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東方現幻録  作者: カヤ
1章 紅の館と得た力~Fight time after time
28/29

紅影:戦いの終幕

長くなった……いつもの三倍くらいある。

「いい? 作戦はこうよ」



 俺は幻想郷の現在の事実を皆に告げた。

 幻想郷の崩壊。

 最初皆は半信半疑だったが、俺が紫から聞いた事実だと言うと思いのほかあっさりと納得してくれた。俺が外の世界の奇抜な服装をしていたことも要因かもしれない。

 俺がここ紅魔館に来たのは、かつて幻想郷を包んでいた博麗大結界の簡易版である“宝珠”を起動して幻想郷を元の形に戻すためであり、各地に配置された“宝珠”を探しに来たためだ。“宝珠”は幻想郷の各地の力の持つ妖怪ないし人間に渡されており管理を信託していた。

 信託とは仰々しいが、つまるところ預かってもらっていただけにすぎない。

 その“宝珠”の有無をレミリアに尋ねると彼女は確かに持っていると告げた。

 形は球状で手のひらで包み込むのがやっとのサイズで、くすんだ灰色をしているらしい。

 渡された当時、ただ預かっているだけでいいと言われたレミリアは下手に断ることもできずこれを持て余していたらしい。胡散臭い容貌の妖怪から謎の品を渡されたらしいからだという。

 まあ結局彼女が“宝珠”を所有していることは分かったので、この事件が終息した暁には“宝珠”を渡してほしいと俺は彼女にそう告げたのだが……。



「全力で“宝珠”があるところまで行く。それだけよ」



 俺はそこでパチュリーから興味深い仮説を突きつけられた。



『その幻想郷崩壊。この“影”と何かしら関係があるのじゃないかしら』

『何か……とは?』

『自然には壊れるはずのない幻想郷が壊れたのは明らかに人為的な力が働いたからでしょう? 誰かが悪意を持って幻想郷に攻撃を仕掛けた結果がこのありさま……』

『! つまり、この“影”は、誰かが送って来た刺客ってこと……!?』



 俺はその仮説に目から鱗が出る思いだった。

 俺は、幻想郷が崩壊した事実と結果ばかりに目が向いていて、原因を知ろうとは考えもしなかった。いや、今になって思えばどうしてそのことを考えなかったのか不思議で自分が馬鹿らしく思えてくる。

 紫が倒れたのは、誰かの攻撃によるもの。間接的なものだが、それでも紫を病床に伏させることに成功している。紫が倒れたことは幻想郷が堕ちたことも同然なのだから、その攻撃を放った誰かは実質勝利に近い成果を得ている。

 もっとも、それをすんでのところで紫は回避して見せたのだが。



『幻想郷崩壊と関係あるのなら。今貴方がやろうとしている幻想郷復活措置、それはこの事態の収拾に関係あるのじゃないかしら』

『なるほど、それは確かにありそうね。今回の騒動はあまりに唐突過ぎるし、幻想郷を破壊した張本人がこの“影”を送り込んできたのなら辻褄は合うものね』

『裏付ける確固たる証拠は無いけれど、そう見てまず間違いないわ』



 俺は主に展開されていく二人の会話の中で所々参加しつつ、具体的な方針を決めていった。

 その結果打ち立てられたのは先程レミリアが言った強引に道を開いていく作戦で、おおよそ作戦とは呼びがたいものではあったが、火力をものに言わせたこの方針が一番確実ということになったのだった。細々とした作戦は必要なかった。



「私とフランで戦線を開く。“宝珠”が保管されている地下食糧庫までひたすら駆け抜ける。スピードは一番足の遅い圭吾に合わせて、美鈴と咲夜は圭吾の護衛、パチュリーと小悪魔は撃ち漏らした“影”の迎撃。いいわね?」



 形としてはレミリアとフランが先頭。撃ち漏れを迎撃するパチュリーと小悪魔。そして咲夜さんと美鈴に守られるように俺という配置だ。

 攻撃力皆無の俺が最も安全な場所に位置し、“影”の危険に晒されないようになっている。何もできない歯痒さはあるものの、今回は俺にも役目があるのだ。



「圭吾、この騒動の終着の要は貴方よ。圭吾がきちんと“宝珠”を起動とやらすれば、収まるはずなのだから」

「……お、おう」

「道中は“影”の攻撃を受けないことを最優先で考えなさい。どうせ何もできないのだから、他のことなんて考える必要はないわ」

「……分かってるよ」



 レミリアのキツめの一言をもらい、俺たちは隊列を整える。フランは未だにパチュリーが張った魔法の壁の向こうで戦っている。壁が解かれ次第レミリアがすぐにフランに伝える算段になっているが、作戦自体単純なためすぐに理解して隊列に加わってくれるだろう。

 レミリアが行動開始の秒読みを始めた。



「圭吾さん」

「ん?」



 レミリアの秒読みが続く中で、俺の隣で壁が解かれるのを待っている美鈴が俺の肩を軽く叩く。



「お嬢様は、あれでも圭吾さんを気遣っているんですよ。無駄に血を流すのは誰でも嫌ですからね」



 美鈴は俺に微笑みかかけてくれた。



「……どうかねぇ」

「付き合いが長いですからね、お嬢様とは。これでも色々と分かるんですよ。……気を張り過ぎないようにね」

「………」



 「それじゃ」と軽く手をあげて場に戻る美鈴。まさか、俺を気遣ってくれたのだろうか。

 …確かに、少し気を張り詰めすぎていたかもしれない。これまで味わったこともない事態に、無意識に気持ちが昂っていたのかもしれないな。

 レミリアも美鈴も、言葉と態度は違うもののそういう俺を窘めようとしてくれていたのだろう。



「……よし」



 絶対成功させなければならない。俺が気にするのは最後の仕上げ、“宝珠”の起動。これさえ上手くいけば“影”どもは消滅するかもしれない。勿論推測の域を出ないから、警戒は怠らないようにする必要はあるが。

 紫が望み俺に託した幻想郷の行方。

 これからどうなるか、皆目見当もつかない。紫でさえ想定できなかったのだから、これから起こるであろうことなど想像するだけ無駄なことだ。

 俺は特段頭がいいわけでも、武技に秀でているわけでもない。人里に住んでいるちょっと家庭環境が特殊な一般人でしかない。妖怪のように己の進むべき道を切り開いていくような特殊な力を持っているわけでもない。

 自分自身を守ることさえも、覚束ない。ましてや他人など言うに語らず、だ。


 でも、だからこそ―――


 自分で決めたことぐらいは、貫き通したい。

 取るに足らない矮小な矜持を、死ぬ気で守りたい。

 それこそが自分がここで生きていたという証明になるから―――



(まずは一つ目―――)



 さあ、幻想郷復活への一歩を進もうか―――

 紫の大切な幻想郷を守るために―――







 窓のない薄暗い廊下をひたすら駆けていく。幸いにして持久力には自信があるから多少走っても体力がすぐに尽きることはないだろう。

 農作業のみならずあらゆる作業を手伝っていると自然と体力が身につく。鍬で土を掘り起こしたり開墾作業に従事したり、林業の手伝いで切り倒した真っ直ぐで重い木を運んだり、時には収穫物を搬入先まで運んだり、とにかく普段の俺の生活は重労働なのだ。

 今の季節は田植え程度しか仕事がないから、俺は人里であらゆる仕事に着手している。仕事を頼まれれば何でも請け負ういわゆる何でも屋を生業としている。仕事の内容は多様を極め、先の農作業はもちろん個人の落とし物探しから子供の遊び相手、店番に振り売り食材調達からできる範囲なら苦労は厭わない。

 春秋が最も多忙を極める時期で、それは田作りと収穫の時期であり、常に人材不足で人出は多いことに越したことがないからだ。その時期は俺はあちらこちらに引っ張りだこで休む暇さえなく仕事に駆り出され、常に手と足を動かし続ける羽目になる。

 人里自体に俺のような便利屋扱いの何でも屋の存在がない。それは皆己の生活、自分自身のことに手いっぱいで他人を気遣うような余裕が無いからである。どだいあったとしてもその余裕を他人のために尽くすくらいなら少しでも利益を得るために奔走した方が何倍も利口な生き方である。

 それなら何故そんなことをしているのかと問われれば、それが性分としかもう俺には答えようがない。自分を犠牲にしようとは思わないまでも他人のことを常に意識してしまうのはもはや変えようのない俺の根幹をなす原理なのだ。

 まあ、その痛い事実をレミリアにダメ出しされてしまったのだけど……。


 俺は思索の海から思考を現実へと引き戻し、再び目の前のことに意識を集中させる。するとすぐに橙色に輝く火の粉の燐光と赤紫色に発光し迸る小さな稲妻が目に飛び込んできた。



「レーヴァテインっ!! うりゃー!」



 高級そうな赤いカーペットが敷かれた地面を走る咲夜さんと美鈴と俺。それに対して空中を飛翔し続けるレミリアとフラン、パチュリーと小悪魔。咲夜さんと美鈴は当然飛ぶことができるが、俺の護衛役として飛べない俺に足並みを合わせてくれている。

 翼があるレミリアとフランはともかく、俺と同じ人間であるはずの咲夜さんは一体どうやって人間が根源的に夢見る空を飛ぶことを可能にしているのだろうか。

 俺がそんなこと思っている間にも、敵の攻撃とそれに対するこちらの迎撃は止むことがない。フランの身長からは想像できない長大な炎剣が軽々と振り回され、目の前にいる“影”が成す術無く打ちのめされていく。ごおぅと炎剣が振るわれた後にはそこには“影”の欠片も残されておらず、そこには火の粉の残り火の軌跡がきらきらとまるで星々のごとくきらめいて消えていくだけであった。

 フランの炎剣は大図書館を出る前から何度も見ているが、その迫力は未だ俺の胸の中で色褪せずにいる。空気ごと焦がすのではないかと疑うほどの熱量、跡形さえ残さない暴力的なまでの破壊力。そしてそれをけらけらと笑いながら扱うフラン。

 人間にとっては狂気じみているとしか思えないそれは、何故か俺にはそうは感じられずむしろ頼もしくさえ感じてしまうのはおそらく普通の人よりはそういうのに慣れているからであろう。時折博麗神社で弾幕ごっこを見物していたし、何より妖怪に近い位置で暮らしていたことも要因なのだろう。



「ふん、こんな雑魚、私のグングニルの的役も務まらないわね。槍を出すまでもないわ」



 そうぼやくのはレミリア。彼女はその言葉通り槍、グングニルを出さずに敵を殲滅していた。



「目障りだわ。汚らしい足で私の屋敷を踏み荒さないで頂戴」



 彼女は複数の大小異なる弾幕をばら撒き、自身の周りに小さな魔方陣を浮かべてそこから蝙蝠型の弾幕を発射している。この蝙蝠型弾幕には追尾機能があるらしく、運よく避けた“影”を執拗に追い回していた。

 フランに比べ派手さに欠けるものの、逆に考えればフランに若干足りない堅実さでフランをカバーしているようにも見える。大多数の敵はフランのレーヴァテインで殲滅できる以上、残りの僅かな撃ち漏らしをレミリアが担当するという腹積もりなのだろうか。

 レミリアは、とにかく暴れまわりたい妹に花を飾らせてやるために足を引いたのだろうか。もしそうなら妹思いのいい姉ではないか。

 実はレミリアは他人思いのいいやつなのではないか。美鈴が俺に言ってくれた言葉はあながち嘘ではないようだ。


 レミリアとフラン。

 彼女たちの攻撃力に“影”は全く成す術が無く、俺たちは順調に前へと進んでいった。



「あの先ね、地下食糧庫は」

「はい。そこに“宝珠”を置いてあります」



 時折パチュリーや小悪魔の援護も入りつつ、俺は“影”の脅威にさらされることなく安全に“宝珠”が安置されている地下食糧庫にたどり着くことができた。安全とはいえほぼ全速力で走ったため息は乱れており、疲労は蓄積されているのだが。



「圭吾さん、大丈夫ですか」

「平気だよ。息切れしてるけど……」




 膝に手をやり肩で息をする。やがて息も整い始め大きく深呼吸して最後の一息を吐く。



「うん、もう平気だよ」

「それじゃ、中に突入するわよ。……その前に」



 レミリアは地下へと続く扉を手にかける前にこちらを振り返った。



「フラン、咲夜、美鈴に小悪魔。貴方たちは扉の外で“影”が入ってこないように見張ってなさい。私とパチュリーが圭吾についていくわ」

「「「「分かったー(分かりました)」」」」



 四人の返事を聞き遂げ、俺とレミリア、パチュリーの三人は今度こそ扉をくぐっていく。扉の先は石でできた階段となっており、それが暗闇の底へと続いている。パチュリーが魔法で炎を生み出して明かりを灯してくれたおかげで何とか見えるようになった。

 階段は直角に曲がっており、形としては上から見れば四角形に見えたことだろう。緩やかに下っていく階段の終わりは案外早く、ものの数秒で下り終えた。その間には敵影もなく、俺は前方にレミリア後方にパチュリーと二人の間に挟まれて緊張した面持ちで階段を下っていた。

 下りた先はやはり暗闇で、パチュリーの足元を照らす魔法だけでは不十分だった。廊下と違ってここは完全な暗闇で物がどこにあるかも全く不明であり、濃密な闇が俺を圧迫してどことなく孤独感を煽らせる。この暗さでは敵の襲撃を察知することも視認することさえもできない。



「炎」



 パチュリーはたった一言そうつぶやくと手から炎を生み出した。手のひらサイズのそれは踊るかのようにパチュリーの周りをぐるっと一回転した後、勢いよく部屋のある一点目がけて直線に進んでいく。

 さらにパチュリーの手のひらからは次々と火の玉が生まれては同じような軌跡を通ってそれぞれ別の場所へと進んでいく。

 どうやら火の玉が進んでいった先には燭台が置いてあったらしく、炎は燭台の蝋燭に火が灯るや否や消えてしまった。燭台は銅か何らかの金属でできているのだろう、錆びついて鈍い輝きを反射していた。



「“影”は……いないな」

「そうみたいね」



 燭台に火が灯り、僅かながら光源を得られた俺たちはまず“影”の有無を確認した。同じ体色のため、見分けがつきにくいがそれらしい気配が感じられないためどうやらいないようだ。



「私は夜目が利くわ。この真っ暗な室内でも見えるけど、気配共になし。でも、やつらは極限までに気配が薄いから安心しないで行きましょう」

「ああ」

「ええ」



 暗い地下室に俺たちの足音だけが響き、何とも言い表せない寂寥感が募ってくる。地下室と言えど食糧庫のため通路は狭く、両脇はワインセラーなのか甘美な匂いが漂った樽が綺麗に重ねられている。樽には異国の文字が記された紙が貼りつけられており、僅かに数字が読める程度だ。おそらく何年物、などの説明書きであろう。

 ワインの他にも豚を丸ごと干したものや野菜を塩漬けにしたもの、円形のチーズや調味料・香辛料が大量に入った大樽などもここには保存されているようでその独特な匂いが地下室を進んでいくにつれて濃くなっていった。

 俺はその芳香とも異臭ともつかない香りに眉を顰めつつ、周りを警戒してかつ“宝珠”を探していた。

 しかし、“宝珠”は辺りを見渡しても見当たらず、保存系食料が所狭しと並べられているだけである。

 俺は気になって“宝珠”の所在をレミリアに聞いた。



「レミリア、“宝珠”はどの辺りにあるんだ?」

「一番奥よ」

「それはどんな感じに置いてある?」

「どんな感じと言っても…箱に入れてあるわ。一応危険物だからね」

「き、危険物て……」



 ある意味取扱注意ではあるが。



「ああ、あれよ」

「……!」

「あの中に入っているわ」



 地下室の通路の最奥、行き止まりの場所にそれはあった。中身の入っていない空樽の上に、小さな木箱がポツンと置いてある。

 西洋チックな紅魔館にしては、その箱の外装は些か似合わない寄木細工造りだ。暗い部屋の中では細かな意匠までは分かりづらいが、様々な色合いの木々が組み合わされた市松模様であるのは間違いない。

 その寄木細工の箱の上にも紙が置かれており、「危険!!取扱注意」と書き殴ったような文字が重石とセットになっていた。

 俺は紙と重石を空樽の上に置き、箱を持ち上げて裏返したりして箱を確認した。



「………」

「何やっているのよ?」

「ああ……レミリア、これ、『秘密箱』じゃないよな?」

「『秘密箱』?」

「木片を複雑に組み上げてパズルのようにして開けにくくしたものだ。寄木細工には一部そういう代物もあってな、とある地域の名産品なんだけど、この前人里の市で出回っているのを見てさ」



 人里の職人は腕利きの者が多く、その中でも生活工芸品を専門にしている職人のおっちゃんがこの前市で販売しているのを発見したのだ。寄木細工は人里でも珍しい品で、店は面白い品物が売ってあるということで賑わせたのだ。

 その寄木細工に「秘密箱」が混じっており、俺はそれを試しに開けてみようと目論んだのだが残念ながら開けることは叶わなかった。隣のちびっ子が開けたときは本気で悔しがったのを覚えている。

 まあとにかく、今この手にある寄木細工が「秘密箱」なら、開けるのにおそらく時間がかかるというのだ。



「ふーん。『秘密箱』だかなんだか知らないけど、これは普通の箱よ」



 そう言うとレミリアは俺から箱を奪い取り、躊躇なく箱の蓋を開けてしまった。確かにそれは「秘密箱」ではなくただの寄木細工模様の箱らしく、何の苦労もなく蓋をスライドして開けた。

 そしてその中には、俺がここ幻想郷で探すべき“宝珠”が入っていた。



「これが……“宝珠”」



 それは“宝珠”と呼ぶには、些か貧相すぎるような気がした。

 見た目は薄汚れた灰色、もしくは白色。そっと手を添えてみるとざらざらとした感覚が手に伝わる。その触り心地は紙を触った感覚と酷似しており、ガラス玉のようなつるつるした触感を想像していた俺にとってはやや驚きだった。

 軽い。

 まるで羽を持ったかのような。それこそ紙だ。紙を重なり合わせて丸い球状に仕立て上げたような―――そう、まるで紙風船のように。

 俺は想像していた物とのあまりにものギャップに内心戸惑った。これが幻想郷の命運を分かつには、些か軽すぎる感覚さえした。

 俺はそんな葛藤を頭の奥底に振り払い、今は俺のやることに集中した。



「それで、どうすればいいの?」

「“宝珠”を起動させればいいんだけど……」



 そこまで言いかけると、俺はふと左手が熱くなるのを感じた。



「刻印が反応している……?」



 俺の左手の甲が青白く発光している。俺が紫のもとから旅立ったとき、幻想郷に入るために施してもらった刻印だ。

 そう言えばここに来るときも、同じように反応していたな。

 俺は“宝珠”を寄木細工の上に置き、刻印が刻まれた左手を“宝珠”に添える。何となく半無意識的にやってしまったが、これでいいのだろうか。



「……!? “宝珠”が……!」



 レミリアが驚きの声を上げた。それもそのはず、薄汚れた色しかしていなかった“宝珠”が突然光り始めたのだ。

 その光は青白色の光。俺の刻印の光と同じであった。



「う、くっ……!?」

「圭吾!?」



 突然、俺は脱力して地面に跪いた。レミリアが驚いて俺に駆け寄るが、俺はそれを確認する余裕が無かった。



「ぐ……ぅ…」



 熱い。

 左手が、熱い。

 炎に焼かれるような熱さじゃない。内部から熱の膨張でじわじわと攻め立てられるような、神経を直接攻撃しているかと錯覚してしまうような、そんなものだ。

 それと同時に俺の体から力が抜けていく感覚がする。持久走でゴールしたときのどっとくる疲労感。じわじわと蓄積するはずの疲労が一気に重石を背負ったかのようにやって来た。

 息が荒くなる。冷や汗が額を伝い、頬を流れて顎の先からポトリと雫となった。

 何なんだ、これは……?

 何なんだよ、この感覚は……?



「パチェ!」

「これは、魔力を吸収されているのね。魔力残量が少なくなってきて疲労に近い症状に陥っているのだわ。吸収されている魔力量は大したことないのだろうけど……」



 俺の横でパチュリーが何か言っているが、俺にはもはやそれを聞き取る力が残されていなかった。

 じわじわと何かが俺の奥から吸い取られていき、それが左手から抜けていく。



「圭吾自身魔力を感じたことがこれまで無かったのね。だから、魔力の調整がままなっていない。コントロールが無茶苦茶だわ」



 途端、俺の左手に一瞬だけひんやりとした感覚に包まれた。驚きとともに、俺の横にパチュリーの横顔が現れる。

 パチュリーは俺の左手に自分の手を重ねたのだ。彼女の顔は、あくまで冷静で少しの焦りも動揺の表情もなく。ただただ淡々と俺に言葉だけを投げかけていく。



「左手に意識を集中しなさい。過剰に流れている魔力の流れを弱めるのよ」

「………っ…」



 魔力? なんだそれは。俺は魔法使いでも何でもないんだぞ、そんな芸当ができるかよ……。



「見よう見まねでやりなさい。魔力の一本の流れがあるでしょう。それを細める感じよ。真綿から一本の細い糸を紡いでいく感じ」



 しかし俺の心の中での反論は当然パチュリーに届かない。初めから俺の意見など聞いていないって腹か。

 ……無理でもやれ、そう言いたいのだろうか。でないと、お前の命は保証できない。そう言いたいのかもしれない。


 どうせ死ぬのなら、足掻いて死にたい。何もしないで死を待つのなんて死んでもごめんだ。

 ……いいさ、やってやる。無理だろうと無茶だろうと、何だってやってやる!



「……っ!」



 パチュリーの指示通り俺はまず左手に意識を集中させた。抜け出していく俺の魔力らしいものを感覚で探る。先程までは曖昧だった流出していく力を今度ははっきりと感覚で感じようとする。



(…! これか…!?)



 何度か意識を高めていると、ふと俺の手さぐりに掻いていた手に何かが触れた。それを手繰り寄せていくと、それは俺の体の奥底から湧き出ているようだった。それはまるで湧出する大河の源流の小さな噴水のようだ。

 おそらくこれが魔力なのだろう。俺の中から湧き出、渦巻いている力の源泉。魔法使いが力の源とし、武器とする代物。

 そして俺はその魔力が全て左手の刻印から抜け出していっているのを感じた。これが俺の体をこんな風にしている原因なのだろう。



(左手への流れを細く……細く)



 糸を紡ぐように、細く、細く。一気に大量に流すのではなく、小さな川の流れを人工的に作るような作業だ。

 力は必要ない。裁縫のような指を細かく動かす緻密な動作。ただ、それだけでいい。特別なことなど何もないのだから。



「魔力が安定してきたわね」

「ええ。もうすぐ規定量に……っ!」



 ハッと、俺は水をかけられたような感覚に陥る。意識が元に戻り、目の前にあるのは巨大な魔力の流れではなく小さな光る青白い輝きだった。



「“宝珠”……!?」



 俺はその単語を忘れていたかのようにつぶやく。実際、俺は魔力を細く細くするのに精いっぱいでそれの行き先である“宝珠”には少しも注意を向けていなかった。

 俺の魔力で満たされた“宝珠”は一瞬白く瞬いた後、何かに沿って赤い線が刻まれていく。その何か(・・)はどうやら文字らしく、そこには漢字で書かれてあった。



「『博麗』……そうか、この“宝珠”は札だったのね」



 レミリアのつぶやき通り、“宝珠”は形を崩して複数の札の形を成していく。しかしその札は俺が普段見る博麗札とは少し違い、一部よく分からない文字が刻み込まれている。もしかすると、博麗大結界の特別製なのかもしれない。

 博麗札は最終的に何百枚もの数となり、俺たちの周りを旋風(つむじかぜ)のように舞い始める。大量の紙の嵐はこれに触れてはいけない、近寄ってはいけないという異様な雰囲気を漂わせていた。

 やがて空中を舞い続ける博麗札は俺たちの上空を一か所で回転するようになり、そのまま鞠サイズにまで凝縮した。縮んだ博麗札は膨張が弾けるように閃光を撒き散らしながら粒子となって消えていく。

 そして残ったのは、静寂であった。



「散った……」

「“宝珠”は無事発動したみたいよ、圭吾」

「ホントか……?」

「ええ」



 発動したのか、とそれを聞いてもイマイチピンとこない。ただ感じるのはもの凄く疲れたということだけだ。



「良かった……」



 膝をついていた俺はそのまま起き上がる気力さえも残っていなかった。暴れていた俺の魔力の制御に全身全霊をかけたおかげで今の俺の体力と魔力はもう空っぽだった。

 ぐら、と倒れると頭で思っても体は全く言うことを聞かない。そのまま固い地面とキスする羽目になるのか、と馬鹿らしいことを考えたまま倒れこむ体に全てを預けた。


 ぽすっ。


 柔らかい感触が頭を包む。固い地面にぶつかる痛さを想定していただけあって、この展開は予想外であった。



「ちゃんと魔力制御できたのね」

「パチュリー、か……」



 どうやら俺はパチュリーの膝にダイブしてしまったようだ。ありがたいとも、気恥ずかしいとも思わないのは、おそらく極度の疲労による思考の停止が原因であろう。本来ならば俺は今頃思春期よろしく顔を真っ赤にして飛びずさっていただろう。



「残りはやっておいてあげるわ。今はゆっくり休みなさい」

「そう……か………」



 なんだ、パチュリー、結構優しいじゃないか。俺のことなどまるで興味の対象外と思っていたのにな……。意外と世話焼き……。

 そこまで思考すると、俺に極度の眠気が襲ってきた。抗うことは不可能で俺はその睡眠欲に負けてしまい、意識を手放す。



(紫……俺、やったよ……)



 薄れていく意識の中で最後に思い浮かんだのは紫の笑顔であった。俺は至福の感慨にふけりながら柔らかい感触に身を包まれ、気を失ったのだった。


これにて紅影編は終了です。

次は新たに感じ取った新たな力の一端を見出し、戸惑う圭吾をお送りします(変更あるよ!)

やっと紅影編終わった……はぁ。

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