様の腕から逃れ、背中を向けると瞼をぎゅうと閉じる。
どうせスマートじゃないし。
どうせ女の子扱いもされてないし。
どうせ、どうせ。
「怒るな。悪かった」
「怒ってません。眠いだけです」
「そうか」
「アンディ様も寝てください。明日も忙しいんでしょ?」
あたしは一日中暇だけど、アンディ様は忙しい。お仕事が沢山あるんだから。
「明日は昼食も一緒にとろう。そうだ街に下りるか、二刻程なら時間が取れるぞ」
アンディ様があたしの機嫌を取るようにそんな事を言いながら、背中から抱き締める。
こんな体制で耳元に囁かれると、デートに誘われてる様な気持ちになるから困る。
そんな立場にいないのに、期待させないで欲しい。
「久しぶりに街に出るのも良いだろう」
ぷにぷにのお腹に回されたアンディ様の腕が若干気になるけど、それは今更だ。
「街はいいです。アンディ様にお時間があるなら庭でお茶がしたいです。今西の庭が花盛りなんですよ」
あたしはアンディ様の許可がないとお城の外に出られないし、許可があっても一人では出掛けることが出来ない。
街に出掛けるのはとても魅力的なお誘いだけど、アンデイ様の貴重な時間をそんな事に使えない。
「そんな事でいいのか?」
「最近アンディ様が忙しかったからゆっくりお話する時間なかったですし、新作のお菓子も味見して欲しいなあって」
このお城であたしがしてることと言えば、抱き枕になることとお菓子作りだけ、あとはひたすら待機だ。
「お前の作るお菓子は美味しいからな。じゃあ午後のお茶の時間だな」
「頑張って作りますね」
「楽しみにしてる。あぁ、それにしてもお前とこうしてると眠くなる」
それは誉め言葉としていいんだろうか。
女の子なのに。
「良かったです。眠ってください」
疑問を口にしたら屈辱的な答えが返ってきそうで、あたしは「おやすみなさい」と目を閉じた。




