紅影:大図書館へと続く廊下で
紅魔館は少々特殊な造りになっている。造りというほどでもないが、見た目に反して内部が不自然なくらい広大なのだ。以前来たときも気にはなっていたのだが、質問するのは少し憚れた。もしかしたら何か大事な理由があるかもしれないからだ。
俺は外と中の違いを思い浮かべ、そのあまりの違いに少し頭が痛くなる。流石に耐えかねた俺は疑問を投げかけることにする。
「なあ、紅魔館って外観に比べてやけに広くないか」
「ああそれ?」
俺の質問に答えたのはレミリアだった。俺たちは走りながら現れる影を撃退している。もちろん、俺ではなくレミリアとフランだけだけど。
「咲夜の能力の延長で空間を拡張しているのよ」
「咲夜さんの能力って言うと、『時間を操る程度の能力』だっけ?」
「そうよ。時間と空間は密接な関係にあるから、空間を操るのも容易いことなの」
本人談だけど、とレミリアは声色一つ変えることなく言う。
紅魔館当主レミリア・スカーレットの従者、十六夜咲夜は時間を操る能力を持っていると以前聞いた。その能力の延長でこの紅魔館の空間を弄っているというのか。
…うん、スケールが大きすぎて想像できないや。何だよ空間を拡張って。わけ分からん。
「そ、そうか。凄いんだな、咲夜さんは」
「紅魔館に仕える者としてこのくらいできて当然よ」
「……当然なんだ」
どうやら前提条件が根本的に一般人の俺とは違うらしい。咲夜さんは俺と同じ人間なのに、とぼやきつつそんな力があるのを少し羨ましく思う。その力の一端だけでもあれば俺は違っていただろうか……。
いや、“もしあれば”なんて考えるだけ不毛だ。ありもしない幻想を望んでも意味などない。今は目の前の現実だけをきっちり受け止めなければ。
「アハハ、こいつらよわーい」
「………」
俺の上で巨大な炎剣を操り、現れ出る影を蹂躙するフラン。炎の余波で火の粉が飛び散るのも厭わず、縦に横に斜めに振り回す。時折密度の高い弾幕も織り交ぜつつ、相手に反撃させる暇も与えない。
さて、これが俺の目の前で起こっている現実なわけだが……少し現実離れしすぎていないか? それともこれが日常なのか?
随分と物騒な日常だな、とか思ったがよくよく考えれば俺の周りでも弾幕ごっこは結構頻繁に行われていたことを思い出す。主に紅白と白黒が。
(まあこれは弾幕ごっこじゃないからな……)
弾幕ごっこであるのとそうでないのとは明らかに一線を画している。
つまりそれは泥臭さ。弾幕ごっこはあくまで遊戯だが、そうじゃない所謂決闘は真剣勝負だ。殺されないために相手を殺し返す。最後に待っているのが死であるか否か。それが決定的なラインであると俺は考えている。
フランの殺戮劇を真正面に見据えながら、俺たちは紅魔館を進んでいく。拡張された空間の広さに俺は始め少しばかり驚いたが今はもう慣れてしまった。フランの炎剣が十二分に振り回せられる広さを持つ廊下は、元々の赤さに加え炎剣の煉獄の揺らめきにさらに死に近い感想を抱かせる。フランのあどけない笑い声で、さらにそれが増長されたような感さえも抱く。
「圭吾」
「……ん?」
「平気かしら。結構なスピードで走ってるけど、ついてこれるのね?」
レミリアは走るというより飛んでいるという表現が正しいだろう、という揚げ足取りは置いといて。
「これくらいは大丈夫だよ、足は速い方なんだ。レミリアだって俺に合わせて飛んでくれているだろう?」
「あら、気づいていたの」
「流石にな。人間の俺が妖怪の速度についていけるはずがないからな」
少し考えれば子供でも分かることだ。人間と妖怪には絶対的な地力の差があることくらいは。
レミリアはにやにやと不敵に笑いながら、俺の返答に相槌を打つ。
「そうね。あなたに死なれたらスキマ妖怪の報復が恐ろしいからね」
「……」
「いわば圭吾はVIPってことかしら。死なれては困る貴賓客、大物の御曹司。羨ましい親の七光りね」
またもレミリアはにやにやと笑う。言葉は裏腹に少しも羨ましくなさそうな表情を浮かべ、俺の瞳を覗き込んでくる。紅色の瞳は、それだけで理性をかどわす魔性が備わっているように思えて俺は顔をそむけた。ばつが悪くなったのだ。レミリアが言った事実は全くもってその通りで、否定のしようもなかったからだ。しばらくこちらを向く視線は続いていた。
それが不意に途切れたのは、他ならぬレミリアの一声があってからだ。
「そろそろ大図書館よ。敵の出現が予想されるわ、備えなさい」
ハッとして俺は前方を見た。フランが生み出す炎の隙間から向こうに今までとは一線を画す巨大な木製の扉が見えた。
見覚えがある。あれが大図書館の扉だったはずだ。扉上部には「LIBRARY」と外国の文字で銘打たれた銅製のプレートがある。意味はそのまま「図書館」と以前教えられた。
しかし、扉周辺には当然のごとく影が群がっていた。影は俺たちの姿を視認すると同時にこちらに向かってきた。
「全く、学習能力の欠片もないのかしら」
ハァ、と溜め息を吐きつつも臨戦態勢を整えていたのは俺でも分かった。薄ら寒くさえ感じるレミリアの特大の妖気が凝縮され、右手にある形を成していく。細く長く手繰られていく魔力。魔力の片鱗なのか、それは小さな稲妻を周囲に起こしており近づくことさえも俺にとっては困難だった。
それはレミリアの象徴。最高にして最大の武器。
もはや武器と呼ぶことさえもおこがましく、戦局を覆す必殺の威力を備えたそれは正しく“兵器”と呼ぶに相応しいだろう。
―――神槍「スピア・ザ・グングニル」
遥か彼方の地の神を冠するその槍を俺はついさっき間近で目にしたばかりだった。その威力を肌で感じ取ったばかりだった。
「穿て」
短い一言に乗せられた言葉は重い一撃を放つ。
道端に落ちている小石を投げるような軽い動作でレミリアは槍を投擲する。
ゴッッッ!!
空気を切り裂き、次元さえも引き裂くのではないかと思われる凄まじい一撃。大気を掻き乱した後の烈風が後方にいる俺のところにまで届く。当然標的となった影は成す術もなく、突き進む槍の突発力と吹き荒れる魔力の暴風にさらされて跡形もなく消滅していく。
「っ、マズイ!?」
俺は気づいた。猛烈な勢いで敵を殲滅する神槍。
しかし、このままでは前方の扉まで破壊してしまう。重厚そうだが所詮は木製の扉、レミリアの神槍を止めるのは不可能だろう。それどころか、あれだけでは勢いを殺しきれず大図書館に猛烈な勢いで進む神槍が突入してしまうだろう。そうなれば、中にいる人たちに甚大な被害が及ぶ……。
俺は、寒気を感じてレミリアに言った。
「レミリアッ! このままだと槍が……!」
「槍が、どうなのよ?」
レミリアは俺の言葉に少し不満げに言った。口答えされたのが不服なのだろうか。レミリアは、俺が想定する未来に気がついていないのか? そんなまさか……、いや、でももしそうなら!
「このままじゃ槍が大図書館に突っ込むぞ! 早く、止めないと!」
俺は必死の形相でレミリアに詰め寄る。もう数秒もしないうちに槍が扉に着く。そうなれば、とんでもない事態になってしまうだろう。
するとレミリアはあくまでも軽い表情で、
「ああ、そのこと…」
パチン、と指を鳴らす。
ドンッッッ!!!
俺の前方で爆発が起きる。間に合わなかったか、と俺は顔を青くして扉を見るが、そこには予想外の光景が広がっていた。
「え……」
扉には何の異常もなく、破壊された様子もない。少し焦げついたような跡はあるが扉はきちんと健在していた。その代わりというべきか、影の姿は一匹残らず消失していた。
「何が……」
「グングニルを爆破させたのよ」
腕を組み、誇ったような顔をして、驚いた表情の俺をよそにレミリアは続ける。
「アレは物理的な槍じゃなくて魔力の塊。私の魔力なのだから、操るのは自由自在。扉を破壊する前に槍そのものを爆破させたのよ」
……だから、扉が破壊されずに残っているわけか。それで扉についた焦げは爆発の熱波がつけたものだと。
「圭吾に言われるまでもなく私は始めからこうするつもりだったわよ。紅魔館は頑丈にできてるからね、多少の爆破ではビクともしないように設計されているの。それを利用するつもりだったわけ」
「……本当かよ?」
「当たり前じゃない。誰が好き好んで自分の居城を壊すものよ」
中の奴らは心配していないのかよ、と反論は控えた。これ以上無駄話をしていても仕方ない。それをレミリアは分かっているらしく、余計な無駄口はこれ以上吐かないとばかりに顔をそむける。
「さ、行くわよ。中にはパチェもいるだろうしね」
それだけを言うとレミリアは木製の扉を押し開けた。これまでの戦闘はまるで羽虫を払うかのような、そんな簡潔ささえ滲み出ていた。
なかなか話がすすまないです……。もうちょい効率を上げたい今日この頃。




