紅影:集結
「パチェ! 生きているわよね!」
大図書館へとたどり着いたレミリアは、何の躊躇いもなく入口の扉を開けた。
バーーーンと扉が壊れるのではないかとヒヤッとするほど豪快に開けたレミリアの表情には不安とか躊躇とか、そんな暗い言葉は無縁に映った。あくまで平常運行、いやむしろ若干興奮しているようにも見えなくもない。
(というか、第一声がそれって……)
「生きている!?」という疑問形ではなく、「生きているわよね!」という断定。はなから心配してないのは信頼ゆえなのか……。
まあ、パチュリーはレミリアの友人っていうぐらいだからそれ相応の実力は持ち合わせてるんだろう。俺はレミリアの実力はこの目で見たけど、パチュリーの魔法はこれまでみたことがない。
が、以前ここを訪れたときに大量の本の山に囲まれただ黙々と書を読み進める彼女に凄みというか、ある種の風格を感じたのは確かだった。ただの人間の俺とは全く別種のものという厳然な違いからくる、緊張。
そして、俺に対する全くの無関心。当初俺はその辺の石ころと同じ感覚でしかなかったのだろう。
まあ、流石に今は多少話はする程度にはなったが。
そして、パチュリーはレミリアの言葉に扉が壊れるからそんなに強く開けるなと微妙にずれた返答をした。
(その返答もどうよ)
そう俺は思ってしまう。
俺が頭の中でツッコミをかましている間で、レミリアはパチュリーと情報を交換していった。
「レミィ、これは一体どういう状況?」
「分からないわ。少なくとも私はこんな無粋な連中知らないし見たことない。妖精メイドも大半やられちゃったわ。図書館の被害は?」
「なるべく出ないようにして戦ったけど、完全にというわけにはいかなかったわ。メイドたちには本を最優先で守るように言い聞かせたけど、結局全滅しちゃったしね」
紅魔館には妖精メイドと呼ばれるメイドが大勢働きづめている。知能の低い妖精にこの広い屋敷の掃除を任せているのだ。
残念なことに戦闘力はさほどでもないらしくて俺がここに来たときにはほぼすべて倒されていた後だった。勿論、妖精に死の定義はないので倒されてもしばらくすればまた復活するだろう。
「妖精メイドたちはどうでもいいとして。これは一体誰の差し金だと思う?」
「さあ。見当もつかないわね。昔ならいざ知らず幻想郷で恨みを買われるような真似をしたはずはないのだけど」
「異変を起こしたじゃない」
「あれの落とし前はもうつけたわよ。その後の神社での宴会ですべてチャラにしたし、仮にそうだとしても私たちに真正面から喧嘩を売る馬鹿者はいないわよ」
レミリアは一呼吸置いて続ける。
「それに、こんな正体不明の連中を送り込めるやつを私は知らないわ」
「あのスキマ妖怪は?」
「その可能性はないわ」
レミリアは俺に視線を移し、にやりと薄く笑う。
「圭吾がここにいる以上、その可能性はないと言い切れるわ。あの親馬鹿が息子の身を案じないはずがないわ」
「圭吾……?」
そこで初めてパチュリーは俺の存在を認識したようで怪訝な表情を浮かべる。
「何でここに?」
「圭吾のバカの暴走よ」
「………」
レミリアはまるで嘲笑するように笑い、パチュリーは興味なさげに横目で一瞥するだけだ。
事実である以上、反論できないのが悔しい。レミリアにいいように罵倒されても俺には何も言い返せない。戦場であるこの場に身を守る術を一つも持たずに単身やって来たのだから。いや、ルーミアが途中までやってきてくれて陽動までしてくれたけど。
確かに幻想郷でも随一の実力を持っている紅魔館を心配するだけ無駄なのかもしれない。俺ごときが不安に思うのはおこがましいことなのかもしれない。
けれど、俺は紫のあの状態を見てしまっている。
狭い小屋の中で妖力の枯渇で床に臥す母親の姿を。
幻想郷のすべての妖怪が恐れ気味悪がる幻想郷の創造者の姿を。
この幻想郷に、何かが侵攻しているのだ。いや、既にそれは浸透してしまっていて結果として幻想郷は崩壊しかけている。
かろうじて姿形を保っている幻想郷。
俺は、紫から頼まれたのだ。
『幻想郷を、救ってほしい』
その言葉にどれだけの重みが込められているのか。
そして、それを俺に吐きかけた紫の心情は如何ほどだったのか。
しばらくたった今でも克明に紫の顔は思い出せる。表情に一切の冗談を排した真剣な顔。少しでも彼女を知っている者ならば異常に思ったに違いない。
俺は、この事態を伝えなければならない。
幻想郷に住まう人々魑魅魍魎に。
この、事実を。
それを言うために、俺は紅魔館に来たのだ。
決して、言い訳をしているわけではない。
どちらにしろ、俺は今の幻想郷の事実を伝えなければならない。突飛なことで信じてもらえるかは謎だが……。
俺は、未だ話を続けるレミリアとパチュリーの会話に加わる。
「二人とも、ちょっといいか?」
「何?」
「俺がここに来たのは理由があるんだ」
「ほう?」
レミリアは俺が苦しい言い訳でも語るのかと思っているのか面白そうに俺を見て、パチュリーはせめて聞いてはあげるといった姿勢であった。
まあ、聞いてもらえばなんでもいい。俺はそう割り切る。
「幻想郷の今の状況についてなんだけど、」
そう俺が言いかけたところで、二人の表情が徐に変わる。
俺の話の内容が重要なものであることに目敏く気づいたのだ。
「……レミィ」
「皆を集めるわよ」
レミリアは俺から事情を伺うのではなく、まず人を集めることにしたようだ。
どこから取り出したのか、手にはシンプルなデザインのハンドベルが握られており、レミリアはそれをチリーンと軽く鳴らした。
ハンドベルの音は澄んだ音色を響かせ、俺の耳の中に浸透するようで。
心地よい音色は紅魔館全体に行き渡ったのではないかと錯覚するほど、透明感のある音だった。
「お呼びですか、お嬢様」
「うわっ!」
俺の背後で突然声がした。突然のことで俺は意図せず大声をあげてビクついてしまう。
「……どうして圭吾がいるの?」
「さ、咲夜さんか……」
肩を縮こませ、恐る恐る振り返った先にいたのは俺もよく見知った咲夜さんだった。
咲夜さんはいつもの通りの給仕服姿で、その手に数本のナイフを携えていた。ピシッと整えられた服には汚れ一つなかった。
「きゅ、急に現れるから……」
「お嬢様に呼ばれたからよ」
俺への言葉はそれまでと、咲夜さんは主であるレミリアの方へと向き直る。直立姿勢でどこにもブレなどない、完璧な姿勢であった。
「十六夜咲夜、ただいま参りました」
「そっちの被害状況は?」
「あの妖怪…のようなやつの攻撃で妖精メイドはほぼ消滅しました。一部建物にも損壊が見られますが、比較的被害軽微でしょう」
「敵の様子は?」
「我々を襲っては来ますが、建物そのものを破壊しようとする意思はないようです。全ての損壊は攻撃を回避した際に生じたものです」
メイドたちが全滅してしまったのか、と俺は少し驚く。いくら知能が低いと言っても紅魔館のメイドは数が多く、そう簡単に全滅する数ではないと思うのだが。
それでも現実には全滅している。俺がこれまで妖精メイドにはまだ一人も出会っていないのが何よりの証拠だ。
「咲夜、美鈴は?」
「ベルの音は聞いたでしょうから、もうじき来るでしょう。美鈴は一瞬で来るというわけにはいきませんから」
えっ、聞こえるの?
そんな微かな音で聞こえるはずないと思うのだが、そのベルって何物なんだろうか。もしかして魔法がかけられているのかもしれない。そうなら納得がいく。
そしてフランといえば会話に加わってこないと思えば、影に対して無双していた。小難しい話よりも物理的なお話が好みなのだろう。密度が半端でない弾幕を張って影をこちらにやらないように牽制していた。
まあ、意図してやっているかどうか知らないけど……。
それから一分後くらいに扉を開く者が現れた。
紅魔館の門番、紅美鈴だ。
まるで夕日のように真っ赤な長い赤毛で、緑色の中華服。俺より少し背が高いくらいの背丈。
しかし、その中華服は汚れており背中には攻撃を受けたと思われる大きな切り傷があった。出血は止まっているようだったが、服に血がしみ込んでいて見ていて気持ちいいものではない。
「遅くなってすいません、お嬢様」
「いいわ美鈴。それより、その背中」
「申し訳ありません、不覚を取りました。ですが深手ではありませんし、既に気功で止血してありますので動きに支障はありません」
その言葉通り、美鈴の動きにぎこちなさは感じられない。
どうやらひどいのは見た目であって、傷自体はそれほどでもないようだ。美鈴自身普通に動けていることからもそれは真実であるようだ。
「そう、ならいいわ。……全員揃ったわね」
「はい。主要メンバーは全て」
大図書館には紅魔館の主要メンバー、つまり妖精メイドを除く何かしらの要職に就いた人物が揃った。
当主レミリア、その妹フラン、従者咲夜さん、当主の友人パチュリー、その召喚魔小悪魔、門番美鈴。
この面子が幻想郷でも屈指と言われる紅魔館のメンバーだ。一人一人卓越した技術を持っており、俺なんかでは比べることすらおこがましい。
全員が勢ぞろいしている構図を俺は見たことがなく、こう見てみれば少し壮観であった。存在感が凄まじい。
「フラン、もう少しだけそいつらと遊んでてくれる?」
「うん、わかったー♪」
フランの攻撃は凄まじい。大軍とまでは言わないものの、数十体はいる影をその凄まじい魔力を駆使して蹴散らしている。
それはもはや戦いというより一方的な蹂躙でしかない。フランを止めるには少し相手の力不足だったようだ。
レミリアの要望にフランは軽い言葉で応じ、大層愉快な気分で影を滅多打ちにしていった。
……うわあ、あの炎剣は相変わらずヤバい。その手の能力がない俺でもあれがトンデモないことは一目瞭然だぞ。というか、余波の炎の威力。パチュリーの魔法がなかったら今頃俺たちこんがり焼きあがっているな……いや、多分この面子じゃ俺だけか。
「あわわわ……」
……訂正。小悪魔も同様のようだ。
「さて、雑魚はフランに任せておいて私たちは話し合いを始めましょう」
俺は小悪魔から目を離し、音頭を取り始めたレミリアに目を向ける。
「現在紅魔館は何者かに襲撃を受けているのは皆も知っての通りね。敵の名前は私が決めたのだけど、“影”って決めたから今後はそう呼ぶように。それで……」
ビシッとレミリアは俺を指さす。
「圭吾が興味深い話をしてくれるそうよ。一連の騒動の原因かもしれないからよく聞くように」
皆の注目が俺に注がれる。こんな大勢に注目されたことなど一度もないから、俺は少しばかり緊張してしまう。
突然の俺の指名に、そもそもなぜ俺がここにいるかも分かっていない皆の疑問符を浮かべる表情が余計に俺に緊張を誘っていく。
「……そもそもどうして圭吾さんがここに?」
「……それを含めて今から話しますんで」
美鈴のつぶやきに俺は腰低く答える。
しかし、一度美鈴が聞いてくれたおかげか、俺の緊張が少しだけほぐれた。いや、ほんのほんの少しだけだけどさ。
俺は一度深呼吸をして緊張をほぐと、もう一度息を吸った勢いで言葉を紡ぐ。
「単刀直入に言うよ。幻想郷は―――」
語りだす幻想郷の事実。
まごうことなき現実を語ってゆく。
己の口で告げる事実は、自分で語っているにもかかわらずまるで夢物語のようで現実味がなく。
心が雨に洗われていくような冷たさを帯びていて。
これが夢ならば、どれほど良かったかと。
俺は、ただただ思うばかりだった。
最近主人公の影が薄まってきている感覚が……早く紅影を終わらせたいです。




