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東方現幻録  作者: カヤ
プロローグ 世界を越えて~Beyond the world
6/29

宝珠。

前回に続いて説明分過多。


多分今回の方がわかりにくい。

 “宝珠”。

 耳慣れない言葉だ。

 少なくとも、紫の口から聞いた覚えはない。



「聞いたことないな」



 俺は率直に述べた。



「まぁそうでしょう。一般には知られてない代物だからね」

「その“宝珠”が幻想郷を守ってくれるのか」

「“宝珠”の役割は、結界。“宝珠”とは私と博霊の巫女が作成した結界の凝縮体。

 要するに、私の結界と博霊の巫女の博霊大結界をコンパクトにまとめた代物。幻想郷に張られてある博霊大結界と同じ働きをする物なの。

 勿論規模は小さいし、出力は当然の如く本物よりも劣るのだけれどね」



 だからこその、保険。

 幻想郷を守るための最終防衛ライン。



「その“宝珠”を幻想郷のあちこちに置いて、そこの土地の有力者、または支配者に厳重に管理してもらったの。流石に、私一人が全ての宝珠を監視する訳にもいかないからね。

 考え得る最悪のケース、幻想郷が崩壊するような事があってもこの宝珠が発動すれば、簡易的なものでしかないけど博霊の結界が発動して一部地域を覆ってくれる。幻想郷を守ることが出来るの」

「一部だけなのか?」

「ええ、一部だけ。簡易のものだからね」



 ふぅ、と一拍。

 長い台詞を吐いた紫は少し、疲れが見えていた。



「その“宝珠”が幻想郷を守っていたのはわかった。宝珠の防衛機構が発動したら一時的に幻想郷は守られるんだな」

「ええ。……ちゃんと起動すれば、ね」

「……え?」



 紫が、何やら不吉なことを言った。

 起動すればって、まるで起動していないような言い方……


 いやいや、今の話の流れからして“宝珠”は起動してないとおかしいだろう。

 何たって“宝珠”は保険だ。保険が働いてないんじゃ、全く意味はないではないか。


 そういった意味のこもった視線を投げかけると、紫はばつが悪そうな顔をした。瞳は不安げに揺れている。



「……実は宝珠はひとりでには発動しないの。私か博霊の巫女が宝珠の起動印を発動しなければただの光る玉でしかない」

「…まさか、宝珠を発動出来なかった…?」

「…………ええ。それに、発動だけでは意味が無いの。

 宝珠は宝珠同士が結合することによって、その真価を発揮する。宝珠を起動させるだけでは周囲を覆う結界だけしか発動しないの。

 …あぁ、説明し忘れてたんだけど」



 紫が、思い出した、といった表情を見せる。



「実は今、幻想郷は元の幻想郷のままじゃないの」

「どういう意味?」

「現在の幻想郷は、バラバラになってる」

「……は?」



 バラバラ?

 どういう事。



「狭間に幻想郷を移した時に、幻想郷はバラバラになったの。自身の大きさに耐えかねてね」

「それって……ヤバいんじゃないのか?」

「勿論、非常にマズい。だからこその“宝珠”だったんだけどね……」



 あ、そっか。

 紫は狭間に幻想郷を投げ入れた時、こうなることを予想していたのだ。

 だから、“宝珠”を保険とした。

 けど、それは発動せずに終わってしまった。


 ……いや、これはかなり危険なのでは?


 保険としていた“宝珠”が起動しなかったって事は、幻想郷は今野ざらし状態な訳だ。


 狭間といえど、決して安全ではないに違いない。

 何故ならそこは元々幻想郷があった場所ではないから。無理やり詰め込んだみたいなものだ。

 それがどうして安全と言えよう。

 水が限界まで入った桶に石を入れるようなものだろう。



「今は私自身が結界を張って何とか保ってる状態。博霊大結界まではいかないけど、一応機能してるわ。ま、そのせいでこんなナリなんだけど、ね」

「じゃあ、紫が倒れたのって…」

「力の使い過ぎね。幻想郷がいくら広くないって言っても、一つの巨大な土地を賄いきれる程、私も万能じゃないしね」



 紫が倒れたのは、病気とかそんなんじゃなかったのか。

 少し安心した………………いや、


 安心なんて、出来る訳がない!



「紫が倒れたのは、力の使用過多なんだろ?じゃあ、幻想郷が狭間にある限り……」

「私は寝たっきりね」



 そん、な……


 紫は幻想郷が危険に陥らないために常時、力───多分妖力だ───を使っている。それも、ぶっ倒れるくらいに。

 そして、その力は常時使われるため、回復する事はない。

 ───つまり、今のこの寝たきり状態が続く訳だ。



「紫が、責任を全部背負い込んでるってのかよ……!」



 幻想郷という大きな荷物を一人で背負っている。

 こんな小さな背中に、俺一人くらいしか乗らないような背中に、だ。

 そんなの、そんなのって……!



「圭吾」



 ちょっと強めの語調。

 紫は諭すような顔で俺に言った。



「勘違いしないで。私は貴方の母親である以前に、幻想郷ここの管理者よ。私に責任があるのは当然の事よ」



 ……そうだった。

 紫は、管理者なんだ。

 博霊の巫女と共にある、幻想郷を守護する者。

 俺の母親という事よりも、ずっと大事なものだ。


 いつも俺の事を思いやってくれていたから、俺が一番であるのが当然だと錯覚していて。

 そんな事、ある筈もないのに。



「……ごめん、勘違いしてた」



 紫はふるふる、と小さく首を振った。



「心配してくれて、嬉しいわ。私も、母親冥利に尽きるもの。怒るように言っちゃってごめんなさい」



 ぺこりと小さく謝罪。

 いつもの、紫の優しい笑顔。



「話を戻そうか」



 紫はクスッと笑った。



「バラバラになった幻想郷は、“宝珠”が起動しないことには、元には戻らない。だから、誰かが“宝珠”を起動する必要があるの」

「でもさっき、起動は紫か博霊の巫女じゃないとダメだって…」

「そう。でも私は動けない上に狭間には妖力切れで行けない。博霊の巫女……霊夢は崩壊に巻き込まれちゃったからね、どうしようもないの」

「じゃあ……」



 どうすればいいっていうのだ。

 紫もダメ。霊夢もダメ。

 打つ手なし、八方塞がりじゃないか。



「だからね、圭吾……貴方を連れてきたの」

「…は?いやいや、俺は無理でしょ。さっき自分で言ったじゃん」



 紫か博霊の巫女じゃないと無理だって。



「実はもう一つ方法があるの。私の能力の一部を渡して、代役として“宝珠”を起動してもらうの」

「そんな事、可能なのか?」

「ほんの一部だけならね。圭吾なら大丈夫よ、保証付き」



 紫はニコッと笑った。嬉しそうだ。


 だが……俺はここである疑問が浮かび上がった。


 別に俺じゃなくても良かったんじゃないか?


 という事だ。

 相応しいやつなら幾らでもいる。人間っていう制約があるなら、別に魔理沙でも構わないだろう。

 魔理沙の方が、絶対適任だろうし。何たって魔法が使えるんだから。


 俺は……そういう魔法とか、異能の類は一切使えない。


 スペルカードは一枚だけあるが……これは護身用の最終手段としてしか使えない。色々と制約があるから。


 こんな無能力な俺よりも、ちょっとは異能に関してかじっている魔理沙、別に霊夢でも良かったんではないか、と思う。



「別に、俺じゃなくても良かったんじゃないか?」

「え?」

「俺には何にも力がない。こんな俺より、他の適任のやつが幾らでもいただろ?霊夢だって崩壊に巻き込まれたとか言うけど、紫なら助けられた筈だ。現に俺はこうしているワケだし」

「……」



 俺をあの場で無視して、真っ先に霊夢の所に行って助けるという選択肢もあった筈だ。 

 というか、そっちの方が明らかに合理的だ。

 合理主義である紫が可能性の高い選択肢をわざわざ潰すなんて、らしくない。



「助けてもらってこんな事言うのもなんだけど、俺じゃない方が良かったんじゃないか」



 幻想郷的に。

 いや、紫の善意を無碍にしたい訳じゃない。

 あくまで仮定だ、仮定。


 紫は、布団で顔を隠した。

 握っている手が、ギュッと強く握られるのが見えた。



「……私だって、そう考えたわ」



 紫の声は、予想以上にか細い。



「そうする方が、幻想郷のためとも、考えた」



 けど、と紫は言う。



「……私は非情になれなかった。目の前の息子、圭吾を置いて、違う誰かを助けにいくなんて、出来なかったの!」



 今までとは違う、心のこもった呟き。



「幻想郷のためじゃないって、思ってた!けど、無理よ……!圭吾を置いていくなんて、出来る筈がない…!」

「…!」

「圭吾を助けた後、私は言い訳をしてた。圭吾のため、息子のためって。私は、圭吾を言い訳のだしに使った、最低の母親よ……圭吾は私のために思ってくれたのに、私は、本当に、最低最悪ね……」



 布団を被ったまま、紫は言った。

 今も、布団の端は強く握られたままだ。


 紫は……こんなにも考えてくれていた。こんなにも悩んでくれていた。

 母親としての行為に、自責の念を感じながら。

 幻想郷と俺を天秤に掛けてくれていた。

 さっきは自分よりも幻想郷が大事だと言いながらも、結局は俺を選んでくれた。


 俺は、嬉しかった。

 こんなにも俺の事を考えてくれて、嬉しくない訳ない。

 ちょっと照れくさいけど。

 時々口うるさくもあるけど。

 親バカって思う時もあるけど。

 それでも嬉しい。


 だけど、照れくさいから、俺はついつい心にもない事を言ってしまう。



「……ばーか。別に、いいよ。気にしないさ」

「圭吾……?」

「幻想郷が大事だろうと、俺が大事だろうと、どっちだっていいじゃん。てか、選べるもんでもないだろ。一々そんな事で悩むなよな」



 紫が布団を自ら払った。

 紫色ヴァイオレットの瞳は僅かに赤く、涙が流れた痕が残っていた。


 紫は一瞬キョトンとしていたが、後にクスッと笑った。



「そう……ね、そういう事にしておくわ。悩んでも、もう起こっちゃったもんね」

「そうだぜ。それにお前は病み上がりなんだから、余計な心配事はするな」

「ふふ、そうね。ありがと、圭吾」

「ん、どういたしまして」



 じかに褒められると、やっぱり照れくさい。

 でも、なんか悪くないな、と思ったのだった。

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