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東方現幻録  作者: カヤ
プロローグ 世界を越えて~Beyond the world
8/29

旅立ち。

 紫と外の世界にやってきて、一週間が経った。

 丸太小屋での一週間はそこそこ大変だった。


 一つは食料事情だ。

 腹が減ってはなんとやら。この小さな小屋に一週間もの食料が備蓄されている筈もなく、俺は山を下りて買い出しに行く羽目になった。

 当然のごとく、俺は外の世界など知る由もない。

 昼飯の材料を買うのに丸一日かかってしまい、紫に心配される羽目になったのだ。


 それと、技術。

 紫が言うには、この世界はハイテクノロジー、つまり科学が異様に発達した世界らしい。

 魔法のような異能の力はフィクションの中だけに存在するという。

 実際にこの目で確かめて、これは本当に人間が作り出した物なのか、と疑う物も多々あった。

 驚きは隠せなかったが、事前に紫にオーバーリアクションは不自然に思われるから控えるようにと言われていたため、少しは自制出来た……と思う。


 その他色々なものが幻想郷とは違っていて新鮮だった。

 幻想郷にあるものでも、全く違う様相を成しているというのも珍しくなかった。

 というより、幻想郷と同じトコロの方が圧倒的に少なかった。


 まぁ慣れてしまえば、この世界も案外どうって事なかったが。

 慣れるのは、得意だし。



 コトコトと鍋が煮立っている。

 中に入っているのはお粥だ。病人用に薄味にしてある。

 味が薄いと文句を言われるかもしれないけど、仕方ないと済ませよう。


 ガスコンロの取っ手をひねり、ガスを切る。弱火でチョロチョロと燃えていた炎はカチッという音とともに消えてしまう。



「いやー……本当このガスコンロっていうのはいいな。火をおこさなくていいっていうのが便利すぎる」



 ガスコンロの使い方は紫に教えてもらった。

 初めは半信半疑だったが、本当に火が点いた時は大層驚いた。


 文明の利器に感心しつつ、俺はお粥の入った鍋を紫が寝る部屋へと運ぶ。

 布団の眠り姫(自称)は、腰を起こして待っていた。



「ほい、お待たせ」

「ありがと」



 盆に乗せた小さな土鍋を紫に渡した。

 作りたてのお粥から白い湯気が立ちのぼり、紫の顔辺りで消えてゆく。



「圭吾が作ってくれるっていうのは嬉しいんだけど、毎日お粥じゃ飽きるわね~」

「病人が文句言うな。一応これでも味付けは微妙に変えてたし、そもそもそんなに食欲ないんだろ?」

「そーだけどね。……はふはふ、ん、おいしい」



 スプーンで土鍋の中身を一口さらい、あちちと熱と格闘しながらも口へと運ぶ。


 ここ数日で、紫は短時間腰を起こす程度なら平気くらいまでになった。

 とはいってもほんの4、5分程度だし、そもそも立てないくらいまで疲弊したのは急激に妖力が失われたせいであるらしい。

 今のこの状態が一応正常であるようだ。


 暫く咀嚼し続けていた紫がふと、手を止めた。



「……ねぇ、圭吾」

「何?」



 俺が聞くと、紫は笑顔で鍋の乗った盆を突き出してくる。



「お粥、食べさせて♪」

「…はぁ?」



 何を言いやがりますかこの人は。



「ほら、最後の一口でしょ。だから、私に食べさせて」

「いやいや、訳わかんないし。さっきまで自分一人で食べてたじゃん。体が動かせられないならともかく、自分で食べられるんだから自分で食えって」



 俺に食べさせる理由がわからん。

 というか、いい年してそんな子供っぽい事要求するんじゃない。


 俺が拒否すると、紫はますます不機嫌な表情を見せた。



「む~~いいじゃない。どうせ後一口なんだから。心配しなくても誰も見てないわよ」

「いや、人の目を気にしてるんじゃなくてさ。その、年齢とかさ。もうそんな事する年じゃないだろ」



 所謂大人と呼ばれる年齢は15歳からだ。 

 俺の年齢は14歳。もうすぐ大人になる。妖怪の紫はもはや言うまでもない。


 お互いそんな年なのに、ご飯を食べさせるなんてなんと子供じみたことか。


 紫は頬を膨らませてぷんすか怒っていたが、突然寂しい表情に変わった。



「……だって、圭吾が旅に出ちゃったら、暫くの間会えないもの。何年後に会えるか、分からないんだもの……」



 紫に暗い陰が下りる。下を向いたその顔は、見てる俺も思わず寂しくなってしまうような、そんな顔だった。



「圭吾、明日出発するんでしょ?なら、私とは暫くお別れになるじゃない。圭吾の言葉、態度、ぬくもり……私を一人にして、どこかに行ってしまうじゃない……」



 ……何だよ、その寂しそうな声は。

 紫が言い出した事じゃないか。

 辛い役目を与えるって、そう言ったじゃないか。

 俺は色んな決心をして、それを受け入れたのに。


 当のお前がそんな顔して、どうするんだよ。



「別に一人は嫌じゃない。けど、圭吾と離れ離れになるのは嫌なの。だからせめて、最後にお粥を食べさせて欲しかっただけなの…」



 突き出された盆はゆっくりと紫の方へと戻された。

 ぼんやりと所在なさげにスプーンを見つめる紫。


 …幻想郷の管理者が、何て顔してるんだよ。


 他の妖怪と相対する時は、何考えてるか分からないような胡散臭い顔してるくせに。

 俺の事となると、態度を豹変させる猫かぶり。

 息子離れできない親バカ。


 でもそれは俺の事を思ってしてくれていることで。

 息子のためにしていることで。



 ……ああ、もう本当に面倒だ。



 俺は紫の手から盆をひったっくり、スプーンを持って口元へ運んだ。



「ほら」

「…え?」

「何やってんだ、早く口開けろよ。最後の一口だぞ。残すの勿体ないだろうが」



 顔の前で見せつけるようにスプーンを上下に小さく動かす。

 紫はキョトンとしていたが、すぐさま笑顔になり、口を開けた。



「ほれ」



 俺はスプーンの皿の部分を紫の口の中に放り込み、紫がくわえたと同時にスプーンを引き抜いた。

 もぐもぐと咀嚼する音がする。

 お粥だからそれほど多く噛む必要もないのに、紫はよく味わうようにゆっくりと噛んでいた。やがて咀嚼物が、ごくんと咽喉を通っていった。



「……美味しいわ」

「そりゃ、さっき食べたやつだからな。ちょっとだけ冷えてたけど」

「ううん」



 紫はふるふる、と首を横に振った。



「今まで食べたものの中で、一番美味しかった。誰が作ったものよりも、今の一口が、一番美味しかった。

 圭吾の愛情が、一杯詰まってたから♪」



 「ごちそうさま」と、笑顔で、それでいて本気で、そんな事を言った。



「そ、そうか」



 あまりにも恥ずかしくて、俺はしどろもどろになった。



「そりゃ、良かったな、うん。あ、お、お粗末さまでした。俺、片づけてくるから!」



 急いで立ち上がり、台所に駆け込む。土鍋をたらいに突っ込み、皿洗い用の布で石鹸と共にゴシゴシ洗い出す。


 俺の顔は今頃真っ赤だろう。火照りを感じるほどだ。



「畜生紫め……愛情とか、軽々しく使いやがって」



 恥ずかしいったらこの上ない。


 紫の優しい視線を感じながら、俺は必要以上に土鍋をこすり続けるのだった。







 翌日。

 旅立ちの日。


 紫の指示通り、紫が作っていた謎の口座でお金をおらし、町で大きめのザックを買い、保存の利く食料品を買い込み、旅に必要と思われる物を次々と買った。

 それらを全部ザックに詰め込み、準備は済ませた。


 そして、出来るだけ多くの知識を紫から教授してもらった。

 細かいところは網羅できないので、大ざっぱに最低限必要なものだけ。

 その他必要な知識は自分で集めようと思う。



「………」



 今の俺の服装は、町で買った登山用の動きやすい服だ。丈夫で軽いため、旅装にぴったりだったのだ。

 今までの俺の服装は着流しだった。それはザックの底でひっそりと眠っている。

 正直、旅装は股引ももひき脚半きゃはんと合羽があればいいかな、と思って紫に相談してみたら、そんな物はもう売ってないと言われた。

 時代の移り変わりを実感した。



「………」



 現在は午前6時。

 初夏のこの季節、この時間帯は太陽が昇り始める季節だ。

 出立にはちょうどいい。



「………」



 ……ところで。

 先ほどから紫が無言の重圧を投げかけてきている。

 俺が起きるよりも先に起きていて、その時から重圧が凄かった。

 そのため、話しかける事も叶わず、俺は一人で少し怯えながら荷物の再点検を行ったのだ。


 流石に、ちょっと辛い。



「………はぁ」



 紫が小さく溜め息を吐いた途端、先ほどの無言の重圧が解き放たれた。

 俺は心中ホッとした。



「行っちゃうのね……」



 重圧はなくなったが、お次は寂寥感満載の呟きだった。



「準備も整ったし、あまり長居し過ぎるのもアレだからな」

「そう、よね……」



 首を回して紫を見た。

 彼女の寂しさは、背中が物語っていた。まるで病気のような寂寥感が凝り固まっているようであった。


 仕方ないといえば、仕方ないのかもしれない。

 義理とはいえ、一人息子が親元を離れていくというのは親としては寂しいものがあるだろう。

 それもただ離れるのではなく、幻想郷を取り戻すために勝手の分からない外の世界に旅立ってしまうのだ。

 いつになるか分からない帰還。

 右も左も不確かな世界。


 不安になるなというのが無理な話だ。



「紫、」

「…ごめんなさい。もう決めた事なのに、いつまでもうじうじ悩んでて」

「…いや、仕方ないだろ」

「それでも、ね。息子が決心してるんだから、親の私が悩んじゃいけないものね。親は、息子を送り出さなきゃいけないんだから」



 もう紫に迷いはなかった。


 幻想郷の管理者として、

 一人の母親として、


 俺を見送る決心をした。



「圭吾、こっちに来て。幻想入りを果たせるように刻印を刻むわ」

「お、おう」



 手招きする紫の元に近づき、左手を差し出す。紫はもう片方の手を俺の左手の甲に翳した。



「───────」



 俺の手の甲に紫の妖力が流れ込んでくる。

 その妖力は俺の体を循環し、染み込むように巡り、やがて再び左手の甲に収斂し始めた。

 紫のなんとも形容し難い妖力が、細胞を透過して皮膚表面に現れ、そこに円を描くように妖力が刻印されていく。

 初めは単円、後に二重円、三重円まで刻まれると、周りに幾何学模様が浮かび上がる。

 刻印は脈打つように、妖しく、淡く紫色に輝く。その紫色は、まるで紫をそのまま刻みつけたように、仄かに暖かみを帯びていた。


 紫の手が俺の左手から離れる。どうやら作業を終えたらしい。

 はぁはぁ、と息を乱し、額には汗が滲んでいる。


 ほとんど無いに等しい妖力を絞り出し、刻印に注いだのだから当然だ。

 ぼすっ、と再び倒れる紫。今回は予期していたから、慌てず済んだ。



「大丈夫か?」

「一応ね……それより、感触は?」



 左手に視線を落とす。

 何だかむず痒い気分だ。自分の左手に何かが乗っかってくっついている、そんな妙な感じ。



「こそばゆい感じ、かな」

「不快感はないのね……?」

「それはないよ。痒いけど、気持ち悪くはない」



 「そっか…」と疲れ顔に安堵の表情。



「それなら、安心ね」

「ああ。紫も、大人しく寝てろよ」

「一体何年寝かされ続けなければならないのかしら」



 くすくすと笑う。俺もつられて笑ってしまう。



「……なるべく早く帰るようにするさ。“宝珠”が五、六個起動したら、こっちに向かうとするよ」

「ええ。お願いね」



 俺はザックを持ち上げて背負った。

 このザックを背負っただけで、まるで幻想の未来を背負ったような、そんな感覚が押し寄せてくる。

 重い。

 中にたくさん入ってるから、重い。

 でも、下ろせない。

 この肩の荷は、下ろせない。


 これは、俺の大事なものだから。



「…行ってきます、紫」



 くるりと玄関に向かって踵を返し、歩いて行こうとすると紫が後ろから呼び止めた。



「圭吾!」

「何?」





「……行ってらっしゃい」





 紫は笑いながら、それでいて悲しそうな。 そんな笑顔を浮かべながら圭吾の出立を祝った。


 そして俺は────



「……行って来ます!」



 紫の分まで笑った。


 さあ、行こう!


 玄関を開き、新たな世界の入り口へと踏み出した。







 かくして少年は旅に出た。

 故郷を、幻想郷を取り戻す為の長い長い旅路へ。

 愛する故郷の為、愛する人々の為。

 故郷で得た全てを取り戻す為に、少年は動き出した。


賽は投げられた。


少年は運命に立ち向かい、時に受け入れ、成長していく。




 これは幻想郷を復活させた、


 あるちっぽけな、


 英雄のお話───────

これでプロローグは終了します。


後は予告を挟んで一章です。


あ、もしかしたらキャラ紹介を入れるかも。

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