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東方現幻録  作者: カヤ
1章 紅の館と得た力~Fight time after time
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目覚めかける、新たな…

 午後の暖かな日差し。

 儚く散っていく桜の花びら。

 若干肌寒く感じる風の気まぐれ。

 俺は屋敷の縁側で何をするでもなく午後の微睡み(まどろみ)に身を任せていた。ぶらぶらと所在なさげに揺らす足は地面に到達しておらず、心なしか短く感じる。床板につけている手も、まるで子供の手のひらのように小さくぷっくりとしていた。

 羽織っているものも、俺が今着ている現代風なTシャツなどではなく、紺色の着物に少し色を抜いた帯を巻きつけている見慣れた部屋着であった。それも、俺がついこの前まで着用していたものではなく、記憶に違いがなければ俺が小さな頃に羽織っていた着物に違いない。


 これは過去の俺なのだろうか―――


 そう考えて結論を出せるほど、今の俺の頭ははっきりしていなかった。まるで夢現のような、微睡みから覚めたばかりの覚醒前の状態のような、とにかくボーっと景色を眺めているだけの状態に近い。

 はたして俺は今どの視点で俺を眺めているのだろうか。俺は俺なのだから、この目の前の俺から見た景色がこの景色であるのが一般論なのだが、どうもそれにしては俯瞰的にものを見ている気がしてならない。

 たとえるなら―――そう、幽体離脱の状態。抜け出した俺の魂が自分の体を上から見ているのだ。

 自分自身を己が見る。なんとも言えない不思議な感覚だ。

 とは言いつつも、俺は俺自身(・・・)を認識できていない。ただ目の前に小さな()がいて俺はそれをボーっと眺めている、ただそれだけ。それ以外のことはできない。そもそもそれ以外のことをしようと思う気さえ生じてこない。


 ただ、見ているだけ。

 観察するように、眺めるだけ。


 やがて目の前の切り取られた絵画のような景色に、変化が生じる。

 縁側の奥の間、畳が敷かれた一室の向こうから人が()に向かって歩いてくる。物音をほとんど立てていない優雅さが滲み出ているその挙動に()が気づき、体をぐるりと半回転させる。



「―――、」



 その人はどうやら女性らしい、がその人が誰なのかということは分からなかった。なぜならその女性の首より上は白い靄がかかっていて誰かと判別することができないからだ。

 それでも与えられた情報からある程度は分かる。子供の()より高い身長から大人の女性ということは間違いない。歩く動作に優雅さや気品の高さが窺えることからそれなりに高い身分、もしくはそれ相応の教養を蓄えた人物ということが分かる。

 黒を基調としてそこに赤や黄色、薄桃色など華やかな菊や牡丹の花が散りばめられていて、白い帯には一羽のメジロが細木に留まっている様子が描かれており、全体的に華やかであってそれでいて落ち着いた感想を抱かせる。



「―――」

「何もしてないよ。桜を見てたの」

「―――、――」



 女性が()に話しかけ、()が短く答える。女性は僅かに笑った様子を見せ、膝を折って()の横に座した。

 座ってみても()と女性の身長差は明らかで、むしろそれが助長されているようにも見える。女性もそれほど高い身長ではないはずだが、如何せん子供の頃の俺は背が低く近所の年下の子よりも背が低かった。最近になってようやく背が伸び始めたという有様で、子供の頃から俺はずっと年下扱いされていたのだ。



「―――」

「…いいもん、別に」



 女性の発言に()はどうやら機嫌を悪くしたらしい。ふんと子供っぽくそっぽを向いて女性の顔から視線を避けようとした。

 しかし女性の方が、どうやら子供の扱いには手馴れているらしい。そっぽを向いた頭に手を置いて撫でるようにして抱き寄せてきたのだ。

 ()は始め「むー!」と言って女性の拘束から抜け出そうとしていたが、子供の力で大人を振りほどけるはずもなく、やがて諦めて女性のされるがままになるようにしたようだ。

 女性の()を撫でる手は慈愛に満ちていて、可愛いものを愛でるような愛おしさが滲み出ているのさえ見ているこちらからも分かった。推測だが、女性の顔は途方もなく優しい顔をしているに違いない。

 対して()はと言えば、嫌嫌そうに口元をへの字にしているが、それでも決して頑なには拒絶していないところから嫌というわけではないのだろう。子供の頃の男の子というのは多感な時期で、それがたとえ母親であっても女子に対して敏感になる年頃なのだ。


 まあ、つまり恥ずかしいと思っているわけで。


 俺自身を見ているのにもかかわらず内心ニヤニヤしている俺をよそに、二人は俺には理解できない会話を広げていく。



「―――」

「だって、家がいいもん」

「―――」

「…たまには、それでもいいよ」

「―――」

「おとなりの? …また今度」



 拾えるのは()の声だけで、どうしても女性の声は聞こえなかった。それでも会話の断片から小さな俺が女性の頼みを尽く断っていることは何となくわかる。


 ……一体、女性は誰なんだろう? 俺と親しげに話しているから誰か俺と近い立場にあることだけは分かるんだけど……。

 何だろう。

 ひどく懐かしい気がする。


 そこまで思考が及んだとき、不意に景色が狭まっていくのが分かった。視界の端っこを覆っていた白い靄が、()と女性のふれあいの一場面に届こうとしているのだ。

 遠ざかっていく。

 狭くなっていく。

 白い靄に今にも包まれそうになっている俺の古い記憶が、また再び眠ろうとしている。


 直感で分かった。

 夢が、覚めるのだ。


 このどうしようもなく懐かしい記憶は俺の夢で、俺は現実へと帰還しようとしているのだ。

 覚醒から逃れることはできない。夢はあくまでも夢、現世とは隔絶した場所なのだから。

 そんなことが分かっているから、俺は別に覚醒から足掻こうとはしないし、これ以上夢を探ろうという愚行を犯すつもりはない。

 夢は、主観で見ることは叶わないのだから……。


 俺は、浮力を取り戻した船のように、きらきらと輝く水面へと昇っていく。

 ぽこぽこと溢れる泡は、記憶の泡沫。空気の代わりに夢が詰まっているのだろう。俺を追い越し先に浮上した泡沫は水面にたどり着くと、まるで限界が訪れたシャボン玉のようにパチンと呆気なく砕ける。夢が現実に帰還したのだ。

 もう水面までまもなく。弾けて覚めるその瞬間に、俺は最後まであの女性のことを考えていた。







「でえぇぇえぇいっ!!」

「ごっ、ぶほぉーーー!」



 突然腹にもの凄い衝撃を受け、俺はその痛みで強制覚醒せざるを得なくなった。これまで感じたこともない新鮮な衝撃。胃の中身はおろか胃袋そのものを吐き出してしまいそうな新感覚を味わいかけた俺は、とりあえず口は閉じなければと半ば気合で口を閉じる。



「ぐ、げほっ、げほっ……!」



 閉じようと思ったが、残念ながら肺は空気を欲しているようで体を曲げたまま肺の中身を交換するように苦しく咳き込む。何度も何度も咳き込み、ようやく一息つけたかと思うと今度は腹に受けたダメージが俺を襲ってきた。



「……鳩尾、ダメ、絶対………」



 痛むのは人間の共通の急所、鳩尾だった。猛烈な痛みに目尻から涙がほろりと流れ、それを拭き取る両手も殴られた鳩尾を撫でるのに精いっぱいだった。

 一体誰がこんなことを、と涙で視界がぼやけている目を何度もパチパチ瞬きさせてなんとか視界を確保する。痛む鳩尾を抑え再び瞑ろうとする瞼を、犯人を瞼に焼き付けてやるという執念で開き、俺は目の前にいるであろう犯人を目に焼き付けた。



「あ、圭吾、やあ~~っと起きた」

「ふ、フランか……?」



 そこにいたのはけたけたと面白そうに笑いながら指をさすフランであった。彼女はまるで悪戯が成功したと笑う子供のように、意地が悪そうに「ニシシ」と笑うのであった。

 対して俺といえば突然何が何やらでわけも分からないままに鳩尾に一撃をもらって少しばかり不機嫌だった。



「何だよフラン。最近は寝起きに一撃をお見舞いするサービスが流行ってるのか?」

「少なくともそのサービスは圭吾にしかやったことないけど?」



 キョトンと小首を傾げるフラン。この野郎、こいつこれっぽっちも自分が悪いことをしたと自覚してねえな……。

 フランに善悪を説いても無駄だろう、そう早々と結論づけた俺はまだじわじわと痛む鳩尾をさすりながら上半身を起こした。

 そこで俺は自分の置かれた状況にまたもや疑問を抱くことになった。



「あれ……ここ、どこ?」



 そこは見慣れた俺の部屋ではなかった。

 七畳ほどの小さな部屋全体赤い壁に覆われ、はめ込みの窓が一つ申しわけ程度に設置されている。窓の外は黒一色に染まった暗闇だ。部屋の中には俺が寝ていたベッド以外家具一つなく、ベッドの横に小さな燭台とそれを乗せるための台があるだけ。蝋燭は部屋の壁にいくつもかかっているため光量に困ることはなかった。

 あまりの景色の変貌、突然の出来事に俺は困惑した。何が何やら、俺の記憶にないことばかり起こって頭の整理が追いつかない。



「紅魔館の一室だよ。圭吾、もう二日も眠っていたんだよ」

「紅魔館…? 二日も…?」



 フランの言葉に、俺の頭は急速に冷えていくのが分かった。二つの単語を咀嚼し、混乱した記憶をたどって一本の線を描き出す。



「……そうだ。俺は、紅魔館に来て“影”と……!」



 そこまで記憶をたどったとき、霧がかっていた俺の記憶は全て一つに集合した。晴れた視野のその先に見えたのは、“影”との死闘であった。

 俺の最後の記憶。それは暗い地下室で“宝珠”を起動し、そして意識を失ったことだ。起動のために俺は“宝珠”に触れ、そして吸収される魔力を制御した。初めての魔力の操作に戸惑って、でもパチュリーの的確な指示のおかげで俺はきちんと“宝珠”を起動することができたのだ。



「それで……“影”はどうなったんだ?」



 最後の最後で、俺はパチュリーに結果を聞いて倒れた。成功したらしいけど、もっと確実な情報が知りたかった。あの騒動から二日が経った今なら分かるだろう。



「いなくなったよ。圭吾がやったって、お姉様が言ってたよ」

「……そうか」



 それなら、良かった。

 パチュリーの「“影”と幻想郷崩壊の関連性」の推測は、どうやらは当たっていたようだ。見事に的中して“影”を殲滅してくれた。

 そこまで考えると、俺はこの騒動を解決してくれたのは俺なんかじゃなくてパチュリーなんじゃないかという考えが脳裏をもたげた。実際問題、俺はただ“宝珠”の存在とそれの起動をしただけで、起動するにしてもその行為と“影”の殲滅の関係性を結ぶことは到底できなかった。

 フランが無邪気な笑顔で笑って褒めてくれているが、俺は素直にその笑顔を受け止めることはできなかった。けれど、フランの純粋な思いを汚すこともしたくなかった。



「俺だけじゃないさ。皆が頑張って一つになって目的を成し遂げようとした、その集団の力が今回の成功を導いてくれたんだ。だから、今回の功績は、皆の功績さ」

「……あは。圭吾って、シュショーなんだね」



 そうかな、と曖昧な返事をした俺は被っていたシーツを取り払う。それに合わせて俺の上に乗っていたフランも「よっと」と軽いつぶやきでベッドから飛び降りて床に両足着地した。



「お姉様から伝言。『早く起きないと今晩のディナーにするわよ』……確かに伝えたからね~」



 フランはやはりけたけた笑うと小走りで部屋から去っていった。廊下を走る靴音が残響となって消えていくまで、俺はじっと身動きを取らないでフランが開け放っていったドアをぼんやりと眺めていた。

 何の装飾もない簡素な造りの扉はごてごてと無駄に飾りつけた代物よりは幾分マシだ、とかどうでもいいことを思いつつ、「…ディナーは勘弁だな」と苦笑を漏らしてベッドから降りる。真下に綺麗に整頓されて置かれていた俺が向こう(外の世界)で買ったスニーカーを履き、やはりまだ履きなれない若干の違和感を抱きつつそれ以外の俺の持ち物は無いことを確認して部屋から出ようと立ち上がる。



「……っ?」



 ぐらっ。


 一瞬、立ち眩みのような、視界が一瞬暗転する症状が現れた。そのまま倒れるほど体力がないわけではないので足を踏み込んで耐える。が、たたらを踏んだ後も先程の奇妙な感覚は消えなかった。胸の内からせり上がってくる何か、けれど決して外には漏れずに体内を絶えず循環していく血のように脈動する何か。これまで覚えたこともない感覚に俺は内心戸惑いを隠せずにいた。



「何、これ」



 しかしながら、それは気持ちの悪いものではなく俺の体の一部として、絡繰りの一部として巡っているようだ。体の中心から指の先まで、本当に血管のように細部まで行き渡っていた。

 ただし気持ち悪くないといえど、奇妙に思う感情だけは取り除けない。確かに俺の体なのに、俺の体とは思えない奇妙な感覚……とでも言えばいいのだろうか。間違い探しをしているようで、一見俺の体に見えても実は別物だった、ような。

 身体検査をするように体をペタペタまさぐっても何も変わっていないし、体のどこも異常は見られない。ただ奇妙な不安感だけが俺の胸の内を燻っているだけなのだ。



「とりあえず、変な感覚だけど……行くしかないよな」



 ただでさえ二日間も眠っていた身なのだ、これ以上遅くなってしまえば本気でディナーの一品に加えられかねない。それだけは絶対御免こうむると、ぶるっと背筋に冷たい汗が通る。

 俺は奇妙な感覚を体内に宿し、小走りで急いだ。無駄にだだっ広い紅魔館の暗い廊下に、俺はもう既に慣れていたのだった。

最近筆の調子がいい……気がするのはきっと夏休みだから。暇だからですね分かります。

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